【番外編】 side J
「ノースフィールド号の新しい船長、娘の方らしいな」
操舵手のもたらしたニュースに、私は耳を疑った。
ノースフィールドの女海賊の話なら聞いた事がある。しかし、彼女は若干十七ではなかったか?
「息子の方ではないのか?」
「いや、確かに娘の方が継いだって聞いたぜ」
おかしな話だ。キャプテン・ノースフィールドの息子、オーガストと言えばこの界隈では知らない者はいない。
一人の死傷者も出さずにユーディアの戦艦を奪った話。
キャプテン・デッシュと手を組んで東アルデスの貿易船団を襲った話。
ニューグリア島の沖に沈んだ財宝を引き揚げた話。
噂に尾ひれが付いているにせよ、いずれも輝かしい功績ばかりだ。そんな男が何故、キャプテンにならない?
船長は船員の選挙により決定される。他の乗組員達は何故オーガストを選ばなかったのだろう。
そんな私の疑問は、そして胸のうち輝きを放っていた英雄譚は、その夜砕かれることとなった。
「やぁだぁ~、オーグったらぁ。どの女にもそう言ってるんでしょ?」
「ホント調子いいんだからぁ」
「俺ほどの正直者はいないぜ? こんな極上の美女達にお目にかかるのは初めてだ」
キャッキャとはしゃぐ女共、そのゆるやかな金髪に指を絡めて口付ける優男。酒場で羽目を外しているお調子者、それが、
「きゃあ! オーガストのエッチ!」
……オーガスト・ノースフィールドだった。
◆◆◆
「何だよ、人の顔じろじろ見やがって。何か文句でもあんのか?」
不機嫌そのもののオーガストの言葉に、私は回想から我に返った。文句? ああ、あったさ、二年前にな。
オーガストはチッと舌を打つと、まだ昼前だというのにワインをあおった。……仕事をする気があるのか、この男。
と、ぱたぱたとおぼつかない足音を響かせて、乗組員室にモラが現われた。ひょこっと顔を覗かせて、私と目が合うと無邪気に笑う。参った。奴は奴で調子が狂う。
「オーグ オーグ ぼくね つなを よれるように なったんだよ」
つなをよれる? 何の話だ?
しかしオーガストには通じたらしく、優しげに笑いかけてモラの頭を撫でた。
「ナナイに教わったのか? ロープの組み継ぎが出来るようになりゃ、いっぱしの船乗りだ」
……ああ、「
モラとの会話には通訳が必要だな。
一見面倒にも思えるモラの相手を、しかしオーガストは楽しそうに務めている。変わったな、オーガスト。昔のようなぎらついたものが取れて、広く、穏やかになった。守るものが出来ると人は大きくなると言うが、これがそうなのだろうか。
もし、今、船長を決めるとしたら。
今度はあの勇ましい海賊姫とこの男と、果たしてどちらが選ばれるだろう。
「おいモラ、口の端なんかついてるぞ」
「え どこ どこ」
「さてはお前、またテルモとつまみ食いしてたな?」
ニヤリと笑ってオーガストは、モラの唇の端を……舐めた。
「貴様、少しは人の目を気にしたらどうだ」
「あぁ? 俺が何しようと勝手だろ」
悪びれた様子もなく、それどころかオーガストはモラの腰を抱き寄せた。私は鼻で笑って立ち上がると、乗組員室を後にした。変わっていない、この馬鹿は少しも変わっていない!
「なんだJ、オーガストが船長にならなかったのがそんなに不服か? お前、アイツに憧れてたからなぁ」
かつて操舵手に言われた言葉、それを二年経った今、改めて否定したいと思う。
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