第13話   王都へ

 初めて会った時からずっと疑問だった。

 彼女は何者でどこから来たのか。

 見慣れない異国の衣装をまとい、男の様に背が高い。

 整った容姿と長い手足。黒い瞳と綺麗な指。

 神々の言葉と言われている神聖語を自在に操り、人間の言葉も僅かな時間で覚えていく。一を見て十を知る老賢者のような優れた頭脳。かと思えば、取り乱して泣きさけんだり、一つのことに夢中になったり、子供と楽しそうに遊んだり、普通の人間と変わらない仕草。

 助けたつもりが、いつの間にか助けられている。

 そんな姿を見ているうちに最初に感じた疑問はどうでもよくなっていった。

 今ではニースの村の一員だと思うようになっていた。

 だがその幻想は打ち砕かれた。

 ついに彼女が、自分の前で神秘の姿を現したのだ。


 「エリカ。お前。魔法使いだったのか」


 エリックは自分の声が震えているのが解った。



 この世の神秘を解き明かし、その力を自在に操る存在。

 儀式や、呪文を唱えることにより、人の力で及ばぬ神秘の力を行使する。海を割って見せ、一夜のうちに街を破壊する。その力の前では王ですら敬意を表さざるを得ない。

 今この瞬間にエリカが空に舞い上がっても驚きこそすれ、不思議には思わないだろう。

 なぜなら魔法に人の常識は通じない。

 それが魔法使いだ。

 きっと不敵に立ち上がり、迷い人のふりをしてここに来た目的を伝えるのだろう。

 エリックはある種の覚悟をした。

 それなのに。


 「マホウって何」


 エリカは不思議そうな顔をする。

 その姿は余りにいつも通りだった。

 


 江莉香としてはエリックが何を言っているのかわからない。かなり彼やこの世界の事が解ってきていたつもりだったが、まだまだ足りなかったらしい。


 「今、お前が使った力のことだ」


 エリックの声色がいつもより硬い。


 「力? ああ、怖くて目を閉じちゃった時に、なんかグワンってなった。変な声も聞こえたし」


 どうやら私は何かをしてその結果、狼はトンずらしたようだ。


 「力? マホウ? もしかして魔法の力? ってこと。どうしてそこだけ日本語なのよ。ああもう。こっちの言葉ってたまに日本語混じるから余計に混乱するわ」


 愚痴を言いながら立ち上がると、エリックとロランが一歩下がる。

 何その対応。傷つくんですけど。


 「私が何をしたの」

 「お前から、光りが出たんだが。エリカがやったんじゃないのか」

 「私は何もしていない」


 自発的には何もしていない。嘘は言って無い。


 「しかし」


 エリックは納得しない。

 江莉香としては自分が光ったところを見ていないので、正直何とも言えないが、確かに身体の内側から何かの力があふれ出たような感覚があり、なんとなく左腕が熱い。ブレスレット越しに腕をさする。

 実際に狼にも噛まれずに済んだところを見ると何かはしたようだ。


 「エリカは魔法使いではなく、魔法の資質があるものでは。さっきのはその力が漏れたのではないでしょうか」


 それまで黙っていたロランが口を開く。

 さすが年長者。エリックより落ち着いている。



 「魔法の資質。なんだそれは」


 エリックは魔法は見たこともないし、おとぎ話以上のことは知らなかった。


 「儂も詳しいわけではありませんが、魔法使いになれる人間は生まれた時からその才をその身に宿しているとか。そしてそれはある日、何かの拍子で現れるそうです」

 「なるほど。今の光がそれかもしれないのか」


 狼に襲われた拍子に力が現れたのか。


 「神聖語を操るエリカの事です。自然と神の御業が引き出せるのかもしれません」

 「それは、メッシーナ神父も仰っていたな。天使ではなくても、何らかの使命を帯びているかもと」

 「使命ですか」

 「かもしれないと言うだけだが、あれを見るとあながち間違いとは言えないかもな」

 「そうですな」

 「どうしたものか。エリカはいつもと変わったところもないし、大丈夫と言えば大丈夫なんだが」

 「しかし、このまま放置するわけにも」

 「そうだな」

 


 二人はブツブツ何やら話し込んでいる。

 しかし、魔法か。

 魔法と言えば史上最強のシングルマザーによって紙ナプキンに書かれた傑作。シェークスピア以来のイギリス文学? の金字塔が思い浮かぶ。江莉香も幼いころに寝るのも忘れて全巻読破したし、映画も映画館まで行って全て見た。箒に乗って空を飛び、杖の先から不思議な力を発する。お城の魔法学校での生活。子供心に憧れたものだ。

