第44話   村の寄り合い

 エリックは王都に帰るダンボワーズ卿を村のはずれまで見送った。


 「千人長。お手数をおかけいたしました。本来であればこちらから出向かわなくてはいけない所を、このような寒村まで足を運んでいただき、申し訳ございません」

 

 別れ際、エリックは馬を降り馬上のダンボワーズ卿に謝罪した。


 「いや。よい。エリカ嬢の誤解も融け、晴れて我らと共に轡を並べることを了承してくれたのだ。謝罪には及ばぬ」

 「はっ」

 「エリカ嬢が渋々とはいえ我が一門に加わってくれたのも、其の方が彼女を助け世話をしたからであろう。よくやった。将軍と若殿のお耳にも入れておこう」

 「勿体ないお言葉です」

 

 思いがけない褒め言葉に目を見開く。


 「近いうちに王都かオルレアーノで将軍に面会してもらう。よいな」

 「はっ。夏の間には必ず」

 「目途がついたら、知らせを出せ。迎えを差し遣わす」

 「承りました」

 「うむ。さらばだ」


 ダンボワーズ卿はお供の騎士を従えて立ち去った。

 このままオルレアーノに向かい将軍に報告するのだろう。


 エリカが晴れてセンプローズ一門のクリエンティスになった。

 戦に徴用されることに強く抵抗していたが、ダンボワーズ卿の説得に一応納得したようだ。一度、将軍に直接挨拶しなくてはならない。ただのクリエンティスではない。エリカは魔法使いなのだ。

 この後どうなるかは、想像がつかなかった。


 

 「とりあえず。砂糖の工房を作っちゃいましょう。そしたら、ひと段落出来るわ」

 

 家に戻りエリカと今後の事を相談すると、あまり時間をかけるのはまずいと考えたようで、作戦を前倒しで行うことにした。


 「何が必要なんだ」

 「とりあえず。ビーンと砂糖をためて置ける倉庫とビーンを煮込むための竈、後は作業場ね」

 「竈か。鍋がまたいるな。大きい方がいいか」

 「うん。今後の事を考えたら、2,3個、欲しいかな」

 「わかった。何とかしよう」


 砂糖の精製などのアルテはエリカが行い、工房の設置などの作業はエリックと、役割分担が徐々にできてきた。

 エリックはビーンを煮込むための鉄鍋を注文するため、村に一軒だけある鍛冶屋に向かった。


 「そりゃ、無理ってもんだぞ、若さんよ」


 鍛冶屋のルッキネロは太い首を横に振った。


 「何とかならないか。鉄は足りているだろう」


 ルッキネロの前には赤く焼けた鉄が金床の上で輝く。炉では木炭が燃え盛り、鍛冶屋の中は猛烈な暑さだ。


 「鉄はあるがな。仕事が溜まってるんだ」

 「そうなのか」

 「ああ。魚が獲れるようになってから鉄がたくさん買えただろう。村のもんに鉄が行渡りそうなんだ。鍬に犂、鉈。きりがねぇ」


 ルッキネロが大きな鉄のハンマーを振り下ろすと火花が散った。


 「直しも待ってもらっているのが多いんだ。ほれ」


 鍛冶屋の片隅を指さす。そこには錆びて刃の欠けた農具が集められていた。


 「注文は前と同じ鉄鍋だろう。あれはたまたま穴が開いて誰も使ってねぇのがあったから、すぐに用意できたけどな。もう一つとなると一から作らにゃなんねぇ。時間かかるぞ」

 「どうしようか」

 「待ってもらうか、どこかで買うしかねえよ」

 「買うしかないか」

 「すまねぇ。ここんとこ急に忙しくなってきやがったからな。正直、手が回んねぇんだ」


 ルッキネロの言う通り、魚の干物やカマボコ、石鹸などの産物が売れるようになってから、村の鉄事情は急速に好転していた。それまで一家に一つ二つの鉄の農具が一人一つにまで行き渡るようになった。当然鍛冶屋の仕事は増える。それまでの慣習で農具の完成品を買わずに、安い鉄の地金を買ってルッキネロに任せていた。


