第5話 あれくるう うみ

よくあさは いい おてんきだった。


きのうまでの おもたい きりが うそみたいに はれて あおいそらが みえている。かぜも つよく ふいている。


なのに おかしらは まゆを ひそめて くちばやに ジュンを よんだ。


「ジュン、観測記録を見せて」

「これです」


ジュンの さしだした しょるいを おかしらは むずかしい かおをして みていた。と がばっと かおをあげると はやあしで かんぱん ちゅうおうへ あるきだした。そうして おおごえで ごうれいを かけた。


檣楼しょうろう員、全帆縮帆! マイク、ナナイ、投錨とうびょうの準備して! 二つ共だよ!」



”。



おかしらの ことばに ナナイは おどろいて ふりかえった。


「お頭、非常用のいかりもですか?」

「早くおし!」


するどい めいれいに ナナイも いっそう ひょうじょうを ひきしめて はしりだした。おかしらは あしを とめずに つぎつぎ みんなに めいれいを くだした。


「テルモ、かまどの火を消して。ミストもモラも縮帆にかかって」

「おかしら おかしら なにが あるの?」


こわごわ ぼくが たずねると おかしらは けわしい かおで ひとこと つげた。


「嵐が来る」



◆◆◆



おかしらが ごうれいをかけて そんなに たたず そらもようが きゅうに かわった。どろどろとした くらい くもが あたりに たれこめて あったかくて しめったかぜが つよく ぼくらを なでまわした。そうして まもなく おおつぶの あめが がらがら おとをたてて ふりつけたと おもったら ピカリ しろい ひかりが さした。


かみなりだ! 


かんぱついれず みみが こわれそうな おおきな らいめいが とどろいた。


「ロープを巻け! 早く!」


だれかが さけんだけど そのこえも かぜと あめに おしつぶされた。ごうごうと あれくるう あらしのなか ノースフィールドごうは ぐらり ゆらり まるで こぶねのように ほんろうされた。イカリを ふたつも おろしたのに そんなの ちっとも こうかがない! 


ぼくらは おおなみを いくども かぶって すべる あしばを ひっしに たえた。かぜに とばされそうになって ぼくは けんめいに マストに しがみついた。めが あけられない。ても あしも すべって かじかんで ちからが はいらない。かぜが あめが ぼくを なぐる。ガガァンと おおきなおとが みみをさいた そのとき いままでで いちばん おおきな なみが ふねを ゆさぶった。その しゅんかん。



ぼくの からだが ふわり ういた。



ひっしに なにかに つかまろうと ぼくは もがいた。きづけば ぼくは ふねから なげだされて なんとか てすりに つかまっている じょうたいだった。おちそう。どうしよう どうにかして ふねに もどらなきゃ。


「モラ!」


オーガストが さけんで かけよった。ふねから のりだして ぼくの うでを つかむ。


「しっかりしろ!」


けれど ふねは ひっくりかえりそうなほど ゆらいで ぼくは ふねに のりこむどころか オーガストの てを つかむだけで せいいっぱいだった。どうしよう このままじゃ ふたりとも おちちゃう!


「だめだよ オーガストまで おちちゃう!」

「人の心配より自分の事考えろ!」


ぼくなら だいじょうぶ。うみに おちても マンボウに もどれば いいんだ。でも。



でも そうすると もう オーガストの そばに いられないんだ。


ぎゅうって したり うたを うたったり もう できないんだ。



「モラ、放すなよ!」


でも でもね オーグ。ぼく もし オーグが うみに のまれたら そっちの ほうが ずっと ずっと かなしいよ。いっしょに いられなくても オーグが いきていてくれたら それでいい。それが うれしい。



はげしい あめは つぶてになって ぼくらを たたきつづけた。うでが しびれて いたみも もう かんじない。このままじゃ オーグまで おっこちちゃうよ。


「オーガスト はなして。ぼく うみのなかに かえるよ。オーガストは ふねで いきてて」

「馬鹿野郎!!」


とたんに おおごえで どなられて ぼくは めを みひらいた。


「お前の居場所は海の中じゃない。俺の隣だ!」


オーグの てが さらに つよく ぼくを つかむ。まるで なにがあっても はなさないと いうかのように。

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