第11話    蒲鉾

 オルレアーノから戻った江莉香は、さっそく魚を使った商品を考える。


 「やっぱり、蒲鉾かな」


 シンクレア家の台所で、大小さまざまな魚を前にして結論を下した。

 魚を使った食品は色々あるが流通の関係上、最低でも一週間は日持ちしてもらわないと困る。

 冷蔵庫も防腐剤もないこの世界、やはり作るなら昔ながらの保存食だ。


 「蒲鉾って何日ぐらい持つんやろ。まぁ。作ってから考えよ」


 腕をまくり刀みたいな包丁で魚を下ろしていく。蒲鉾なら昔、何かのお祭りで母と作ったことがあったから作れるだろう。


 「エリカ。ごはん? 」


 小さい女の子が台所に走りこんでくる。


 「レイナ。包丁使ってるから。しがみつかないで」


 足に絡みついてくるレイナの相手をしながら、魚を解体した。


 「蒲鉾は白身のタラかハモだけど、別に何でもいいか」


 材料をえり好みできるほど、魚があるわけではない。

 皮、骨、内臓を取り除き、細かく包丁で叩いた後にすり鉢でひたすらする。この時塩を少々。


 「腕しんど。エリック、フードプロセッサー買って」

 「レイナもやる」


 江莉香の独り言にレイナが反応する。


 「一緒にやる? 」

 「やる」


 踏み台にレイナを立たせ、すり棒を一緒に掴んで動かす。


 「お魚。ぐちゃぐちゃ」 


 すり棒を一所懸命に動かしながら、レイナが笑う。

 ああもう。可愛いなぁ。

 しばらくすり潰すと、ピンク色の塊が出来上がる。


 「後は蒸すだけか」


 蒸篭の準備をしていると、あることに気が付いた。


 「ああ。板がない」


 蒲鉾と言えばその下に敷いてある蒲鉾板だ。これが無いと身が蒸篭にひっつく。


 「エリカ。何か手伝いましょうか」


 良いタイミングでアリシアが台所に入ってきた。

 江莉香はアリシアに、手で大きさを指し示しながら木の板が欲しいと言った。


 「わかったわ。エリック。ちょっとエリック。タックさんのところから板をもらって来て頂戴」


 エリックが馬を飛ばして板を調達している間、江莉香はレイナの相手をする。


 「エリカ。何作ってるの」

 「カマボコ」

 「カマボコ? カマボコおいしい? 」

 「ええ。とても美味しい。はずよ」


 実際、江莉香も大好きという訳ではない。出されたら美味しく頂くといった程度だ。こっちの人の口に合うのだろうか。

 ちなみに江莉香のお気に入りの蒲鉾の食べ方は、一位マヨネーズ、二位わさび醤油、三位そのまま。

 湯を沸かし蒸篭の準備が整ったころ、エリックが戻ってきた。


 「小さい板なんてなかったが、これでいいか」


 板というか、端切れのようなものをいくつか手渡された。


 「ぶ厚。まぁ。板の厚みなんて関係ないか。エリック、ありがとう」


 手渡された板にすり身を乗せていく。ホールケーキに生クリームを乗せていくのと、手順は同じだ。生臭いけど。


 「お酒とか混ぜた方がいいのかな。でも、日本酒ないしな」


 この地域では葡萄酒が広く出回っている。水で薄めているとはいえ、幼いレイナまで飲んでいるのを見た時はびっくりしたものだ。飲んでみると、ワインに比べてだいぶアルコール分が薄い。これなら子供でも大丈夫か?


