第14話 王都エンデュミオン
河口の港町フレジュスから、王都エンデュミオンに向かう船を探すのは簡単だった。ここの船の大半が、フレジュスとエンデュミオンとの間を行き来しているからだ。
エリックとエミールは、村を出るときは必ず軍団兵の兵装で赴くのだが、多くの利点がある。
その一つがフレジュスでも発揮された。
エリックは、荷物の積み込みを行っている船の船長らしき男に声をかける。
「船長。エンデュミオンまで乗せてほしい」
男はエリックとエミールの身なりを値踏みするように視線を這わせ、腰に佩いている剣を確認した。
「兵隊さん。何人だい」
「兵二名と女一人だ」
「あいにく部屋はない。それでもいいなら、兵隊さんは3アス。女は4アスだ」
早速、軍団兵の格好の効果が表れ、女よりも運賃が安くなった。
「女に5アス支払う。女の分だけでも部屋を用意してくれないか」
エリックは背後で、物珍しさにきょろきょろしているエリカを指さす。船長は探るような眼差しで、エリカに視線を送った。
「何か訳アリで」
「それほどのことはないが、我々はあのご婦人の警備兵だ」
エリックが嘘と本当の、間のことを言う。
こう言っておけば、エリカにちょっかいを出す船員もいないだろう。
「いいでしょう。その代わり何かあったら頼みますよ。ようこそローデリック号に」
船長が手を差し出した。
「もちろんだ。全力でこの船を守ろう」
この海域にも、たまに海賊が出ることがあるが、軍団兵が乗っている船をわざわざ襲う物好きもいない。
エリックとエミールは軍団兵だからこその、価値があった。エリックは握手した。交渉成立だ。エミールがアス銀貨を船長に支払った。
江莉香は立派な2本マストを持つ、輸送船ローデリック号の客となった。
ローデリック号はオルレアーノ近郊で取れた小麦をエンデュミオンに運ぶ船だ。船倉から甲板まで所狭しと小麦の入った袋が積み上げられ、その上に波しぶきを防ぐための覆いがかぶせられていた。
その日のうちにローデリック号はフレジュスの港を出発し、三日三晩の航海の後には、エンデュミオンが見える位置まで来た。
その間、江莉香とエミールが、大きな横揺れのせいで船酔いになり、食べ物が喉を通らなくなる事態が発生したが、波が落ち着くと少し回復した。
左手になだらかな丘陵地帯を見ながら南東に進むと、透き通った空気の向こう側に、突如として白く輝く都市が現れた。
「凄い。凄い。凄い。大きな街やね。ううん。都市といってもいいわね。何人ぐらい人が住んではるんやろ」
江莉香はさっきまでの船酔いを忘れ、船の舳先から大声で叫ぶ。
「凄いだろう。あれが王都エンデュミオンだ」
自分の事の様に誇らしげなエリックの隣で、エミールも感嘆の声を上げる。
「なんとも、言葉にならないぐらい大きな街ですね。エリック様、見てください。海の上に大きな塔が立ってますよ。何ですかあれは」
「あれは、エンデュミオンの大灯台だ。近くで見たらもっと大きいぞ」
「どうやって作ったのでしょう。不思議です」
三人のはしゃぐ姿を見て、船員たちも笑っていた。
ローデリック号は、静かに波をけってエンデュミオンの港に入っていく。
港には手漕ぎ船のような小舟から、三本マストの大型船に至るまで、大小百を超える船が停泊したり、動き回ったりしていた。
ローデリック号は、船の間を縫うように進み、最後に櫂と引き船の力で接岸した。
「ああ、やっと着いた。動かない地面がこんなに有り難いなんて」
昼前に見えたエンデュミオンも、到着する頃には夕暮れとなっていた。
江莉香は船を降りるなり、地面に座り込んだ。
「つっ、疲れたー。動かない地面って素敵」
「無事着きましたね。まだ身体が揺れていますが」
エミールも同じようにへたり込んだ。
「ほら。二人とも座るならもう少し向こうで座れ。邪魔になるぞ」
エリックは船に強いらしく立ったままだ。
