第27話   価値観の違い

 メッシーナ神父の登場に江莉香は声にならない悲鳴を上げた。

 どうして、ここに神父がいるのよ。

 メッシーナ神父に続きロラン親子が入室する。

 江莉香はエリックが神父に挨拶している隙にエミールに近づき囁く。


 「どうして、神父までいるの」

 「その、父が神父に砂糖の件を話しておりまして、ぜひ詳しく聞きたいと」


 エミールの答えに膝が崩れる思いだ。

 ロラン。よりによってメッシーナ神父に話しちゃったの。

 最悪だ。今一番知られたくない人に知られた。

 そこらの村の奴に知られるより質が悪い。メッシーナ神父に知られると言うことはイコール、教会に知られると言うことだ。

 教会の農業技術は民間より頭一つ抜けて進んでいる。資金も潤沢にあるだろうから、その気になればどこか他の場所に砂糖の一大生産地を作れるかもしれない。そうなっては小さなニースの村では対抗しようがない。

 せっかく電話を発明したのに特許申請時にタッチの差で負けた技術者みたいな目にあってしまう。

 同じ村の事だからいずれは知られるだろうけど、試作品の段階で知られるのは想定外だ。

 ロランさんがどこまで話しているかについても確認しなくては。

 もし、製造方法にまで話が及んでいたら。

 ああ。私のプランが崩壊する。

 エリックもみんなも余計なことを言わないでよ。お願いします。



 「メッシーナ神父。丁度良いところへ」


 エリックは神父に椅子をすすめた。


 「ありがとう。ところでロランから聞きましたがエリカ様がノルトビーンから砂糖をお作りになられたと言うのは本当ですか」

 「本当です。神父から頂いたビーンで作りました。試してください」


 エリックは机の上の小瓶を神父に手渡す。


 「いただきます」


 神父は小瓶に指を入れて中の結晶を取り出すと口に含んだ。


 「おお。神よ。感謝します。まさしく砂糖ですね」


 メッシーナ神父は感に堪えないと祈りの言葉を口にする。


 「ビーンの砂糖について神父にお願いがあるのですが」

 「わかっております。教会の畑からとれたビーンから作られたのです。何の問題もありません」


 神父が立ち上がり袖を上げた瞬間。


 「ダメー」


 エリカが割って入ってきた。


 「なんだ。エリカ。今は邪魔しないでくれ」

 「エリック。ちょっとあんた何考えてるのよ」


 また、エリカがわからないことを言い出した。


 「何って、神父に祝福してもらうんじゃないか」

 「祝福。なにそれ」


 エリカが面白い顔をする。

 何言ってるんだ。祝福っていうのはだな。


 「祝福とはですね。新しく生まれた命に神々の恩寵を与えることですよ。これによってビーンから作られた砂糖は教会に認められることになります」


 メッシーナ神父がエリックの言いたいことを先に言ってくれた。


 「教会に認められる? 」


 エリカはまだ理解していないようだ。そういえばエリカは異教徒だったな。最近は教会のお祈りにも参加しているし、特に何か別の神に祈りをささげる様子も無いから忘れていた。


 「そうだ。教会に祝福されることでニースの砂糖はどこに出しても恥ずかしくない砂糖になるんだ。わかったら邪魔しないでくれ」


 エリックは強引にエリカの身体を押し返す。


 「失礼しました。神父。お願いします」

 「大いなる神々の名においてビーンから得られた砂糖を祝福します。我らに新たな糧を与えていただき神々に感謝を」


 神父は祈りを上げると小瓶に入った砂糖に祝福を与える。


 「ありがとうございます。神々に感謝を」


 エリックは素早く聖なる印を切る。

 これで、ビーンの砂糖を安心して作れる。悪魔の所業に指定されてはどんな良いものも売れはしない。


 「おめでとうございます。しかし、驚きましたね。ビーンから砂糖が取れるとは。さすがエリカ様。やはり貴方は素晴らしい」

 「はぁ。ありがとうございます」


 神父の称賛にエリカは居心地悪そうに返事をする。

 一体何が気に入らないのかがわからない。異教徒だから他の神に祝福されたとこが気に入らないのか。

 しばらく考えて思い当たった。エリカは神父に砂糖の事を秘密にしたかったのだ。

 しかし、神々に秘密にしても仕方ないだろう。ビーンから砂糖を作ったのはエリカだがビーンから砂糖を作れるようにしたのは神なのだから、秘密にする意味が無いだろう。

 相変わらず、エリカの行動は意味不明だ。

 


