第24話 砂糖
江莉香は久しぶりに教会の門を叩く。
すこし、相談したいことがあるのだ。
王都に行ってからは言葉に不自由することもなくなり、自然と言語レッスンは終了していた。
「すいません。メッシーナ神父はいらっしゃいますか」
「神父なら、畑に行きましたよ」
お祈りをしていた村人が教えてくれたので、江莉香はお礼を言って教会をでた。
教会から少し離れた場所に神父が管理している畑がある。
おそらく村で一番立派な畑だ。周囲を人の頭ぐらいの高さの石垣で囲んでおり、海から吹く強風から作物を守っている。
「ここだけ、技術力が頭一つ抜けてるよね。教会侮れないわ」
門のような入り口から畑に入ると黒い服を着た男たちが作業をしている。
「メッシーナ神父」
江莉香が声をかけると、そのうちの一人が振り返った。
「おはよう。エリカ。あなたに神の祝福がありますように」
メッシーナ神父は両の掌を肩の高さで上に向けた後、胸の前で交差させてお辞儀し、最後に右手をエリカに向かって差し出した。
「おはようございます。神父」
江莉香は差し出された右手を取って自分の額に押し当てた。
これが、この宗教の挨拶で、今ので神から祝福されたらしい。いろいろな作法があるな。
「どうですか。魚の肥料。効果ありますか」
神父に肥料を使ってもらって一か月以上たった。そろそろ効果が出てないかな。
江莉香の質問にメッシーナ神父はにこやかに笑う。
「こちらにいらっしゃい」
案内されたのは畝の一つ。
青い葉っぱが沢山突き出ている。なんだろう。
「そろそろ収穫時期ですからね。一つ掘ってみましょう」
修道士の一人が持っていた鍬で軽く周りを掘ると葉っぱの部分を掴んで一気に引き抜いた。
葉の先には白くて丸い物体がぶら下がっていた。
「あー。蕪か。おっきいですね」
周りからも歓声が上がる。
「あなたたちが作った魚の肥料と、神に祝福された畑に感謝します」
メッシーナ神父は修道士から蕪を受け取ると、クリスチャンがする十字を切るような仕草をした。それを見た修道士たちが続いたので江莉香も一応真似しておくことにした。
私。正月は神道でお盆は仏教徒でクリスマスはキリスト教徒で体重計に乗った後はイスラム教徒だけど大目に見てください。神様仏様。そしてありがとうお魚さん。
「良いノルトビーンが育ちましたね」
メッシーナ神父は満足げに蕪を持ち上げた。
なるほど。この聖護院蕪を二倍にしたような蕪はノルトビーンというのか。
「重く。身も締まっています。味もいいでしょう」
メッシーナ神父は土を払うとノルトビーンをエリカに手渡してくれた。
「確かに重い。魚の肥料は成功しましたね」
江莉香は重さを確かめるように蕪を上げ下げする。
「ええ。一回り大きく育ちました。これなら使えるでしょう」
江莉香は心の中でガッツポーズをした。
漁業を成長させれば、自然と農業の収穫高も増えそうだ。この肥料単体で販売してもいいし。
干物や蒲鉾製造の廃棄品から出た副産物だが、役に立ってくれそうだ。
「エリック様にも食べさせてあげてください」
メッシーナ神父はにこやかに告げる。
どうやら一つくれるようだ。
ありがたいけど、私あまり蕪って好きじゃないのよね。大根の方が美味しいと思う。こっちに大根って無いのかな。
「煮て食べると甘くておいしいですよ」
「そうなんですね。ありがとうござい・・・・・・・・甘いんですか」
神父の一言で江莉香に電流が走り、相談事は空の彼方へ飛んで行った。
「ええ。他の野菜と一緒に煮てシチューにするとよいでしょう」
甘いって、もしかし、もしかするんじゃないやろか。
「なるほど。試してみます」
うわの空で返事をすると、挨拶もそこそこに畑を出る。畑の門を抜けると一目散に駆けだした。
