第29話   献上品

 オルレアーノの市に向けての準備が進んでいく。

 今回は干物の数を減らして代りに新しい商品である蒲鉾を用意した。

 作られた蒲鉾の半分は王都エンデュミオンのドーリア商会に卸す。これの運搬にはロラン親子を当てることにした。


 「ロラン。エミール。気をつけてな」


 エリックは親子に声をかける。


 「お任せくだされ。若」


 小舟には蒲鉾の入った木箱が所狭しと並べられている。前回の10倍の数の蒲鉾だ。


 「売値は、前と同じ位で頼む。高く売る必要はないが、あまりに安く買いたたかれそうだったら、取引せずに若殿に全て献上してくれ」

 「よろしいのですか」


 ロランが眉をひそめる。

 二人が王都まで往復する旅費も馬鹿にはならない。

 取引できなければ金のかかる散歩になってしまい、何をしに行ったのかわからない。


 「いいんだ。買い叩かれてしまってはどの道商売にならないさ。そんなことになるぐらいなら、王都のセンプローズ一門の人たちに食べてもらって、そこから売る道を考えよう」


 蒲鉾は言ってしまえば魚のハムだ。最初は戸惑っても慣れてしまえば好きになる人も現れるだろう。商売になるのはそこからでも構わない。

 エリックはエリカから商売の話を聞かされその結論に至った。

 彼女の話は難しく時々意味が不明だが、エリックよりは商売について詳しい。お金を稼ぐには初めの内は損することを覚悟しなければならないようだ。


 「必ず。売ってまいります。ご安心ください」


 エミールはまた王都に行けるのが嬉しいようだ。


 「頼んだぞ」

 「はい。それと、こちらの品も必ずセシリア様に直接お渡しいたします」


 懐から小袋を取り出して見せる。中にはセシリアへの贈り物が入っていた。


 「ああ。だが、無理はしなくていいから」


 エリックは赤面する。

 ここで出さなくていいんだ。

 準備が整うとロラン親子を乗せた小舟が、港町フレジュスに向かって出発した。



 「エリック、準備できたわよ」


 港から戻るとエリカが手を振っている。

 家の前には3台の馬車がエリックを待っていた。


 「早いな。ありがとう」


 エリックは馬上から馬車の荷台を眺める。荷台には干物と新商品の蒲鉾と石鹸が積み込めるだけ積んでいた。最近は十日に一度のオルレアーノの市に毎回参加している。昔は売る物が無くて割り当てられていた場所を行商人に又貸していたのに、今では品物で満載だ。

 売った利益で帰りも綿布や鉄などの村では用意できないものを積んで帰るから、村の生活は少しづつだが良くなっている。


 「それじゃあ。出発しよう」


 村人たちに合図を送ると馬車が動き始めた。


 「行ってらっしゃい」


 エリカがレイナと一緒に手を振る。

 今回は残ってやりたいことがあるから付いてこないらしい。その代わりなのか蒲鉾と石鹸の売り方には注文が多かった。

 それほど心配なら付いてきてほしかったが、いつまでも頼りっきりという訳にもいかない。市で売るぐらい自分で何とかしないとな。

 

 いつもの慣れた山道をのり越えて翌日の夕刻前にはオルレアーノの街に到着した。


 「これで酒でも飲んで来てくれ」


 宿で荷物を下ろすと、エリックは村人たち一人一人に銅貨を手渡した。


 「こいつはありがてぇ」

 「これがあるから、オルレアーノ行はやめられねな」


 村人たちは笑顔で受け取っていく。


 「飲み過ぎないでくれよ。明日は朝早いからな」

 「わかってまさぁ。おい。みんな。ボックの酒場でいいだろう」

 「お前いつもそこだな。たまには違う店にしようぜ」

 「あそこのロッシュが一番美味いだろう」

 「そうか? どうせあそこの看板娘の・・・・・名前なんだったけ」

 「サリーだろ。確かに美人だよな」

 「そうそう。それが目当てなんだろ」


 茶化した笑い声が室内に響く。


 「いいじゃねぇか。美人を眺めながら流し込むロッシュ最高だ」

 「まあ。わしはそこでも構わんよ」


 一番年配の村人が同意した。


 「よし。決まり。じゃ行こうぜ。そうだ。エリックの旦那もどうですかい」

 「ありがとう。俺はこれから将軍の屋敷に行ってくるから、帰ったら合流するよ」

 「なら、先に始めさせてもらっときますぜ」


 笑いながら村人たちは一斉に出ていった。


 「前までは、みんなに小遣いを渡すのも大変だったのにな」


 一人になったエリックは呟いた。

 酒に女に博打。ニースには無い様々な娯楽がオルレアーノの街には存在するが、以前であればそれらを横目で見ながら帰るしかない時もあった。しかし今ではちょっとした酒代ぐらいなら何ともない利益を上げることができるようになった。