 エリックに押しのけられた江莉香は渋々離れると、神父が何かの儀式を始める。

 これが祝福というものか。と言うか、これならもしかして蒲鉾とかも祝福してもらわないといけないのかな。うーん。わからん。

 ただ判るのは現代日本よりも宗教が日々の生活に密着していると言うことだ。砂糖については秘密にすることを理解したと思しきエリックが、神父に対して砂糖の話をすることに何の警戒心も抱いていない。


 「もう少し教会について勉強しないとな」


 ため息交じりに呟いた。



 「神父。砂糖について相談があるのですが」


 エリカが大人しくなったのを確認して話を続ける。


 「何でしょう」

 「私とエリカはこの砂糖を村の名物にしようと思っています。ビーンから砂糖が作れれば、今までよりも安く砂糖が買えることになりますし、村も豊かになります」

 「よい。お考えですね」

 「ですが、このとこが広く知れ渡ると、村が豊かになる前に他の村が真似をしてしまうかもしれません。秘密を守る方法はありませんか」


 ガタンと大きな音がする。目をやるとエリカが頭を抱えて踊っている。何なんだ。


 「そうですね。確かにビーンから砂糖が取れると知れば多くの者がそれに倣うでしょう。砂糖作りを秘伝にしたいのですね」

 「はい。何とかなりませんか」


 エリックの言葉に神父は、ふむと頷いて考えだす。


 「本来は神々のお与えになった祝福を秘することは望ましくありませんが、その道に至った者に褒美があってしかるべきです。ビーンから砂糖を作ったのはエリカ様ですからね」

 「はい。彼女と村に恩恵があれば代官としての私も助かるのです」

 「こういった事は、私も詳しくありませんが、何か方法があったはずです。調べてみましょう」


 メッシーナ神父は椅子から立ち上がった。


 「お願いしてよろしいですか」


 エリックもそれに続き懐からお布施の銅貨を差し出した。


 「お任せください。砂糖がビーンから作れるなど、まさに奇跡です。この村にも良い事でしょう」


 メッシーナ神父はお布施を受け取って部屋を出ていった。



 「エリック。あんたは何を考えていはるんや」


 扉が閉まり10秒我慢して江莉香は日本語で叫んだ。一々こっちの言葉に変換するのもけったくそ悪い。


 「よりによって、教会に相談するってアホか。アホなんか。教会に知られるのが一番まずいでしょうが」

 「何を言っているのかわからない。俺たちにわかる言葉で言ってくれ」


 エリックの抗議を無視して更に日本語を続ける。


 「うっさい。ボケ。ルパンに金庫の暗証番号教えるやつがあるか。盗んでくれと言っとるのとおんなじや。ルパンならワンチャン警戒してくれるかもしれへんけど、神父はそうはいかんわ」


