第42話   二度目の使者は危険な香り

 夏の太陽が昇り始めたころ。ニースの北側に広がる丘陵地帯に二人の女が立っていた。

 黒い質素な服を着た女の周りを灰色のローブを纏った女が、手にした木の棒で地面に何かを書いていく。


 「コルネリア。これは何ですか」


 自分の周りに怪しげな陣を描くコルネリアに江莉香が声を掛けた。

 ちなみに昨日、自分に敬称は要らないとコルネリアに言われたのであえて呼び捨てにしているが、しっくりこない。


 「この円は、『エ』と呼ばれるものです。世界を現す。縦の棒線は、『レト』雨を現す。横の棒線は、『ク』大地を現す。そしてこれが、『トト』光りを現します」

 「はあ」


 全く説明をする気が無い説明をされても返答に困る。

 たぶん魔方陣か何かなのだろう。王都での儀式で似たような物が床に書いてあったような気がする。


 「この文様は、『ス』生き物を現す象徴です。これらの象徴は魔力を受け止める器の機能を持つ。魔術の基本です。エリカも覚えなさい」

 「はい」


 子供のいたずら書きを進化させたような文様を眺める。魔法使いになったら覚えないといけないらしい。

 色々と説明してくれているが、これは別に魔法の授業という訳ではない。コルネリアに江莉香と腕輪の力を見せるためのものだ。


 「それでは、始めなさい」


 文様を書き終えたコルネリアが促したので江莉香は左腕を前に出して魔法の発動を試みる。

 心の中で腕輪に向かって呼びかけると、前回よりも早くレスポンスが帰ってきた。

 意識が何かに侵食されると同時に頭の中に声が響いた。


 『風よ』


 江莉香の前方につむじ風が巻き起こり、地面の落ち葉を巻き上げた。


 「見事です。エリカ」


 魔法が終息するとコルネリアが手を叩いて褒めてくれた。


 「独学で、その力。素晴らしい」

 「ありがとうございます」

 

 褒められると単純に嬉しいものだ。


 「たった一言の詠唱で魔力を発動させるとは、やはりエリカの魔力は膨大ですね。しかも、なんでしょう、聞いたことの無い詠唱文だ。いや、どこかで聞いたことがあるような」

 「私、何か、言いましたか」

 「覚えていないのですか」

 「いや、魔法を使うと意識が朦朧としまして、はっきりとは覚えていません」

 「初めの内はそうなる。私も初めて魔力が発動した後は一日寝こみました」

 「そうなんですか」

 「しかし、未知の詠唱文。気になる。確か、カゼヨと唱えていたような」

 「ああ、それは覚えてます。神聖語で風という意味です」

 「詠唱がルーンではなく神聖語? なるほど、言われてみればそうか。神聖語で風と呼びかけたのか」


 コルネリアは右手を額に当てて考え込む。


 「神聖語での詠唱文か。何かで読んだな。確か、ダーナの魔法使いが研究して教会と揉めていたような」


 思案が済むと今度は江莉香の左手を取って腕輪に触れた。


 「魔力の残滓がはっきりと表れている。この腕輪が魔導回路であるのは間違いないだろう」

 「この腕輪が魔法使いですか」


 今まで疑問に思っていたことを口にする。


 「それは、違います。魔法使いはエリカです。貴方の意志でつむじ風を起こしたのでしょう」

 「はい」

 「それが答えです」


 そう言われればそうなのかな。でも、1回目と2回目は明らかに私の意志ではないと思うけど、黙っとこ。逆らったら怖い。

 江莉香の感想をよそに、コルネリアは地面の象徴に手をかざす。


 「魔力の流れも、正常ですね。おめでとうエリカ。やや変則的ではあるが、貴方を正式に魔法使いとして認めましょう。ようこそ。世界の神秘を探求するものよ。歓迎いたしましょう」

 

 コルネリアは両手を広げた後、江莉香を抱擁した。

 

 「ありがとうございます」


 認めてもらうと、やっぱりうれしい物なのね。

 こうして、江莉香は魔法使いから魔法使いと認められたのだった。


 

