第46話   面会

 砂糖の工房も完成し、一段落付いたので宿題をかたづけることにする。

 なりたくてなったわけではないが、江莉香はセンプローズとかいう、大きな一門の末席に加えられることとなった。

 血が繋がっているわけでも、住んでいるところが同じなわけでもない人の集合体が、この一門と呼ばれる集団だ。

 この日本に馴染みのない人々の集合体は他にもいくつもあり、それらが互いに勢力を争っているらしい。

 映画ゴッドファーザーで見たマフィアみたいな感じがする。アレの犯罪しないバージョンだろうか。でも戦争はするのよね。軍隊持ってるけど犯罪はしないマフィアなんやろか。

 ともかく、組に、いや一門に入った以上、親分に挨拶するのは筋ってもんらしく、オルレアーノの将軍閣下の所に挨拶に行くこととなった。

 でもな、私、いわば入ったばかりのチンピラみたいなものなのに、いきなり、ドン・コルレオーネに挨拶するのはおかしいんとちゃうやろか。せめて若頭ぐらいで収めてもらえるとありがたいんですけど。ということは王都の若殿が若頭なんやろか。いや、あの人は二代目だからアル・パチーノか。


 益体もないことを考えながら馬を進め、オルレアーノで一番の豪邸、将軍閣下の屋敷に到着した。

 前回は御用聞きよろしく、裏の勝手口に回ったが、今日は招待された客人扱い。堂々と正面の門から屋敷に進む。


 「ニースの魔法使い。エリカ・クボヅカ嬢をお連れした。取次ぎを」


 迎え出た使用人に先頭を進んでいたエリックが声を掛けた。

 今回の挨拶には、村からロラン親子を随伴者にして計4人での来訪だ。

 江莉香は玄関前でロランに支えられながら下馬した。

 この日のために江莉香は、若殿から送られた白のブラウスに青のジャケット、乗馬用に急遽改良した白いパンツ。頭にはセシリアから送られたサンゴの髪留め、そして左腕には例の腕輪といういで立ちだ。

 扉が開き中から見覚えのある男が姿を見せた。

 半分脅迫めいた話術で江莉香を一門に引き入れた男。千人長のダンボワーズ卿だ。


 「エリカ嬢。よく来られた。どうぞこちらへ」


 屋敷の中に案内された。

 どんな絢爛豪華な内装かと期待していたが、意外に質素な石造りのエントランス。

 ただ大きくとられた窓には、この世界では貴重なガラスが使われており内部は明るかった。

 ビール瓶の底を針金で何個もはっつけたような代物だが、今の江莉香にはとても羨ましい設備だ。 

 季節ということもあるが村の家の窓は基本開けっぱなしだ。虫とかトカゲとかが入り放題。雨が強い日には木戸を閉めるので部屋の中は夜のようだ。照明は無理でもガラス窓のある家に住みたい。

 首を動かさず目だけ四方に走らせながら、ダンボワーズ卿の後に続いた。


 「その方たちは、ここで控えておれ。さぁ。エリカ嬢はこちらへ」


 ダンボワーズ卿はエリックたちに声を掛け扉を開こうとした。


 「ちょっと待ってください」


 江莉香は慌てて止めに入った。


 「どうされた」

 「エリックだけでも付き添ってもらえませんか」


 煮て食われるわけじゃないだろうけど、流石に一人で入るのは心細い。


 「ふむ。よろしい。エリックは付き添え」

 「はっ」

 「これでよろしいか」

 「ご配慮感謝します」

 「では」


 扉が開かれるとそこは意外にも緑あふれる屋外であった。石畳の回廊に円柱が立ち並び、その足元には小さな水路が掘られ水が流れていた。

 回廊の一番奥は一段上がって東屋になっており幾人かの男たちがテーブルについていた。


 「閣下。エリカ・クボヅカ嬢をお連れいたしました」


 一番奥に腰かけた男が立ち上がった。

 

 「よく来られた。歓迎する。さあ。席へ」


 以前、エリックが挨拶をしている時に見かけたが、若殿によく似た眼光の鋭さを持つ男であった。まだ40代ぐらいかな。かなり精力的な印象だ。


 「失礼します」


 おっかなびっくり席に着く。


 「私がこの屋敷の当主、ユシティヌス・アスティー・センプローズだ。勿体なくも国王陛下より一軍を預かっておる。魔法使いエリカ・クボヅカよ。我が一門に迎え入れることが出来て喜ばしい限りだ」

 

