第28話   次の段階

 教会の事はひとまず置いといて、砂糖作りの第一段階としてノルトビーンの畑を出来るだけ増やすことにした。

 ビーンは水はけのよい土地を好むらしく、水が多すぎると腐りやすいとのことだ。

 エリックは村の北側に広がる丘陵地帯に目を付けた。ここを開墾すればかなり大きな畑が作れるだろう。

 問題は・・・・


 「エリックはどうして鐙を使わないの」


 エリックの愛馬の背に揺られたエリカがエリックの思考を遮る。

 丘の上まで馬を走らせたかったがエリカは乗馬が出来ない。その為、エリカを馬の背に乗せエリックは轡を引いて歩いて登ってきたのだ。


 「アブミとはなんだ」


 聞きなれない単語だ。また新しい道具か何かだろう。


 「あれ。鐙はこっちでなんて言うんだっけ。えっとね。馬に乗る時に足を置く道具よ」

 「足を置く。そんなことしなくても、足で馬の胴を挿めばいいんだ」


 エリックは足を動かして締める動作をして見せた。


 「それじゃ。危ないわよ。踏ん張りも効かないし」

 「そこは訓練して踏ん張れるようにするんだ。エリカもやってみるか」

 「うーんとね。正直。自分の馬は欲しいのよね。これから移動も増えるだろうし。自分で操れたら楽しそうだし。こっちの馬って小さいから乗ってもあんまり怖くないのよね」

 「ああ。とても楽しいぞ。馬は見繕ってやるから、練習しろ」

 「ほんと。ありがとう。ついでに鐙も作ろう」


 エリカは嬉しそうに笑う。

 メッシーナ神父の件で怒り狂っていたが、どうやら機嫌を直してくれたようだ。


 「ここら辺を開墾しようと思うんだが、どうだ」


 丘陵地帯が一望できる場所で馬を止めた。


 「うん。いいと思う。水さえ確保できれば畑になるんじゃないかな。と言っても私、畑仕事詳しくないけど、本にはそう書いてあったし」

 「水か。近くに川が無いかな」


 辺りを見渡すが草地と岩と木々がまばらに生えているだけだ。川があったとしても小さい物だろう。


 「川が無いならため池でも作る? 」

 「ため池か。それが一番確実だけど開墾にため池作りとなると人手がかかるな」


 エリックが今一番の問題と考えているのが人手の確保だった。


 「村の人も協力してくれるでしょ」


 先日のミサでメッシーナ神父は砂糖作りに協力するように村人たちに訴えかけてくれた。お蔭で村人たちの協力は取り付けやすくはなったが。


 「みんなも自分の畑があるからな、そこが終わったら手伝ってくれるが、今すぐは難しいだろうな」


 開墾やため池作りとなると相当な人数が長い期間必要になる。村人たちにはそれぞれ仕事がある。代官の権限で労役を課すこともできるが、少なからず反感を買ってしまうし、それで村の収穫が減ってしまえば本末転倒だ。


 「早くビーンを作りたいけど人手が足りないんじゃ仕方ないか。ねぇ、他の村で手が空いている人を雇えないのかな」

 「他の村? そんなことしたら揉め事になるぞ」

 「そうなの? 」


 エリカは呑気というか難しいことを簡単に言う。


 「森の境界線を決める時だって人死にが出そうになる時があるのに、他所の村人を雇って開墾なんてさせたら、それこそ村対村の戦になるぞ。俺も代官を罷免される」

 「ふーん。良くわからないけど縄張りみたいなものがあるのね」

 「普通あるだろう。エリカの国にはないのか」

 「他所から人を雇うのは普通かな」


 どこで拾ったのか何かの穂先を振り回していた。


 「変な国だな。揉めないのか」

 「逆にどうして揉めるのよ。ただ働きさせるわけじゃないのに」

 「自分の畑を放って人の畑を耕す奴がそんなに多いのか」

 「なるほど自分の畑ね。それならしょうがないのか。そうだ。畑で思い出した。農薬も作りたいのよね。簡単な物は木炭から出来るらしいから」


 エリカは最近、魔導士の書を毎日のように捲っている。


 「また変なものが出てきたな。それは何だ」

 「作物に虫がつかないようにする薬よ。麦に吹きかけるといいわ」

 「そんなものもあるのか」

 「肥料と農薬のダブルでビーンを大増産するのよ」


 馬上でエリカは不敵に笑う。


 「楽しそうだな」

 「楽しいわよ。エリックも楽しくやった方がいいと思う。その方がいい結果になるわよ」

 「楽しくか。難しそうだな」


 楽しくないわけではない。エリカのおかげで村が豊かになる道筋が見えてきた。だが、それ以上に代官としてのそう、前にエリカが言っていた通り成功も失敗も全て代官としての自分の責任なのだ。それが重荷となってエリックの心を締め付けてくる。


