第6話 まさかの おうえん

オーグ オーグ。

ぼく オーグが すきだ。

だいすきだ。


だから おねがい。てを はなして。




と いきなり からだが かるくなった。ぼくを つつむ やわらかい かんしょく。

え? なに?




  ――大丈夫? 坊や……




「タコの おばあさん!」


きづけば おばあさんの ながくて りっぱな あしが ぼくを ゆるりと くるんでいた。そうして そのまま ふねのうえへ おしあげる。オーガストが ぼくを だきとめると おばあさんは するりと あしを ひいた。


「ありがとう おばあさん!」


オーガストが きつく きつく ぼくを だきしめる。

うそみたいだ。

ぼく もう ここに もどれないと おもってた!


おばあさんは あらなみのなか ただよいながら おおきくて ふといあしを ぞろりと あげた。そうして ぐるり ふねを つつむと おおきな きゅうばんを ぎっちりと はりつかせた。


「おばあさん!」




  ――「諦めちゃ駄目だ」って、そう言ってくれたのは坊や、あなたよ?




かぜは はげしく ごうごうと あれくるい あめも つめたく ぼくらを なぐりつづけて いたけれど。


「しっかり掴まってろ、モラ」


ぼくは つよく うなずくと ぎゅうっと オーガストに しがみついた。



◆◆◆



あんなに こわくて はげしかったのに あらしは あばれるだけ あばれたら さあっと うそのように ひいていった。


あつい くもに すきまができて しろい ひざしが さしこんできた。かぜも ゆるくなって いまでは ぬれた ロープを ぱたぱた ゆらすだけだった。けれど オーガストは ぼくを だいたまま その ちからを ゆるめなかった。


「オーグ オーグ もう あらしは いっちゃったよ」


せなかを ぽんぽん たたいても オーガストは ぎゅうって したまま。どうしたの オーグ?


「オーグ こわかったの?」

「……恐かった」


そう つぶやいて オーガストは ぼくを もっと ぎゅうってした。


「お前を失うんじゃないかと思ったら、たまらなく恐かった」


オーグ オーグ。


だいじょうぶ ぼく オーガストの そばにいるよ。


ぼくも オーガストを ぎゅうって だきしめたら オーガストは ぼくの ぬれた おでこに ふんわり キスをした。




「皆、無事!?」

「ああ、なんとかな」

「ったく、酷い目に遭ったぜ」


みんな からだから ロープを ほどいて ものかげから はいでると ぬれた かみを かきあげたり ふくを しぼったりしながら かんぱんに あつまった。おかしらは ぐしょぬれの くろいぼうしを パン!と はたくと きゅっと それを あたまに かぶった。


「よし、怪我は無いね? ユーリとミルはナナイの指示に従って損傷の確認と報告を! ハッサン、ミスト、テルモは船室の片付けを。オーグとマイクは破損箇所の修復にかかって!」

「アイアイ、キャプテン!」


みんなが ばたばた はしって ちらばると そのばには ジュンと ぼくだけが のこされた。おかしらは あかい こしぬのを ぎゅっと しぼりながら ぼくらの かおを こうごに みた。


「ジュンは現在地の確認を急いで。モラ、アンタはお友達にも協力してもらってジュンの手伝いを」


おともだち。タイの ことだ。


「アイアイ、キャプテン!」


げんきよく こたえて ぼくと ジュンは どうぐを とりに せんしつへ はしった。




それからの ジュンは らしんばんを みたり そくていきで たいようの たかさをはかったり ぼうえんきょうで しまかげを かくにんしたり とても いそがしそうだった。ぼくは なにをしたらいいか わからなくて うろうろ おろおろ するだけだった。


ふねの へりから みを のりだして かいめんを みると ぽちゃんと ぎんの あぶくが ゆれた。


「タイ?」


よびかけると タイが ちゃぽんと かおを みせた。

よかった。ぶじだった!


「ケガは ない?」

「あたしは平気よ。マンボウこそ」

「ぼくも へいき」


ぼくらは えへへと わらいあって それから あらためて まわりを みわたした。


なみまには なんぱせんの ざんがいが ゆらゆら たくさん うかんでいて いままで どれだけの ふねが あらしに しずんだのか かんがえただけで こわくなった。


と ぼくの となりに ジュンが やってきて ぼくに にっこり わらいかけた。


「びっくりしたよ。あんなに激しい嵐だったのに、船は殆ど流されていないんだ。これもあの、大蛸が支えてくれたおかげだね」


タコの おばあさんが ぼくらを たすけて くれたんだ! 


ぼくは うれしくなって また うみに しせんを もどした。

おばあさんは もう なみまの どこにも いなかったけど きっと また あえると おもう。ぜったい また あいたいと おもう。


「きっとあの局地的な大嵐が『嘆きの海』の正体だったんだ」


ジュンが つぶやいた ことばは おもたくて ぼくは だまって うなずいた。


うみに うかぶ たくさんの ふねの はへん。きぎれ。いた。タル。キャンバス。おばあさんが いてくれなかったら ぼくらも このなかの ひとつに なってたかも しれない。そんな こわい かんがえが うかんで ぼくは ぶるっと みをすくませた。


と ゆらゆら うかぶ きぎれのうえで なにかが うごいた きがして ぼくは ごしごし めを こすった。


「? どうしたの、モラ」

「あそこ ひとが いるみたい」


ぼくが そっちを ゆびさすと ジュンは あわてて ぼうえんきょうを のぞきこんだ。そうして はっと いきを のんで それから ひとこと しぼりだした。


「……Jだ」

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