 一番秘密にしたい相手に秘密の相談とか。不倫相手の事を奥さんに相談する旦那がどこにおるっちゅうねん。ああ。ここにいた。

 江莉香はひとしきり激高した後、しゃがみこんで膝を抱えた。

 ああ。終わった。

 せっかく、砂糖の一大革命を起こしてガッツリ儲けられると思ったのに。

 大体。教会が砂糖を大量生産したらどうするつもりなんだ。

 将軍へのアピールポイントを自分で踏みつてなにが楽しいいんや。ほんまに頼むわ。


 「どうしたんだ。エリカ。何が気に入らないんだ」

 「どうして神父に相談したのよ」


 膝を抱えたまま答える。


 「どうしてって。今までも神父には相談に乗ってもらっていたし、エリカも神父に相談しろと言ってたじゃないか」


 エリックの答えに顔を上げる。


 「私が、神父に? 」

 「ああ。俺たちだけでは村を豊かにできないから、特に神父を味方にしろと言ったのはエリカだぞ」


 ううっ。確かに言った。

 でもそれは、秘密をべらべらしゃべれと言ったわけではないのよ。


 「俺は、エリカが神父に秘密にしたい理由がわからない。異教の神父だからか?」

 「異教の神父? 変な言い回しだけど、違うわよ」

 「だったら。なんなんだ。わかるように言ってくれ」

 「教会が、砂糖を作り出したらどうするのよ」

 「教会が砂糖を作る? どうして教会が砂糖を作らなければならないんだ」

 「どうしてって。そりゃ、儲かるからよ。どこの世界でも坊主丸儲けでしょうが」


 江莉香の言葉にエリックたちは顔を見合わせた。


 「エリカ様。教会は金儲けをしてはいけませんが」


 エミールが恐る恐る声をかける。


 「甘い。口ではそう言って、裏ではガッツリ儲けるのが神様よ」


 東の方にある有名な寺の貫主は夜な夜なロールスロイスで祇園に繰り出すともっぱらの噂。ロールスでお出かけってどんだけ儲かってるのよ。漢字か。そんなに漢字で儲かるんか。坊主なら歩いて行け。百歩譲ってカブで行け。て言うか祇園に行くな。先斗町ポントチョウに行け。

 自然と金儲けができるのが宗教でしょうが。砂糖が儲かると分かれば手を出さないはずがない。


 「エリカの信じている神は変な神だな」


 呆れたようにエリックが言う。

 違う。違うのよ。エリック。神様の問題なんじゃなくて人間の問題なのよ。

 だがこれ以上口で説明できる自信が無い。

 いや、説明はできるけど絶対に納得させられない。

 ここまで信心深い連中は江莉香の周りにはいなかった。おばあちゃんだってここまで信心深くなかったわよ。新興宗教の信者かな。

 とにかく教会を微塵も疑っていない。それとも私が擦れてるだけなんやろか。


 「それに、砂糖の秘密も神父が秘伝として扱ってくれると言っていたんだ。これで村から外に漏れる心配は少なくなったんだから、いいじゃないか」


 そう言って、エリックはロラン親子に砂糖の製造方法は秘密にしろと伝えた。

 何なんだろ。この認識のズレ。教会が秘密ですよと言ったら、誰も喋らなくなると本気で信じてるんやろか。おめでたい。おめでたいわよ。エリック。お金は人を変えるのよ。

 金儲け。金儲け。あれ。そういえば、ニースの村でお金使ったことない。いや。教会に十円玉の親戚をお布施として持っていたことがあるが、大体物々交換だ。

 金儲けという概念が無いのかな。

 でも、オルレアーノの街で市を開いているんだから、概念が無いってことは無いだろう。王都であった商会の偉いさんの目はまさしく営業マンだったし。


 「村の連中の協力だって神父が助言してくれれば、すんなりといくだろう。いい加減に機嫌を直してくれないか」


 くっ。想像よりも教会の力は強いようね。戦略を考え直さないと。

 最悪。砂糖のプランは破棄するか二番煎じに甘んじるかの選択が必要だろう。

 はぁ。


 「わかった。わかりました。でもいい。作り方については誰にも喋っちゃ駄目よ。メッシーナ神父にもよ。ここだけは譲れないから。ロランも喋ってないでしょうね」


 思わずロランを睨みつける。


 「作り方までは言っていないが」


 ロランも戸惑った様子だ。


 「よし。少しは時間が稼げるかも」

 「そんなに気にすることか」


 エリックはまだぬるいことを言っている。


 「ビーンから砂糖が出来るっていう事を知っただけでも、教会にとっては大収穫よ。後は自分たちで勝手に作れるわよ。そんなに難しくもないんだから」


 価値観の違いを改めて痛感した江莉香であった。


                        続く

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