第21話   事業計画書

 江莉香の助力を得たエリックはニースへ戻る準備に入ったが懸念が一つある。

 それはフリードリヒがエリカへの処遇をどう考えているかだ。何かの偶然とはいえ魔法の力を開放した彼女を出来れば囲っておきたいはずだ。最悪、エリカは王都に留め置かれるかもしれない。

 しかし、それは杞憂であった。

 エリカを伴っての帰郷にフリードリヒは「そうか」と言っただけだ。

 即戦力になり得ないからか、興味を失っているようだ。だが、完全に失っているわけではないようで、繋がりは残しておくことにしたようだ。


 「エリカ嬢の世話はお前が責任をもって見てくれ。そして、エリカ嬢が魔法を再び使えた場合。即私に報告するのだ。良いな」

 「はっ」


 フリードリヒは召使に何事か命じると、頑丈そうな箱を抱えて戻ってくる。

 箱は金庫だったようで中にはエリックが見たことが無い数の金貨が詰まっていた。フリードリヒはそこから金貨を取り出すと二つの袋に詰めた。


 「これは、エリカ嬢の生活費と彼女を保護したことへの褒美だ。その金でエリカ嬢の面倒を見ろ。決して不自由させるな」


 フリードリヒの差し出した金貨の詰まった袋を押し頂いた。

 ズシリと重い。エリックは金貨が重いことを初めて知った。


 「生活費は年間フィリオーネ金貨20枚だ。褒美も同額にしておいた。任せたぞエリック」

 「畏まりました」


 エリックは深々とお辞儀をした。



 江莉香は屋敷の門の前でセシリアに別れの挨拶をする。


 「お世話になりました。セシリア様」

 「ああ、エリカ。呼び捨てでお願いします」


 セシリアはエリカの手を取る。


 「お言葉に甘えて。じゃね。セシリア。また会いましょう」

 「はい。必ず。寂しくなってしまいます。いつでもお越しください。歓迎いたします」

 「ありがとう。それとコルネリア様によろしく言っておいて。あと、ごめんなさいと」

 「わかりました。お伝えします。でもコルネリア様はあの程度の事は気になさらない方です。心配いりませんよ」

 「よかった」

 「エリック。くれぐれもエリカの事を頼みます」

 「はい。セシリアお嬢様」


 二人は一瞬だけ見つめ合った。



 帰りは来た道をそのまま引き返す。

 王都エンデュミオンから船でフレジュスの港町に戻りそこから小舟を用立ててニースに帰った。半月ぶりのニースの村は出る前と変わらない穏やかな漁村のままだった。

 家に戻るとアリシアとレイナの出迎えを受け王都で手に入れた生地と人形をお土産として渡した。

 アリシアは生地を撫でてこれで服を作りましょうと言い、レイナは人形をもって走り回った。



 「さて、エリック」


 夕食が終わり江莉香はエリックを書斎の椅子に座らせる。


 「これから、エリックとセシリアが一緒になれる計画を立てる。いいわね」

 「もちろんだ」

 「そう。では、書くものを用意して」


 エリックは愛用の大きな机の引き出しから紙と羽ペンを取り出した。


 「まず、エリックの目標はセシリアとの結婚でいいわね」

 「ああ。その通りだ」

 「なら。目標って書いて。その横に結婚と書いて」


 エリックはボロ布から作られた紙にペンを走らせる。


 「次に、この作戦の大将はエリックよ。成功しても失敗しても全部あなたの責任。他の誰の責任でもない。いいわね」

 「当然だ」

 「よし。なら、それも書いて。次は私の目的を言うわね」


 エリックが顔を上げる。


 「エリカの目的? 」

 「そう。私の目的。それは私の計画でこの村を豊かにして私が楽に暮らすことよ。はい。それも書く」

 「わかった。だが、これに意味があるのか」


 エリックはペンを走らせながら問う。


 「これが一番大事だから」


 そうね。これはニースの村のプランニングというか事業計画書みたいなものよ。文字にしておけば計画がブレることもないわ。