 低く太い声が江莉香の耳に届いた。

 多くの人を指揮する人の声と感じた。


 「こっ、こんにちは。エリカ・クボヅカです。本日はお招きいただきありがとうございまっす」


 緊張で上手く声が出ない。


 「硬くならずに、気を楽にしてくれ。お茶を用意した。楽しんでくれ」


 江莉香の前にカップが出される。中には紅茶のような茶色の液体が入っていた。


 「いただきます」


 半分義務感で口にする。ああ、ハーブティーだこれ。王都でも飲んだわ。

 そこから、両側に並んだ男たちを順に紹介されるが、誰一人頭に入ってこない。軍隊の偉いさんが多かったことだけは理解した。将軍の部下だから当然か。


 「お代わりはいかがですか」


 背後から女性の声がする。

 顔を上げると長い金髪に白い肌の女性がティーポットを持っていた。

 

 「ありがとうごさいます。お願いします」


 頭を下げると、器にお茶が注がれた。

 なんとなく気になって、女性の方をじっと見る。小柄でふくよかな体型だがどこかで見た事がある顔のパーツ。


 「あの。違っていたらすいませんが、セシリア様のお母さまですか」

 「えっ」


 女性が驚いたように手を止めた。


 「お嬢様をご存じなのですか」


 その女性はにこやかに答える。

 お嬢様? あれ、違ったのかな。自分の娘をお嬢様呼ばわりする母親なんていない。


 「はい。王都で知り合いました。勿体なくも友人として付き合っています」

 「そうでしたか。ありがとうございます」


 女性は一礼して後ろに下がる。

 なぜかお礼を言われた。ただの使用人ならお礼を言うのも変だし、よく分からない。親戚かな。 


 「さて、エリカ嬢。ダンボワーズから話は聞いているが、戦には出たくないということだな」


 意識を女性に取られていたのに、将軍閣下が急に重大な話題を投げてよこしたので、立て直すのに手間取った。


 「はい。私は戦争のない国で育ったので、そもそも戦争がどんなものか知りません。ただ、単純に人を殺すのも殺されるのも嫌なだけです」

 「戦の無い国とな。そのような国があるのか。羨ましい限りだ。其方の思いは道理にかなっておるな。我らも戦を好んでいるわけでは決してない。だが、この国では問題が起きると戦で決着をつけることが、まま起きるのだ。そうなれば、好むと好まざるとにかかわらず巻き込まれる。それは、上は国王陛下から下は平民、奴隷に至るまでそうなのだ」

 「はい」

 「我らは、それを、素早く被害を少なく抑えるために、日々備えておる。備えなければ、誰かの餌食になることもあるのだ。エリカ嬢にはその手助けをしてほしい。人を殺せとは言わん。ただ、戦うものを補佐してほしいのだ」


 将軍閣下に反論したいことが喉の手前までせり上がってきたが、とりあえずは我慢。一般論としては納得できる。しかし、戦う人を補佐すると言えば聞こえは良いが、言ってみれば殺人幇助を行えということだ。自分では手を下さないが、殺人を手助けして、私は誰も殺していないと言い張れるほど、私は図太い神経を持ち合わせていない。


 「図々しいですが、条件を言ってもよろしいでしょうか」

 「聞こう」


 契約書にサインした後でする話ではないのだが、将軍はとりあえず聞いてくれた。


 「私が、魔法で戦うのは、一つ、私の身に危険が及ぶ場合。一つ、私の友人たちに危害が及ぶ場合です。友人とは私が見知っている人だけで、それ以外の方々は例えセンプローズ一門の方であっても対象にしません」


 話し終えると気まずい沈黙が流れた。

 我儘な言い分だとは承知しているけど、見も知らぬ人の為に命は張れない。こんなこと日本にいるときは考えたこともなかった。


 「よかろう」

 

 将軍の言葉に江莉香は仰天した。自分で言うのもなんだが、かなりの我儘だ。怒鳴り声の一つも覚悟していたのに認められてしまった。


 「閣下」

 「かまわん」

 「しかし、彼女だけを優遇すると他に示しがつきません」


 取り巻きの部下の人たちが、将軍を諫めるが、笑って手を振った。

 

 「言ったではないか、友人の危機は見過ごさぬと。しからば、我らはエリカ嬢の友人となればよいのだ。そうであろう」


 将軍は声を出して笑った。

 

 「えっとですね」


 わーい。そんなこと言いだしたら人類皆兄弟。この世の人、全てが対象になってしまうわよ。


 「それこそ、危険です。参戦の意思決定を彼女に委ねることとなります。指揮系統に大きな問題が」

 「あまりに恣意的な条件です。ご再考ください」


 周りの男たちの声のトーンが高くなる。

 なるほど、言われてみれば、そうなるのか。よくわからないけど軍隊としては良くないかな。どうしよう。

 側近たちに一斉に反対されて、将軍も困り顔だ。


 「あのー。それでしたら、私。エリック・シンクレアの配下ってことでどうですか。彼からの命令で動くってことにして頂ければ」


 江莉香の提案に皆が一瞬で黙り込む。

 およっ。変なこと言ったかな。



                      続く

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