第43話   契約

 江莉香はそれまで抱いていた申し訳ないと言う気持ちが、きれいさっぱり吹き飛んだ。

 何言ってるのよ。嫌に決まってるでしょうが。

 殺すのも殺されるのも、どっちも願い下げよ。大体いたいけな女の子に戦争に行けってどういう神経してるんや。阿保か。

 

 「腹立ちはよく分かる。我らも女の身を危険にさらすのは本意ではない。だが、其方には特別な力が与えられたのだ。それは、否応なく其方を縛る。これは、一門に入る入らないとはまた別の話なのだ」

 

 このおじさんが今一、何を言っているのか分からない。

 助けを求めてコルネリアの方を向く。


 「ダンボワーズ卿の言にも一理あります。我々は他の人より大きな力を手にしている。その力は恩恵だけではない。代償も払わなければならない。その一つだ」

 「代償ですか」

 「例えば、己の私利私欲のためだけに魔法を使う者がいたら大変危険な人物です。夜盗の群れよりも危険だ。悪事を働いても一人なら群衆に紛れこんでしまえる。かなり捕らえにくいでしょう」

 「確かにそうですね」

 「そうならないように有力者たちが魔法使いを管理しているのです。なにかあれば彼らの責となる」

 「左様。エリカ嬢に悪意が無くとも、悪意を持った者が其方をさらって、己が悪事に使うかもしれぬ。その様な事が起らぬように保護し、また何かしでかした場合我ら一門が責を引き受ける。その代償としての奉仕なのだ。どこにも属していない魔法使いはコルネリア殿が言った通り夜盗の群れと同じく危険だ」

 「お話は何となく解りましたけど、だからって戦に行けなんて極端でしょ。大体私が何の役に立つの。自衛隊員じゃないのよ」

 

 江莉香の言葉にダンボワーズ卿は困った顔をした。

 それを見たコルネリアが助け舟を出した。


 「よく訓練された魔法使いは、10人の騎士に勝ります。例えばエリカの風を使えばよいのです」

 「風の力で相手を吹き飛ばすんですか」


 江莉香はばかばかしいと両手を上に向けて肩をすくめた。

 少年漫画のヒーローでもあるまいし。


 「それでもかまいませんが、もっと単純に敵に向かって風を吹かせればよいのです。それだけで味方の矢は遠くまで飛び、敵の矢は威力を弱める」

 「その通りだ。これだけで騎士10人分以上の働きとなる。矢戦で有利となれば同数の敵であれば勝利できよう」


 ダンボワーズ卿は大きく頷く。


 「なるほど。言われてみれば確かにそんな気がします」

 「妹君のセシリア様が水の魔法をお使えになられるとご存じだろうか」

 「はい。セシリアから直接聞きましたから」

 「うむ。あのお方は清い水を召喚できるのだ。戦場で安心して飲める水を手に入れるのは難しい。水場が無かったり、敵が井戸に毒を投げ込んだりすることもある。だがあのお方は、それを簡単に出来てしまう。そのお力だけでお味方は有利となるのだ」

 「川の水を直接飲むのも危ないからな。沸かさず飲んだら腹を下すこともある」


 エリックが説明を補足する。


 「かように魔法使いとは戦場で活躍するのだ。放っておけまい。もし敵方についたら、たった一人の魔法使いのために苦戦する羽目となる。ゆえに我らは魔法使いを一門に加え保護するのだ。我らに牙をむかぬよう。また我らの力とするためにな」


 江莉香は腕を組んで考え込んだ。

 知らない間に、危険人物になっていたらしい。確かに2度目の風の魔法はほとんど大砲みたいな感じだった。あれは危険だ。

 ダンボワーズ卿の言い分は理路整然としていておかしな所はないように思える。

 なんか、この世界の核兵器みたいな扱いなのかな。そりゃ管理したいわな。


 「コルネリアもどこかに所属しているのですか」


 コルネリアはセンプローズ一門に与していないと言っていたが、今の話しからすると何かしらの組織に入っているのかな。


 「私はガーター騎士団に席を置いています」

 「ガーター騎士団? 」

 

 それが何なのか分からないが、どう考えても軍隊ですよね、それ。


 「王家直属の精鋭部隊だ。我が国最大の魔法戦力だ」

 

 ダンボワーズ卿が感に堪えぬと大きく頷き、エリックが感嘆のため息をついた。

 なんか、凄そうなのに入ってた。


 「お分かりいただけたであろうか。先日の無礼もあるから、無理に我らの一門に入ってくれとは言えないが、どこにも所属しないというのは難しい。このニースの村で暮らしておられるのも神々の思し召しと思って、我らと共に力を合わせてみないか。無論、どこかほかの目当てがあるのであれば我らが推薦しよう」