 どうせなら私も見てみたかったな。でもエリックの言う通りに、目の前で光なんて発したら私まで目が眩んでしまうんじゃないかな。自分で発した魔法で自分にダメージが入っていたら。あまりにアホ過ぎる。目を閉じててよかった。

 江莉香が一人結論を出した頃。エリックたちも一つの結論を出した。

 

 「エリカ。お前さえよければ、王都に行ってみないか」

 「オウト? 」

 「ああ、王都に行けば、もしかしたらエリカの仲間がいるかもしれない」


 王都エンデュミオン。神聖ロンダー王国の首都にして最大の都市。国中から街道が集まり異国からの隊商が列をなす。毎日のように市が開かれ、様々な珍しい品が溢れている。夜になっても街路には明かりが灯され、多くの店は人々で賑わう不夜城。寒村出身の少年が一代で巨大な商会を作る。どんな生まれの人間でも才覚があればのし上がれる。しかしそれはほんの一握り。だがその一握りになるために国中から人が集まる。富と希望と挫折の都が王都だ。



 「まぁ。エリカと王都に行くの」


 エリックの言葉にアリシアは驚く。


 「ああ、一度。王都を見せておこうと思うんだ」

 「オルレアーノに行くときも同じことを言っていたけど、余程気に入ったのね。でも何をしに行くの。将軍様のご指示かしら」

 「違うよ。新しい商品ができただろう。それの売込みだよ」


 まさかエリカが魔法使いの才能があるから、王都に行くとは言えない。エリカが魔法使いだと知れたら村が大混乱に陥るかもしれない。山での出来事は3人だけの秘密にしていた。


 「あら。ついにカマボコを売り出すのね。きっと売れるわ。あんなに一所懸命作ったんだもの」

 「そうだね。だから、しばらく留守にするよ。何かあったらロランに言ってよ」

 「あら、ロランはいかないの」

 「今回はエミールを連れていく。あいつもまだ王都は見たことが無いから」

 「そうね。一度は見ておくべきだわね。懐かしいわ。私も昔お父さんと一緒に行ったわ。メッカローナの広場で教皇様の祝福をいただいたのよ。あんなに感激したことはなかったわ」

 「その話は何度も聞いたよ。それじゃあ後はよろしくね」

 「ちょっと待ちなさい。エリカを母さんの部屋に連れてきて頂戴」

 「えっ、何」

 「何じゃないわよ。せっかく王都に行くのなら、おめかししなくてはいけないでしょう。女中の服じゃ可哀そうよ。私の服からあの子に合うのを仕立て直しましょう」

 「わかった。連れてくるよ」



 アカカマドの蒲鉾板で作った蒲鉾を3箱分作り、王都エンデュミオンへ向かうこととなった。

 江莉香はアリシアから仕立て直してもらった薄紅色のワンピースに、身体にぴったりとフィットする白い皮のベスト。それと大きな麦わら帽子といったいでたちだ。アリシアの一張羅だったので恐縮する。


 「えっ。馬車で行かないの」


 王都に行くと言うからてっきり馬車で向かうと思っていた江莉香は港に連れてこられた。


 「ああ。エンデュミオンには船で行く方が早いんだ」


  江莉香の前には村で一番大きい船が用意されていた。


 「そうなんだ。船旅は初めてね」


 エリックに手を取られ船に乗り込む。

 大きいと言ってもエリックと江莉香にエミールそして村の漁師二人と荷物で一杯になる船だ。真ん中に小さな帆が付いている。

 船は沖に出ると帆を上げる。うまく風を掴むと東に向かって一気に加速していく。

 小型船のため沖と言っても近くに陸地の広がる沿岸航行だ。


 「結構。スピード出るものなのね」


 江莉香は一等席の舳先で流れていく景色を楽しんだ。アリシアから借りた麦わら帽子が風に揺れる。この帽子はありがたかった。これで随分日差しを遮れる。直射日光は江莉香の敵だった。

 しばらく進むと視界に港町が現れた。


 「エリック。町が見えるわ」

 「フレジュスの港町だ。あの町で船を乗り換える」

 「そうなんだ。このままいくのかと思った」

 「もっと大きな船の方がいい」

 


 フレジュスの港町は大きな川の河口に広がっていた。


 「アルノ河だ。これを遡っていくと前に行ったオルレアーノの街にたどり着く」


 大きな河口は太陽の光を受けて輝き小さな船が行きかっていた。

 この港町はオルレアーノの海側の玄関口の様だ。

 一行はここで村の船から、中型の輸送船に乗り換えることになった。

 

                       続く

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