 「これからは農具はオルレアーノで買ってくるよ」

 「すまねぇな。情けない話しだが、そうしてくれるかい」

 「これからも、仕事は増える一方だが、人手は増やせそうか」

 

 近頃、村のあちこちで同じ質問をしている気がする。


 「増やしてもモノになるまで、何年もかかる仕事だ。他所から出来る奴でも連れてくれば別だけどもよ」

 「確かに鍛冶仕事は簡単じゃない。他所から連れてきてもいいか」

 「なんだ。あてでもあるんかい」


 ルッキネロは振り下ろしていたハンマーの手を止める。


 「ないが、これから探す。だが、お前の仕事を取るかもしれないからな」

 「他所の奴が俺の仕事を取るのは面白くはねぇが、仕事が増えるのは歓迎だ」


 再び勢いよくハンマーを振るった。


 「すまない。邪魔したな」


 エリックは鍛冶屋を後にした。

 これは一度、村の主立った者に話をしなければならなくなった。



 その夜、エリックは自宅に村の主立ったものを集めた。

 ロランやメッシーナ神父、鍛冶屋のルッキネロ、製材所のタックなどの村の顔役たちだ。

 ささやかながら料理と酒が振舞われ、場が和んだところでエリックは立ち上がり口火を切った。


 「みんなも知っていると思うが、この頃は村の収入が増えてきたと思う」

 「へえ。魚も前よりたくさん獲れるようになりましたからね」


 漁師の長が頷く。


 「干物だけじゃなくカマボコや石鹸のおかげもありますね」

 「ああ。皆の協力でそれらの産物はオルレアーノでも評判になっている。私はニースの代官として今以上の発展を村にもたらしたいと考えている」

 

 エリックは言葉を切って集まった面々を見回した。


 「いいんでないですか。暮らしも少し良くなったようだし。なぁ」

 

 タックが皆に同意を求めた。


 「ちがいねぇ。行商人がわざわざ買い付けに来るなんて今までなかったしな」

 「皆。協力してくれるだろうか」

 「村が良くなるなら。文句のあるやつはいねぇよ。若」

 「そうか。ならば、一つ皆に頼みがあるんだ」


 エリックはそこで言葉をきる。


 「なんですか」

 

 村人たちはエリックに注目した。


 「他所の村からの移住者を受け入れようと思う」


 シンクレア家の小さな食堂に騒めきが響き渡った。


 「よそもんを受け入れるってことですかい」

 「そんな無茶な」

 「村を良くするのに何の関係が」

 「おうよ。よそもんと一緒に暮らせるかい」


 予想していたがほぼ反対の声ばかりだ。エリックは両手を広げてざわめきを鎮める。


 「皆、聞いてくれ。知っていると思うが、これから砂糖作りが始まる」


 村人たちは困惑しながらもエリックの話しを聞く。


 「ビーンから砂糖を取るんだが、それにはビーンの畑、砂糖の工房、そこに使う炭や鉄。必要なものは数えきれない。今のままの人手だけでは、到底足りないんだ。ビーンの畑を世話するもの、工房で働くもの、炭や鉄を用意するもの」

 「話は分かりますがね。だからって、よそもんを村に入れるのはやり過ぎでさ。わしらの方も協力していけばいいんでないですか」

 「そんとおりだ。ビーンの畑はもう少し待ってもらえば村のもん総手で耕せばいい。工房もかかぁやガキどもを手伝わせますんで」

 「それは、ありがたいが、足りないんだ」

 「足りないですかい」

 「ああ。北の丘全部をビーンの畑にしようと思う」

 「丘を全て畑に・・・・・」

 

 村人たちが想像していた以上の規模だった。


 「砂糖を売るためにはそれほどの大きさが必要なんだ。だが、これが出来れば村は今以上に豊かになる」


 エリックはあえて嘘と本当のことを混ぜて話した。村のためだけではない自分のためだ。


 「そのためにも移住者を村に呼びたい」


 食堂は一瞬だけ静まり返った。


 「エリック様。人手がいるのはわかったけどもよ。それなら、奴隷を買ってくればいいんでないかね。まえ。あのごつい男を買って来たでしょうが」


 炭焼き小屋のビット爺さんが手を挙げた。


 「ああ。そうだな。だが、奴隷は使えない」

 