 

 ぐぬぬ。そんな当てがあるわけないわよ。

 全然知らない集団よりかはエリックが所属しているセンプローズ一門の方が安心できるけど、だからって戦争するのは嫌やわ。


 「うーん。お話は理解しました。私としてもあなた方の一門に入るのは嫌ではありませんが、戦争に行くのは絶対に嫌。そりゃ、殺されそうになったら魔法でもなんでも使って抵抗しますけど、自分から攻撃するのは無理」


 私は戦後生まれの日本人なのよ。専守防衛は金科玉条よ。こっちに来たからって変えられないわ。


 「ふむ」

 

 意外に柔らかい反応にダンボワーズは脈を感じた。


 「自分から攻撃はしないが、攻められたら反撃すると言うことですかな」

 「はい。最初の一発目は相手に撃たせます。それを避けて反撃なら何とか。打たれそうだからって打ちに行ったりしません」

 「ほうほう。それは」


 江莉香の返答にダンボワーズ卿が感心したように頷く。


 「エリカ嬢。それは達人の兵法ですぞ。どうして、戦の心得がおありのようだ」

 「へっ」

 「いや。恐れ入った。益々。我が一門に参加してくだされ。戦に関しては其方の希望に沿うようにいたそう。そもそも、ここ10年大きな戦は起こっておらんから心配めさるな」


 あれ。なんかおかしなことになってない。

 防衛のための戦争なら参加するみたいな話になってる。いや、確かに攻めてこられたら抵抗するけど。基本私は逃げるわよ。死にたくないもん。


 「エリカ。貴方は相変わらず面白い。私もそうしよう」

 

 コルネリアも感心したように同意するのだった。


 「えっと。戦争には行かなくてもいいってことですか」

 「確約は出来ないが、今のお話は将軍と若殿に伝えよう。守りのための魔法使いも欠かせぬ。否とは仰るまい、わしも口添えいたそう」

 「はあ」


 今一頼りない返答ね。


 「エリカ。ダンボワーズ卿は軍の指揮を任されているお方だ。信頼していいと思うぞ」


 エリックが助言してきた。


 「エリックがそう言うなら、そうするけど。私も知らない集団には入りたくないし。若殿にはお世話になってるから断れないっちゃ断れないのよね」

 「おお。ありがたい。一門に成り代わり礼を言う。それでは其方の待遇について話そう。何か希望はお有かな」


 ダンボワーズ卿はどこからか紙とペンを取り出した。


 「希望と言われましても、戦争に行かないでいいなら後は特にありません」

 「よろしい。それではわしの方から案を出させてもらおう。エリカ嬢の義務はセンプローズが防衛戦闘をする場合に参加する。遠征などの攻撃には参加しない」

 「はい」


 渋々と言った態で返事をする。


 「戦場での待遇だが魔法使いは百人長と同じ待遇を受ける。部下はおらんが護衛は付けるし敵の矢面に立つ必要はない。これはどの魔法使いも大体享受しておる特権だ。禄はいくらだったかな」

 「年間250アスが相場だったかと」


 エリックが口を挿んだ。


 「そうであったか。それとは別途、年金が支給される。こちらは年間30フィリオーネになる」

  

 用意していた書式に江莉香の待遇について書き連ねていく、その他細々とした条件にとりあえず頷いておいた。まるで携帯電話の契約をしている気分だが、命がかかった契約だ。笑えない。


 「これでいかがであろうか」

 

 書類を渡されても、まだ字を読む力は弱いのよ。


 「コルネリア。この条件はどうなのでしょうか」


 コルネリアに書類を渡すと、彼女はゆっくりと目を通した。

 魔法使いの先輩としての意見が聞きたい。この条件がいいか悪いか判断できる唯一の人だ。


 「良い条件でしょう。参戦義務が少ない割に報酬は良い。一門を抜けても制裁が無いのも珍しい。センプローズ一門は余程エリカを手放したくないと見える」

 「これは手厳しい。我が一門は常に魔法使いの数に頭を悩ませておりましたからな」


 こうなったら信用するしかないか。無所属が許されないのなら私に選択肢があるとも思えない。エリックやセシリアと同じ陣営なら悪くはないかな。

 魔法使いって言うのも案外世知辛い商売みたいね。はぁ。



                 続く

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