 「さて。蒸しますか。時間は20分ぐらいやけど、時間がわからん。適当でいいか」


 時計がない世界。正確な時刻なぞ誰も知らない。誰も気にしない。


 「そういえば、あの日してた時計どこ行ったんやろ。お気に入りやったのに」


 こちらに来た時に腕にしていた時計は消えていた。そして今は赤い宝石が埋め込まれたブレスレットが、江莉香の腕に嵌っている。


 「綺麗やけど、時間はわからへんわな」


 江莉香がブレスレットをなでると、一瞬光ったように見えた。


 「エリカの腕輪。きれい」


 レイナが興味津々に江莉香の左腕を取る。


 「そう。レイナもしてみる」

 「する」


 ブレスレットを外してレイナの腕に通してやる。


 「ブカブカ」


 レイナは嬉しそうに、腕を上下に動かした。

 ああ。もう。可愛いなコノヤロー。

 しばらく遊んでいるとレイナが急に真顔になり。「江莉香。出来てる」と蒸篭を指さした。


 「なに。ああ。そろそろかな」


 蒸篭の蓋を取ると、蒸気と共にいい匂いが立ち込めた。

 完成した試作品を取り出す。見た目は一応蒲鉾だ。


 「できたのかな」 


 後はそのまま放置して冷ます。

 そして、その日の夕食におかずとして出したのだった。


 「美味しいわ、エリカ」 


 アリシアの感想にエリックも頷く。


 「ブヨブヨ」


 これはレイナの感想。

 しかし、江莉香としては今一だった。


 「蒲鉾と言うか、肉団子? みたいな食感。すり下ろしが足りなかったかな。それに味も何か足りない」


 なんだろうと、記憶をたどる。


 「ああそうか。砂糖を入れてない」


 自宅で作った時はすり下ろすときに、砂糖を加えた。

 エリックに砂糖はないかと尋ねると、アリシアが小瓶に入れた砂糖を持ってくる。中には大匙一杯程度の黒砂糖が入っていた。


 「えっ。これだけ」


 話を聞くと砂糖は高級品の様だ。村でも砂糖を持っているのは、村長のエリックの他は数人だけらしい。


 「そっか。砂糖は貴重品か」


 砂糖には防腐効果もあるから、消費期限の先延ばしも期待できたのに。

 いっそのこと蒲鉾は諦めて砂糖を作るか。でもサトウキビが育ちそうではないな。

 何かを作ろうとすると何かが足りない。蒲鉾一つとってみてもそうだ。社会って複雑にできているなぁ。

 砂糖が使えないなら、何かほかの手段を考えないと。

 この日より江莉香の蒲鉾づくりは本格化した。

 


 「エリック。エリカはどうしたの。あれから毎日カマボコを作っているけど」


 アリシアが心配そうに台所を覗き込む。


 「あれは、新しい村の産物を作っているんだよ」

 「あなたが命じたの」

 「違いますよ。エリカが自分でやり始めたんだ」

 「なら、いいけれど」

 「何か問題が」

 「問題と言うほどではないけど、あれをどうにかしないと」


 アリシアの指さした先には、カマボコに使われない皮、内臓や骨が積みあがっている。


 「今は穴に埋めているけど。匂いがね」


 現状。シンクレア家の台所は、魚の匂いが充満していた。


 「そうだね。ちょっと、いやかなり匂うね」


 エリックも苦笑いをした。



 村の広場でエリカにより見事に分解された魚の残骸を、桶に入れたままエリックは考える。

 今は試し造りだからこの程度で済んでいるが、本格的にカマボコを作るとなると、何倍もの残骸が発生する。

 干物を作る時も、内臓は取り除いて海に捨てている。

 これを使って、何か作れないかな。


 「エリック様。ごきげんいかがですか」


 メッシーナ神父が鍬を片手に近づいてくる。畑の帰りだろうか。


 「メッシーナ神父。こんにちは」

 「それは何ですかな」


 エリックの傍らの桶を覗き込む。


 「魚の内臓や骨ですよ。今、うちで大量に出るので、海に捨てようかと」

 「大量にですか」

 「そうなんですよ。干物を作る時にも出ていますから、村全体ではもっと多いのです。しかし、ただ捨てるのもどうかと思いまして、これを何かに使えないかと考えていたのです」


 エリックの言葉に、メッシーナ神父は鍬を下ろして大きく頷く。


 「神から与えられた命。人の都合だけで捨ててはいけません。その命を奪ったのなら最後まで責任を取らねばなりません。そもそも神々は人や魚、鳥などとの命に差を設けてはおりませんから」


 メッシーナ神父がお説教に入りだした。

 いい神父だが、こうなると話が長くなる。


 「おっしゃる通りです。頂いた命、無駄にしては神の教えに逆らいます。何か良い方法を神々は御存じありませんか」


 エリックは急いで話を先に進める。


 「神々は迷える子供たちに、常に道を指し示してくれます。そうですな」


 メッシーナ神父は考え込む。


 「北の地方に、畑に家畜を放してその糞を肥やしにしている所があると聞きます。魚の死骸でも、同じことができるかもしれません」

 「あっ。なるほど」


 エリックの脳裏に魔導士の書がよぎる。


 「さすが、神々はなんでもご存じですね。ありがとうございます。神父」

 「お役に立てたのなら何よりです。神々の恩寵のあらんことを」


 エリックは神父に礼を言うと屋敷に駆け込んだ。



 「ちょっと。エリック。なに。わかったから。手ぐらい拭かせて」


 台所ですり身と格闘していた江莉香を、エリックが書斎に連れていく。

 あの日から、エリックの書斎には日本語の本が開いてある。

 戸惑う江莉香に、エリックは本のページをめくり魚の箇所を開いた。


 「魚の残りを肥料にできないか」

 「魚の残りを肥料に」


 おうむ返しに聞いてしまった。そういえばなんか聞いたことあるな。

 本を読み進めていくとあった。


 「あったわ。えっと、なになに。煮込んで圧縮して水と油を分離したものを、干して粉末にすると、タンパク質とカルシュウムが豊富な肥料になる。えっ、マジで。凄いじゃない。エリックあなた頭いいわね」


 蒲鉾づくりに夢中で、内臓とかの廃棄物にまで気が回っていなかった。


 「そうよね。ただ捨てるだけなんて勿体ないし。肥料になるならいいんじゃないかな」


 こうして江莉香は身を使って蒲鉾を、エリックはその残骸を使って肥料を作ることにした。



                  続く

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