 「そんなことないわよ。そうね。セシリアに豊かになったニースを見てもらうなんてどう」

 「お嬢様に村をか」


 昔。よくニースがどんなところか聞かれたな。セシリアは楽しそうに聞いてくれた。


 「きっと、喜ぶわよ」


 セシリアにニースの村を見てもらうか。エリックはその姿を思い描くと自然に顔をゆるんだ。


 「楽しくなってきたでしょ」

 「ああ。楽しくなってきた」


 エリカが笑うのでエリックもつられて笑った。

 二人はぐるっと丘陵地帯を見回って畑の場所の目星をつけた。

 


 丘陵地から村に帰り、新しく建てた水車小屋に向かうとロランたちが待ち構えていた。

 それまでの水車小屋とは違い。石臼専用。そして魚のすり身専用の水車小屋だ。

 水車小屋を作るには特別な職人を雇わなくてはならず、お金のかかる施設だ。

 薄暗い室内に水車の回る音とそれに連動した巨大な石臼が設置されている。


 「これで完成ですな」


 初めは反対していたロランも完成した姿を見たからか少し満足げだ。

 江莉香は試しに、魚の切り身を石臼に上部に空いた投入口に入れる。

 木製のレバーを押し込むと水車の回転に合わせて石臼が音を立てて回りだし、しばらくすると臼の周りから魚のすり身が浸みだしてきた。


 「うん。いい感じ。やっぱり大きな臼でつぶした方がきめ細かくなるわね」


 江莉香は出てきたすり身をヘラで取ってみると、完全なペースト状になっていた。手で潰していてはこうはならない。

 それを少し離れた場所に建てた蒸し専用の小屋で蒲鉾にするのだ。ちろん台木は山で確保しておいたアカカマドの木を使う。そして王都で買ってきた砂糖を混ぜてみる。これでニースの蒲鉾は完成形になるだろう。砂糖を入れることで味も良くなりさらなる高値での販売も期待できる。

 この江莉香考案の蒲鉾工場では農家の奥さんが働くことになっていた。彼女たちはエリックから賃金が支払われる形になっており、村では数少ない現金収入として人気が出そうだ。


 「エリカ様。これで良かったかい」


 蒸し係の奥さんが出来立ての蒲鉾を差し出す。


 「うん。いい匂い。よし。みんなで食べてみましょう」


 江莉香はナイフを取り出すと切り分け、その場にいた奥さんや職人たちにもふるまってみた。出来るだけ多くの人の感想が聞きたい。

 うん。良くなってる。ちゃんと蒲鉾だ。味も前よりしっかりついてる。やっぱり砂糖が必要だったんだ。


 「美味いな。魚の変な匂いがなくて食べやすい」


 エリックが的確な感想を言う。そう、その通りよ。これなら魚が嫌いな人でも食べやすいはずよ。


 「魚のハムなんて誰も思いつきませんね。美味しいです」


 エミールの評価もよさそうだ。

 その他、ロランや奥さん、職人さんたちからも高評価を得た。これなら売れそうね。


 「エリック。砂糖入りの蒲鉾は将軍様と若殿様に献上してね。砂糖なしで作った半分はオルレアーノの市で売って、もう半分は王都のドーリア商会に卸すわよ」


 江莉香は小声でエリックに告げる。砂糖の生産が始まらない限り蒲鉾に砂糖を入れるのは難しいだろう。王都で高い砂糖を買っていては卸値が跳ね上がってしまい商売として厳しい。最初の内は砂糖なしで作るしかない。 


 「わかった。手配しよう」 


 これは、センプローズ一門に対して行う最初のジャブよ。

 次は砂糖生産という飛び切りのストレートをお見舞いしてあげるわ。



 悦に浸る江莉香に職人の親方が声をかける。


 「お嬢さん。頼まれていたものが出来たよ。見てくれるかい」

 「もうできたんですね。やった」


 江莉香の前に木製の樽のような物が引き出される。

 樽の内部は内側と外側の二重構造になっており、上部には手回しハンドルが付いていた。


 「回してみても大丈夫ですか」

 「勿論だとも。回してみてくれ」


 江莉香が力いっぱいハンドルを回すと内側に取り付けられた板状の部品が回りだした。

 木製のギアが綺麗に噛み合ってスムーズに回転する。

 本当は金属のギアにしたかったが作れる人がかなり限られる部品だ。水車の職人さん、お願いしておいてなんだけど、よく作れたわね。


 「おお。凄い。なかなか早く回りますね」


 中を覗きながら江莉香は感嘆の声を上げた。

 音を上げて台形の板が高速で回転している。


 「お嬢の注文通りにできたかい」


 喜ぶ江莉香をみて親方も安心したようだ。


 「ええ。これだけ早く回転すれば大丈夫よ。ありがとう」

 「エリカ様。この樽は何ですか」


 ご機嫌にハンドルを回す江莉香にエミールが声をかけた。


 「これはね。私特製。まぁ正確には原案だけど。手回し遠心分離機よ。ニースの秘密兵器と言ってもいいわね」


 そう言って高らかに笑うのだった。


 「はぁ」


 説明になっていない説明でエミールにはまったく意味が解らなかったが、何かに使うものなのだろう。

 

                       続く

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