 「目標の達成のためには将軍か若殿のどちらかに認めてもらわないといけないわね。どっちが偉い? 」

 「それは、将軍閣下だ。ニースの村の代官に任命してくれたのは将軍だし。娘の嫁ぎ先も普通は父親が決める」

 「では、将軍を納得させる成果をだす。これがエリックの武器よ」


 ただ。江莉香の感触では若殿も攻略目標の一つだ。数日過ごしただけだが次期当主としての器量は持っていそうな人物だ。搦め手の一つとして頭の片隅に置いておこう。


 「これが一番肝心だけど、どれぐらいの成果を上げれば将軍を納得させられる」

 「それは・・・・・・」


 エリックは言葉に詰まる。

 どれぐらいと言われても確かな基準なんて、見当もつかない。税収を10倍にすれば驚くだろうが、驚いて取り立ててくれるだけだ。セシリアまでは届かないだろう。なら20倍ならいいかというと、分からないとしか言いようがない。


 「そもそも、代官ってどんな仕事なの」

 「代官は、村の治安を守り税を取り立てて収めることだ」

 「なるほど。治安は問題ないわね。あとは税収か。税ってどうやって集めているの」


 エリックは税の集め方について江莉香に説明する。

 なるほど。収入の10分の1が税か。4年ごとに収入が調べられて改定されるのか。そして、それを調べるのが代官だと。後はたまに労役があるようだ。


 「他に、教会に人頭税を収めるが、これは教会の仕事だ」

 「なに。教会って税金取るの」


 お寺に税金って。比叡山の延暦寺か奈良の興福寺みたいやわ。坊主丸儲けとはこっちでも当てはまるのか。ややわぁ。


 「ああ。10歳から50歳までの村人は一人当たり5デリス支払う」

 「5デリスってどれぐらい」

 「どれぐらいって。デリス銅貨5枚だ、もしくは教会での奉仕活動か」

 「なんだ。銅貨5枚か。労役でもいいのね」

 「ああ。持ち合わせの無い村人は教会の畑を耕したりしている」

 「上手い事考えるわね。流石神様。侮れないわ」

 「おい。不敬だぞ」


 エリックの言葉に謝りながら違うことを考える。

 困ったわね。税の徴収量が決まっていたら増えた分は村の取り分ということになる。本来なら大歓迎すべき事柄だが、計画の達成には使えないこととなる。


 「収入の調べ直しはいつ」

 「去年行ったから次は3年後だな」

 「3年か。3年後に税収が上がったとしても。セシリアは待ってくれないでしょうね」

 「そうだ。最長でも2年、出来れば1年で形にしたい」

 「ああ。そうそう。目標達成の期間は2年以内と書いて」


 書き終えたエリックはペンを止める。


 「後は、献上品を良くして目立つぐらいだな」

 「献上品か」 


 なんか、賄賂とか付け届けみたいでいい気はしないけど、エリックの存在感を直接アピールできるか。


 「何を献上しているの」

 「決まりはない。魚だったり、鉱石とか馬とか、将軍が喜びそうなものを献上している」

 「若殿には」

 「若殿に? いや。若殿には何も送っていない。あの方は最近は王都におられることが多いし」

 「関係ないわよ。なら。次からは若殿にも献上品を用意して」

 「わかった」

 「こんなものかしら」

 「あと一つ、有るには有るのだが」


 エリックが言いよどむ。


 「なに」

 「戦で功績を上げる」

 「戦? そう言えばエリックって兵隊だったわね。戦に行ったことあるの」


 江莉香は少し緊張して尋ねた。

 ここで10人斬ったとか言われたらどうしよう。

 だが答えは拍子抜けするものだった。


 「ない。ここ10年以上大きな戦はない。だから武功を上げる望みは薄い」


 残念そうにエリックは言うが、江莉香は安堵の息を漏らした。

 エリックの気持ちはわかるが戦争なんて無いに越したことがないのだから。


 「私としては戦が無い方がいいけどね」

 「俺だって、戦が起こればいいなんて考えてないが、父上は戦で手柄を立てて取り立てられたんだ。近道なのは間違いない」

 