 想定通りの質問が来た。そして次は。


 「なぜですかい」


 ああ。そうだろうとも、俺も奴隷が使えたら手っ取り早いと思ってるよ。

 その疑問に答えなければならない。自分で言っていても情けない返事だが。


 「エリカが怒る」


 一拍だけの間の後、シンクレア家は爆笑に包まれた。

 酒が回っているのもあるが、情けない答えに皆が笑い転げる。


 「おい。お前たち笑い過ぎだ」


 ロランが渋い顔でたしなめるが、収まらなかった。


 「そいつは大変だ。エリカ様がお怒りになられたら、村は終わりだ。なぁ」

 「ああ。村中に雷が落ちるぞ。ドカンってな。恐ろしや」

 「エリカ様は奴隷が大嫌いらしいからな。無理もねぇ」

 「尻に敷かれとりますな。この先が思いやられるってもんだ」


 皆が笑い疲れるまで、エリックも少し不貞腐れたように器に満たされた葡萄酒を煽った。


 「笑い話みたいになったが、奴隷は使わない。これは決定なんだ。わかってくれ」

 

 笑いが終わったところで話を進める。


 「エリカ様がそう言うなら、しゃあねか」

 「しゃあねぇな」


 徐々に同意が広がる。

 だが、移住者を受け入れる同意ではない。ここからが本番だ。

 エリックはロランに視線を送ると僅かに頷く。


 「しかし、若。見も知らぬものを村に入れるわけにはいきますまい。皆が不安がります」

 「それはわかっている。だが、人手が足りないのも事実だ」


 二人の会話に皆が注目する。


 「さすれば、村から他に嫁いだり、こちらに嫁いできたものの家族。また、村を出て街で暮らしておる者たちに声を掛けてみてはどうでしょう。今の暮らしより良い暮らしが送れると説得すれば村に帰ってくる者がおるかもしれません」

 「その者たちを家族ごと受け入れると言うことか」

 「はい。これならば、まったくの見知らぬ者とは言えますまい」

 「確かにな。皆はどう思う」


 エリックは視線を村人に向けた。


 「それなら。なぁ」

 「まぁ。よそもんとは言えないか」

 「だがなぁ」


 先ほどよりは村人たちの態度も軟化してきた。


 「よし。私も皆を不安にしたい訳じゃない。それでやってみよう。すまないが、村から外に出て行った者たちや、嫁いできた者たちに声を掛けてくれないか。これは村の者すべてに伝えようと思う。これで、数が揃えば他所からの移住者の話は無しだ」

 

 ここで話を纏めたいがどうだろうか。


 「わかりやした。うちの家内に話してみましょう。あいつはロドの村から来たから。むこうで若の話しに乗る者がいるかもしれません」

 「わしも娘に話しましょう。隣村だから手間はかからねぇ」

 「頼む。村が大きく豊かになるかならないかの瀬戸際なんだ。ここで勢いを止めたくない」


 エリックは祈るような気持ちで皆を見渡した。


 「わしらも、生活が良くなってきたのは感じとります。出来るだけやってみよう。なぁ。みんな」

 「変な奴らが入って来るよりかはいいか」

 「気は乗らねぇが、エリック様が言うなら、やってみるか」


 ぽつぽつと賛同の声が上がる。

 彼らにとってもギリギリ受け入れられる話だった。 


 「エリック様。私の方からも司教様にお話しておきましょう。こちらで修業したいものを募集いたしましょう。ニースの村は大きくなりそうだとお伝えしておりますので、何人かは来てくれるでしょう」


 それまで黙った聞いていたメッシーナ神父が声を上げた。


 「それは、ありがたい。感謝いたします」

 「離れて暮らしていた家族が再び村に集うのです。神々の教えに沿った行いと言えるでしょう。教会としてもできるだけお手伝いいたします」


 神父の一言が最後の一押しになり、村人たちは、はっきりと賛同を始めた。


 「皆。ありがとう。私も今まで以上に村のために働くつもりだ。力を貸してくれ」

 

 なんとか、村への移民の話を受け入れさせることができそうだった。

 


                    続く

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