そんなこと言われてもこっちは、身体が揺れているのよ。まっすぐ歩けるのかな。
促されるまま立ち上がり多くの物資と人々が行き交う桟橋を進んだ。
「もうふらふら。どこかで休憩しましょう」
「もう少し頑張れ。あの丘の上にいい宿があるから」
エリックは港を見下ろす小高い丘を指さした。
「まだ歩くの」
標高20メートルほどの丘だが今の江莉香には山に見える。
「見えてるだろう。それに陸路で進んだら一か月かかる道のりなんだぞ。それを船なら三、四日で済んだんだからな。一か月の間、馬車に揺られることに比べれば楽だろう」
泣き言をいう江莉香をエリックが追い立てるように進む。
「こう見えてエリックはSっ気があるのよね」
「何か言ったか」
「何でもない」
宿に到着すると江莉香はベストも脱がずにベッドに倒れこんだ。
「もう。動けない。動かない、動きたくない」
「お疲れさん。エミール。お前は動けるな」
「はっ、はい」
エミールの口から、ため息に似た返事が零れ落ちる。
「今から王都のセンプローズ将軍のお屋敷に、書状を届けるからついてこい。お前にはお屋敷の場所を覚えてもらうから」
「わかりました」
倒れこんでいる江莉香を恨めしげに見ながら、エミールは立ち上がった。
「エリカ。行ってくるから、勝手に出歩くなよ」
「行ってらっしゃい」
倒れこんだまま、右手だけ挙げて返事する。
言われなくても動けないんだから、どこにもいかないわよ。
江莉香はエリックたちが戻ってくるまで、久々に揺れないベッドを満喫したのだった。
翌日、表向きの目的を果たすため、港の一角に足を向けた。
「凄い。これ全部が倉庫なの」
大きな通りの両側に、赤煉瓦の倉庫が立ち並び、人と物資がとめどなく行き交う。
「生きている煉瓦の倉庫って迫力あるのね。舞鶴の何十倍の規模だわ」
子供の頃、家族で行った舞鶴を思い出す。
まぁ舞鶴の場合、赤煉瓦倉庫より隣の桟橋にインパクトの全てを持っていかれるわけだが。あれはしょうがない。
「エリカ。きょろきょろしていると、轢かれるぞ」
通りには人だけでなく馬車も多く、車輪が石畳に反響して賑やかだ。
「うん」
エリックは、ずらっと並んだ倉庫の一つに入っていく。
「ここ」
「ああ。そうだ。ここがドーリア商会だ」
倉庫には、七つの玉が描かれた看板が掲げられている。
ドーリア商会は、オルレアーノ近郊の小麦の取引を一手に担っており、レキテーヌ地方を地盤とする商会だ。
倉庫に入るとそこは荷上場になっていた。
馬車に満載された動物の皮が積み下ろされ、また別の馬車には穀物が入った袋が積み込まれていた。
「すまないが、モレイ氏はいらっしゃるだろうか」
エリックは、人夫に指示を出している男に声をかけると、倉庫の奥を指さされる。
奥に進むと大きな机を前に、身なりの良い男が、巨大な帳面に数字を書きこんでいた。
「あっ、アラビア数字。やっぱりこっちでもアラビア数字か。便利やからね」
神聖文字から派生したのだろう。江莉香が一人納得していると、男が顔を上げた。
「これは、兵隊さんとお嬢さん。何か御用ですかな」
三人を確認すると、一瞬で笑顔を作る。
江莉香は営業スマイルになれているが、エミールはその変わりようにびっくりしたようだ。
「私はエリック・シンクレア・センプローズという者です。将軍閣下よりニースの代官を承っています。今日は見てほしい商品を持参したんだが、時間を取ってもらえるでしょうか」
エリックは、何かのメダルのようなものをモレイに見せた。
「おお、一門のかたでしたか。ええ、もちろんでございます」
モレイは立ち上がり、さらに奥の部屋へと三人をいざなった。
どうやら話を聞いてくれるみたいだ。
江莉香は少し緊張しながら後に続いた。
なんだかアルバイトの面接でも受ける気分。
続く
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