 先代の代官。エリックの父ブレグは街に行ったら村人たちには酒を飲ませてやれと常々言っていた。そこで出た不満や要望、小話をしっかり覚えておけと。


 「酔っぱらいの話し相手は苦手なんだが、これも仕事の内か」


 用意していた献上品を確認して将軍の屋敷に向かった。



 「エリック殿。これは」


 将軍家の筆頭執事のアルフレッドは、ニースからの献上品に困惑した。

 赤い葉に包まれていたのは何かの塊。


 「これはカマボコと言いまして、魚で作ったハムのようなものです。ニースの特産品として作りましたので、将軍に食していただければ、これ以上の栄誉はございません」


 エリックは恭しく頭を下げる。


 「魚のハムですか。確かに閣下は魚料理が大変にお好きではありますが」

 「お試しいただければ、きっと気に入っていただけると確信しています。実は王都のドーリア商会にも販売することになっておりまして、そのご報告も兼ねて持参いたしました」

 「ドーリア商会にですか」


 アルフレッドは疑わし気な視線をエリックに送る。

 ドーリア商会と言えばセンプローズ一門お抱えの商会。クリエンティスであるエリックが話を持っていきやすい商会かもしれないが、ただの代官と直接取引するとは信じがたい。しかも、わざわざ王都の方に話を持っていく意図が不明だった。


 「なぜ、わざわざ王都に。この街のドーリア商会に話を持っていく方が楽でしょうに」

 「王都のフリードリヒ様にご相談がありまして、その折に立ち寄ったのです」

 「若殿に相談ですか」


 なぜ、将軍ではなく若殿に相談したんだとアルフレッドの目が問うている。


 「ええ。王都のことでご相談がございましたので」


 漠然とした返事を返すエリックにアルフレッドもこれ以上追求しないことにした。

 次期当主の若殿に顔を売っておきたいのだろう。


 「わかりました。このことは閣下のお耳に入れましょう。実際に召し上がられるかは閣下のお気持ち次第です」

 「承知しております。約10日ほど日持ちいたしますのでその間にお召し上がりください」

 「ほう、10日ですか。魚なのですよね。それほど持つのですか」

 「はい。ハムと同じく火を通しておりますので問題ありません」

 「なるほど。ハムと言っておられましたな。次はこれですな」


 何かの葉にくるまれた四角い物体を指さす。


 「これは、石鹸です。カマボコを作ると一緒に石鹸の材料もできますので作ってみました。こちらはまだ完成品とは言えませんが、軍で使うには十分かと」


 エリックは石鹸を包んでいた葉を取り除く。


 「何かの匂いがしますな。何ですか」


 アルフレッドは石鹸に顔をつけて匂いを嗅いだ。


 「シトロンの皮を混ぜ込んでいます」


 シトロンは山になっている黄色の果実だ。味に問題があって食べる気にはならないが確かに香りはよい。


 「なぜそのようなことを」

 「はぁ。これで身体を洗うといい匂いがするからでして」


 エリックが歯切れの悪い返事をする。


 「身体を洗う? 石鹸でですかな」

 「はい」

 「なぜ、わざわざ身体を石鹸で洗うのですかな」

 「これを作ったものが、そう言い張るもので」


 エリックはエリカとの会話を思い出す。



 「石鹸で身体を洗う? 」

 「そうよ」

 「どうして石鹸で洗うんだ」

 「どうしてって、石鹸はその為のものでしょうが」

 「そうか? 」


 また、エリカの訳の分からない普通が始まった。


 「他に何に使うのよ」

 「布の汚れを取る時に使うが」

 「そうね。それはその通りだった」

 「他には軍団で使うな」

 「軍団? 軍団で何に使うの。兵隊さんの服でも洗うの」

 「いや。城に攻めてきた敵に向かって石鹸を溶かした水をかけるそうだ。父上から聞いたことがある」

 「石鹸を水に溶かして敵にかける? なにそれ、もしかして石鹸まみれの敵が足を滑らして、こけるとか」

 「なんだ、知ってるんじゃないか」

 「そんな、コントみたいな使い方するんだ」

 「コント? 何だそれは」

 「いいの。気にしないで、ともかく私は石鹸で身体を洗ってお風呂に入りたいのよ」

 「風呂だって、そんな貴族みたいな真似、出来るわけないだろう」


 エリックの家を含めニースに風呂を持っている家はない。村人の中には風呂が何かも知らない者も多いだろう。皆、夏は水浴び、冬はお湯で身体を拭くぐらいだ。


 「何言ってるの。エリックは出世して貴族になりたいんでしょうが」

 「いや。だからって風呂は贅沢すぎるだろう」


  別に贅沢がしたいから貴族になりたいわけではない。国を守る騎士となりセシリアに相応しい自分になるためだ。


 「自慢じゃないけど私は毎日入っていたわよ」


 エリカは胸を張って宣言した。


 「ははっ、毎日ってどこの王女様だよ。流石に騙されないぞ」


 そんな水と薪をどうやって調達するんだ。


 「いや。割と本当の事なんだけどな。まぁいいか」


 そう言って頬を掻いていた。



 「この香りでしたら奥様がお喜びになるかもしれませんな。香りにはことのほか厳しいお方ですから」


 アルフレッドがエリックの意識をこちら側に引き戻した。


 「お試しください。またお持ちいたしますので」

 「将軍へのご奉仕ご苦労様です」

 「閣下によろしくお伝えください」


 エリックはアルフレッドに一礼して屋敷を出た。

 村のみんなは確か何とかという店に集まっていたな。適当に覗いて回ればたどり着くだろう。

 エリックは日が沈み始めたオルレアーノの街を酒場に向かって歩いて行った。


                      続く

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