第25話   江莉香の3分クッキング

 「あら、エリカ。大きなビーンね」


 台所ではアリシアが生地をこねていた。


 「はい。少しお鍋借ります」


 江莉香は竈の上に鍋を置き水を張ると火を起こした。初めの頃は着火するまで一苦労だが慣れてしまえば二分とかからない。

 江莉香はビーンを水洗いした後、千切りにする。

 細かく切った方が糖分が抽出しやすいかな。


 「あら、そんなに細かく切ったら美味しくないでしょ。一口の大きさに切らないと」


 アリシアが江莉香の作業を横から覗き込んだ。


 「これは、食べないんです」

 「食べない? 食べないでどうするの。豚の餌にするなら切らなくてもいいのよ」


 そういえば豚がよく食べていたな。蕪は飼料だったのか。


 「えっとですね。ビーンから砂糖を作るんです」

 「砂糖? 」

 「はい。ビーンの煮汁から砂糖が取れるらしいんで、やってみます」


 アリシアに向かって拳を振り上げる。

 これが成功すれば、村は一気に豊かになるかも。


 「そ、そう。頑張ってね」


  アリシアはエリックほど江莉香の言動になれていなかった。



 鍋の水が沸騰したので千切りしたビーンを投入。葉っぱの部分は湯がいて晩にでも食べよう。


 「どれぐらい煮るんだろ」


 江莉香は鍋を掻きまわす。

 食べるわけでもなし、蕪から成分を取り出すのだから徹底的に煮込んだ方がよさそうね。

 その間に濾過用の布を用意して。

 しばらく湯がいているとうすく黄ばんだ煮汁になっていく。後は水を足しながら放置しよう。

 江莉香はいつものように走り寄ってきたレイナの相手をしながら遠心分離機について考える。

 現実的なのは、手回し式の装置を作って無理やり分離する方法かな。


 「回転。回転。高速回転」


 レイナの手を取ってぐるぐる回して遊ぶと喜んで笑う。うん。可愛い。


 「エリカ。貝殻を粉にしてきたぞ」


 息を切らしたエリックが台所に飛び込んできた。相当急いできたみたいだ。


 「ああ。エリック。ありがとう。ところでエリック。手回しの何か知らない」

 「手回しの何かってなんだ」


 当然の疑問が帰ってきた。

 江莉香は遠心分離器の構造について話す。


 「なるほどな。そんな道具がいるのか」


 エリックはしばらく考えると。


 「取り合えずでいいなら、作ってみよう」


 そう言って、台所から出ていった。


 「なんやろ。何か思いついたのかな」

 


 ビーンがくたくたになった頃、鍋から千切りのビーンを取り出した。これはこれで乾燥させると飼料になるらしい。無駄がないな。ビーン偉い。

 鍋の中にエリックが貰ってきた貝殻の粉末を入れかき混ぜる。


 「おー。なんか、固まってきた」


 ペースト状の何かが鍋の中に溜まる。

 貝殻の粉末が十分に行渡るように何度もへらでかき混ぜる。


 「こんなものでしょ」


 十分にかき混ぜて、麻布を張った別の鍋に中身をゆっくりと移し替えると、上には不純物、下には糖分が分離された。不純物と言っても栄養素には違いないからこれも豚さんの餌にしよう。