 そのころ、シンクレア家では再び王都からの使者を迎えていた。


 「これは、ダンボワーズ卿。貴方のような高官がおいでになるとは」


 エリックは自分より遥かに目上の存在に戸惑った。

 彼はフリードリヒの部下というよりかは将軍直属の部下だ。軍では千人長を務めている。まともに口を利くのも初めてと言ってもいいぐらいの高官であった。

 赤色の絹の衣装を身にまとい腰には立派な長剣、口髭には白いものが混じる、センプローズの宿老といった面持ちだ。


 「仔細は若殿から伺っておる。オルヴェークめがエリカ嬢を怒らせたそうだな。それで、今の機嫌はどうだ。其方の感じたままでよいから、教えてくれ」

 「今はむしろ、怒ったことを気に病んでおります。言い過ぎたと」

 「なんと。よし、あないいたせ。誤解を解かねばなるまい」

 「いえ。呼んでまいりますのでお待ちください。その方がエリカも安心します」

 「そうか、だがのう、若殿からもくれぐれも粗相のないようにと言われておる。やはり、わしが直接向かって詫びた方がよかろう」


 エリックの制止も聞かずにダンボワーズは馬に跨った。


 「これは、我が一門にとっても重大事だ。さあ。あないいたせ」

 「はっ」


 エリックはこれ以上の抗弁を諦めた。 

 エリカの手紙は、そんなに激しく書いていないはずなんだが。自分が書くのを手伝ったから、それは間違いない。しかし、ダンボワーズ卿の反応を見ているとエリカが激怒したみたいな扱いになっている。オルヴェーク卿はなんと報告したのだろうか。

 エリックも馬を引き出し飛び乗ると、ダンボワーズ卿を先導するため鞭を当てた。



 「この度は、誠に申し訳なく思っていると若殿からのお言葉です」


 丘の上でエリカの姿を認めるとダンボワーズは馬から飛び降り片膝をついて謝罪した。


 「いえいえ。わたしも言い過ぎました。ちゃんとフリードリヒ様にご挨拶に向かいますので」


 エリカも同じように膝をついて同じように謝罪する。

 エリカは誰かに跪かれるのを何よりも嫌がる。ダンボワーズ卿の振る舞いは逆効果なのだが、言い出せる雰囲気ではなかった。


 「いえ。エリカ嬢の事情も弁えずに王都への招待を強要してしまい若殿も反省しておいででした。ただ、王都に住まねばならぬと強要はしていない、そこだけはご理解いただきたい」

 「わかってます。私か渋るから、前の使者の人が言っただけなんですね」

 「あの者は厳しく叱責しておりますので、なにとぞ御寛恕願いたい」

 「わかりました。わかりましたから。立ってください」



 一通りの謝罪を終えると話し合いをシンクレア家の応接室に移すことにした。

 部屋にはエリカの希望でエリックとコルネリアも同席することとなった。


 「それでは、改めてお願いしたいのだが、エリカ嬢。我がセンプローズ一門に加わってほしいのだ。これは決して其方にとっても悪い話ではないと思うのだ」

 「別に嫌だと言っているわけではありません。ただ、一門になって何をしたらいいのかわかりません。エリックから話は聞いていますけど、魔法使いは特別だとか」

 「間違いない。わしもここは、はっきりと伝えよう。我らの一門に加わればエリカ嬢には保護が与えられる」

 「保護? 」


 行き倒れていたころなら理解できるけど、今更何から保護するのかな。いや、きっと別の意味があるんやろうな。


 「さよう。その代わりに其方は一門に対して奉公しなければならぬ。魔法の力を一門のため、ひいてはロンダー王国の為に使ってほしいのだ」

 「それはいいのですけど、具体的には何をしたらいいのでしょうか」


 お国のためだって、段々話がきな臭くなってきた。


 「うむ。普段は特に何もない。だが、ひとたび変事あればその身を捧げて戦ってほしい」


 ダンボワーズ卿の言葉にエリカは首をかしげる。

 ひとたび変事って具体的に何。戦うって誰と。


 「要するに、戦に参加せよと言っているのです」


 横からコルネリアが解説した。


 「戦? ・・・・って戦争の事。嫌よ。なんでそんなことしなきゃならないのよ。冗談じゃないわ」


 エリカは叫んだ。

 


                 続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る