「これって、これって、サトウダイコンの代りになるんじゃないのかな」
予想が的中すれば砂糖が作れる。
ノルトビーンを抱えて村を走り抜ける江莉香を村人たちが不思議そうに見ていた。
エリックが厩で愛馬の手入れを行っていると、エリカが走りこんできた。手には大きな根菜を抱えている。
「おかえり。なんだそのビーン。貰ったのか」
「エリック。いいところに、これ」
エリカは手にしたビーンを掲げて見せた。
「立派なビーンだな。誰から貰ったんだ」
「教会の畑で取れたものよ」
「へえ。では魚の肥料のおかげでそんなに大きくなったのか。凄いじゃないか」
思ったより早く成果が出たな。
「そうなんだけど、今はそれはどうでもいいのよ。エリック。これでたぶん砂糖が取れるわ」
エリカの宣言が理解できなかった。
「ビーンから砂糖? 」
砂糖は南の国で取れるんじゃないのか。ビーンなんてそこらじゅうの村で作っているぞ。
エリックは首をひねる。
「そう。きっと、サトウダイコンの代りになるわ」
よくわからないことを言い出した。最近慣れてきたが。
「よくわからんが、ビーンをどうすれば砂糖になるんだ。すまないが聞いたことが無くてな」
「私も詳しくは知らないけど、本には確か煮汁を蒸発させればいいとか書いてあった気がする」
「そんな簡単に、砂糖って作れるのか? 」
確かに煮込んだビーンは甘い味がするが、煮るだけで砂糖になるなら誰か他の者が気が付きそうなものだが。
「わからないけど本を確認するわ」
「そうだな。そうしよう」
二人は書斎に向かった。
「やっぱり。煮汁を蒸発させればいいみたい」
江莉香は魔導士の書を前に興奮する。
「本当か。すぐに作ろう」
エリックが身を乗り出した。
砂糖の商品価値は干物や蒲鉾の比ではない。
「ちょっと待って、煮汁の中の不純物を取り除かないといけないみたいね」
「フジュンブツとはなんだ」
「砂糖にならない、いらないものよ」
「どうやって取るんだ。煮汁なんだよな。塩みたいに煮込めばいいのか」
「えっとね。煮汁に炭酸カルシュウムを混ぜると不純物とくっついて固まるから、それをろ過するのね。ろ過には布でも使えばいいから、いいとして。炭酸カルシュウムはどうやって作るのかっと」
江莉香は慣れた手つきでページを捲る。
「あった。なになに、貝殻が炭酸カルシュウムで出来ているのか。それなら貝殻を粉にすれば出来るんじゃないかな」
「貝殻の粉だな。よし。貰ってくる」
エリックは書斎から走り出した。
「ああ、ちょっとまってって・・・・・行ってしまった」
きっと漁師さんの所に駆け込むのだろう。
さらに読み進めると難易度の高い問題に当たった。
「遠心分離機で砂糖と糖蜜を分離する? 遠心分離機って血液とか分離するときに使うアレでしょ。そんな物なんてどうやって作るのよ」
遠心分離器についての知識はあるけど、あれって液体を高速回転させる装置よね。どうやって作ればいいんや。まさか電気モーターが必要とか言わないでしょうね。電気もないんだが。
「いやいや、昔から砂糖はあるから絶対に必要な訳ではないはず。何かで代用しないと」
江戸時代から琉球の砂糖が日本に出回っていたはず。その時代に分速何千回転の遠心分離機があったとは思えない。
それともサトウキビから作る場合はいらないのかな。解らん。
「水分を飛ばせばいいから、そのまま煮詰めたら、駄目だ。砂糖を加熱したらシロップになる。後は天日干しって、蟻が山ほど寄ってきそうね」
もう一息でゴールなのにもどかしい。
とりあえず、やれることをやろう。
江莉香はノルトビーンを片手に台所へ向かった。
続く
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