 湯気の立った液体に匙を入れて舐めてみる。


 「甘い。よしよし。完成よ。いや、完成の一歩手前」


 ここまで来たらゴールは目前だ。残りの水分を何とかすればいいだけだ。


 「エリカ。なにそれ」


 レイナが江莉香の裾を引っ張る。


 「レイナ。あーんして」


 口を開けたレイナに匙を差し込む。


 「甘い。甘い。お砂糖の水だ」


 レイナが大喜びする。


 「本当にお砂糖が出来たの」


 アリシアも寄ってきたので同じように舐めさせた。


 「あら。本当に甘いわ。ビーンから砂糖が出来るなんて、信じられないわ」


 アリシアは確かめるように何度も舐めてみる。

 どうやら驚いてくれたようね。私も驚いているけど。


 「エリカ。こんなのでどうだ」


 エリックが細い紐の先に石を付けたものを持ってきた。


 「なにこれ」


 手渡されてもどうすればいいのか解らないんやけど。


 「この石のついた方に煮汁を入れた物をつけて、紐を振り回せばなんとかできないか」


 なんと、それはあれですか西部劇とかで見る投げ縄の要領で煮汁をぶん回すと、そういう事ですかエリック。

 力技が過ぎませんかね。


 「うーん。回転力が足りるかな」


 しかし、とりあえずやってみよう。もしかすればそこまで回転が必要ないかもしれない。

 問題はろ過した煮汁を何に入れればいいかだ。

 遠心分離機には透明の試験管を装着するのが一般的だが、そんなものはない。

 王都ではガラス製品があったので作れないこともないかもしれないが、ガラスは高級品。なかなか手が出ないわね。

 瓶に栓をして括り付けるか。瓶が回転に耐えれるのかな。紐との接続部分に負荷がかかってすっぽ抜けそう。

 色々考えた結果。なめし皮を袋状にして括り付けることにした。これなら重さも無いから飛んで行ったりしないだろう。

 皮袋に煮汁を詰め込むと家の外に出る。

 エリックは庭先で紐を右腕に巻き付けると勢いよく回し始めた。

 石が空気を切り裂く音がする。


 「へー。思ったより回転するわね」


 段々と回転力が上がっていき目が追い付かなくなる。これなら分速200回転ぐらいは稼げるかな。


 「兄上。なにやってるの」


 付いてきたレイナが紐を振り回すエリックを見て不思議そうな顔をした。


 「お砂糖を作っているのよ」

 「お砂糖って振り回したらできるんだ」


 うーん。どうなんだろう。

 しばらく回しているとエリックが疲れたようで回すのを止めた。


 「これぐらいでいいか」


 足りない気がするが息が上がったエリックにもっと回して、とは言えない。


 「うん。ありがとう」

 


 家に戻り袋を開いてみるが、残念。変化が見られなかった。


 「回転力が足りないのかな。でもな」


 江莉香の予想では結晶化した砂糖が見て取れるはずだった。


 「すまない。足りなかったか」


 謝罪するエリックに江莉香は首を振った。


 「たぶん。やり方が間違っているんだわ」


 ドロリとした黄色い液体を眺める。砂糖と糖蜜を分離すると言うことはこの中にすでに砂糖があると言うことだ。

 この中に砂糖が混じっている。結晶化した砂糖が混じっているのよね。

 うん?


 「あれ。もしかして」


 江莉香は綺麗な布を持ってくるとおもむろに鍋の中に入れた。


 「おい。エリカ。何をしている」


 エリックが抗議の声を上げた。


 「んー。実験」

 「どうするんだ」


 煮汁をしみこませた布を今度は小麦を入れていた袋に詰め込みエリックに渡した。

 

 「エリック。もう一回紐で回してみて」

 


 エリックは庭先で同じように回転させる。先ほどより大きな先端になったため速度は遅い。


 「レイナ。近づいちゃだめよ」


 そばに寄ろうとするレイナを止めた。


 「なんで」

 「汁が飛んでくるからよ」


 エリックが袋を振り回し始めると、先端から液体が噴出した。


 「なんか、出てるよ」

 「うん。近づいたら汚れるでしょ」


 今度は汁が出なくなるまで回してもらった。途中で江莉香も交代したが、予想通りの重労働。一気に乳酸が溜まって動けなくなる。


 「はぁ。しんど」


 徹底的に袋を振り回して、液体が出なくなったところで終了。



 台所に戻って袋の中から布を取り出して皿の上で叩いた。


 「なんか、こぼれてる」


 砂状のものが皿の上に落ちていく。


 「舐めてみ」

 「うん」


 レイナは人差し指を皿につけてから口に含んだ。


 「甘い。甘い。お砂糖だ」

 「本当か」


 エリックとアリシアもレイナに続く。


 「あら。本当にお砂糖だわ」

 「凄いぞ。エリカ。本当にビーンから砂糖が出来た」


 江莉香も手についた結晶を舐めてみる。


 「うん。出来てる。砂糖よ。やったー」


 思ったより苦みがあるが最初の試作品としては申し分ない出来だ。

 ガッツポーズをとる江莉香の手をとってエリックは踊りだす。


 「凄いぞ。村で砂糖が作れるなんて。村の連中にも教えてやらないと。これで村は豊かになるぞ」

 「エリカ。あなた凄いわ。信じられない」


 シンクレア家に笑い声が響いた。

 

                       続く

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