 エリックは少しむきになって答える。


 「近道でも、死んだら元も子もないでしょ。お嬢様が泣くだけよ」

 「それは、そうだが」

 「とにかく、戦が無いからその案は無し。いいわね」

 「わかっている」


 渋々エリックは認めたが、諦めきれない様子だ。


 「はい。次に行くわよ。次は仲間を増やす」

 「仲間? どういうことだ」

 「私とエリック二人で出来るわけないでしょうが、手伝ってくれる人を増やすのよ」

 「そうだな。セシリアの事はともかく、村が豊かになれば皆喜ぶだろう」

 「その通りよ。誰がいる」

 「まず。ロランとエミールは確実に助けてくれる。エリカのおかげで漁師たちも話を聞いてくれるだろう。あとは誰だろう」

 「エリック。一番大事な人を忘れているわ」

 「一番大事。誰だ」

 「メッシーナ神父よ」

 「メッシーナ神父は教会の人だぞ。俺は代官だが神父にはどうこう言えないんだ。彼らは教皇様や大司教様の命令で動くんだ」

 「でも、村を良くすることに協力してくれるはずよ。魚の肥料だって進んで使ってくれたのでしょう」


 江莉香の見立てではニースの村で一番のインテリジェンスを持っているのはメッシーナ神父だ。彼の協力が成否を分けると言っても過言ではない。


 「確かに。エリカの言うとおりだ。メッシーナ神父にお願いしよう」

 「お願いね。次は資金ね。何をするにもお金がいるわ。どれぐらい動かせるの」

 「資金か。オルレアーノの市での売り上げは代官が使い道を決められる。他に水車小屋の使用料が入るな。今いくらあったかな。ああそうだ。これをエリカに渡さなきゃな」


 エリックは立ち上がり、旅で使っていた革製のカバンから袋を出した。


 「これは、若殿から渡されたエリカの生活費だ。こっちはエリカを助けたことへの褒美だ。両方ともエリカに渡すから使ってくれ」


 エリックは江莉香に袋を手渡した。


 「ありがとう。重っ。なにこれ」


 小さな袋なのに重い。江莉香が袋を覗くと金貨が出てきた。


 「もしかして金貨? 初めて見た」


 一枚摘まんで取り出す。百円玉と同じぐらいの大きさのコインが妖しい光を放つ。


 「フィリオーネ金貨が40枚入っている。それだけで一財産だ」

 「はぁー。金貨って綺麗なのね。じゃなくて生活に金貨なんていらないでしょう」

 「ニースで暮らす分には使い道がないな。若殿というかセンプローズ一門からの贈り物だよ。他の家にエリカを取られたくないんだろう。なんせ魔法使いかもしれないからな」


 肩をすくめてエリックは笑う。


 「さすが若殿。若いのに侮れないわね。エリックやっぱり若殿も大事にした方がいいわよ」


 江莉香は自分の商品価値を改めて認識した。

 ふんふん。こっちが生活費で、こっちはご褒美なのね。


 「ちょっと待って。私を助けた褒美ならこっちはエリックの物でしょ」


 江莉香は片方をエリックに差し出す。


 「いいんだ。協力してもらうお礼さ。こんなことぐらいしかできないけどな」

 「これを資金にすればいいじゃない。ていうか両方とも黙って使っても良かったのに」

 「そんな。卑劣な真似ができるか。ともかくそれはエリカの金だ」


 受け取る気はないようで再び席に着く。

 エリック。あなた真っすぐで好感が持てるんだけど、いい意味でのズル賢さが無いわね。いいわ。私が手本を見せてあげよう。


 「そう。では遠慮なく。これでこの金貨は私の物ね」

 「構わない」

 「はい。エリック。ペンを持って」

 「なんだ」

 「いいから、私の言う通りに書いて。私、エリック・シンクレア・センプローズはエリカ・クボヅカから金貨30枚を借りて計画に使います。返済方法はある時払いの催促無しよ。金利は、そうね。計画が成功したときに倍にして返します。はい。書いて」

 「しかし、それは」


 エリックは困惑し途中でペンを止めた。あまりに自分に有利な条件だ。


 「私が私の金貨をどう使おうと私の自由でしょう。それとも資金なしで計画が成功するとでも」


 しばらく躊躇したがエリックはペンを進ませた。


 「ありがとう。エリカ。恩に着る」

 「計画が成功してから言ってちょうだい。残りの10枚は私が使うわ」


 まったく、お金はこうやって使いなさいな。ともかくこれで当面の資金の問題は解決した。この金貨を使ってニースに産業を興そう。付加価値の高い産物を献上すれば将軍のエリックを見る目も変わるかもしれない。よしよし。なんだか行けそうな気がしてきたわ。


                           続く

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