第5話 ちずと カギ

おくへ おくへ むかって いくうち だんだん めのまえが くもってきた。

けむりだ。はいいろの けむりが どんどん こくなってる。

それに あつい。いきが くるしい。


「おじいさん!」


さけんだ とたん けむりを すって せきこんだ。でも はしるのは やめなかった。


「誰か、誰か!」


こえの するほう きょろきょろ したら はしらのかげ おヒゲの しつじさんが うずくまっていた。


「しつじさん!」

「これは……ヨシュア様。旦那様が……旦那様がまだ、奥に……」


ごぼごほ せきこみながら しつじさんは ひっしに たちあがった。


「お願いです、どうか旦那様を……」

「うん!」


しつじさんも しんぱいだけど おじいさんは もっと しんぱい! 

ぼくは うなずいて しつじさんの ゆびさした ドアに むかって かけだした。


「おじいさん!」


ドアを あけたら そこは ほのおの うず だった。

あつい。のどが いたい。めも うまく あかない。

けど みつけた。おじいさんだ!


「おじいさん!」

「ヨシュア……? 馬鹿な、早く逃げろ!」

「おじいさんも いっしょじゃなきゃ だめ!」


かけよって ぼくは ゆかに うずくまった ままの おじいさんに かたを かした。


「たてる? ぼく がんばるから おじいさんも がんばらなきゃ だめだよ」

「ヨシュア……」


おじいさんは ぼくを みて ふかく うなずくと ふるえる あしに ちからを こめた。がんばって。がんばって おじいさん。そのとき。


ほのおを からめた はしらが ミシミシ おとをたてて くずれてきた。ぼくらの うえに!


「モラ!」


その こえに ぼくは いちどは ぎゅっと とじた めを また ひらいた。


え え オーガスト!?


「じいさん連れて行け、早く!」


オーガストは くろい うわぎを たてにして もえる はしらを ささえていた。うわぎは みずに ひたされてたらしく しゅうしゅうと すいじょうきを あげている。


「早く!」


ぼくは あわてて おじいさんを ひきずって そのばから ぬけだした。それを かくにんすると オーガストは いっきに かたを おろして とびのいた。ゴウンと おおきな おとがして はしらが たおれて かんぜんに ほのおに のみこまれた。


「無事か、モラ」

「オーガストこそ!」


だって いまの ぜったい あつかった!

けれど オーガストは あわてる ぼくの ほっぺたを ふわり りょうてで つつみこんだ。


「お前が無事ならそれでいい」


オーガスト。


ぼくが ことばも わすれて オーガストを みあげていたら オーガストは ニッと わらって こういった。


「第一、俺は海賊だからな。死ぬなら海の上だ」


オーガストが そういうなら きっと へいきだね。だって おじいさんも ぼくも かいぞく だもん!


けれど オーガストは すぐに まがおになって いまいましげに したうち した。よこがおが ほのおで あかく てらされている。


「くそ、回りが速いな。おいモラ、俺の背中にじいさん乗せろ」


いわれて ぼくは オーガストに おじいさんを おんぶさせた。


「借りが出来たな、若造」

「このツケは大きいぜ」


オーガストは いきおいをつけて たちあがると ぐっと ちからづよく まえをむいた。



◆◆◆



「モラ! オーグ!」


やかたから にわに とびだした とたん おかしらが かけよってきた。めに いっぱい なみだを ためて おかしらは みぎてで オーガストを ひだりてで ぼくを だきしめた。


「馬鹿! どうしてこう男って馬鹿なの!」

「ごめんね おかしら」


ぎゅうって だきかえしながら ぼくは なんども おかしらに あやまった。


そおっと ふりかえると やかたは ごうごうと ほのおに つつまれていて あのなかを はしって きたのかと おもったら きゅうに あしから ちからが ぬけて ぼくは そのばに へなへなと すわりこんで しまった。

オーガストが ちいさく わらいながら おじいさんを ゆっくり おろした。


「旦那様、ご無事で!」

「ああ……なんとかな」


しつじさんに むかって にやりと わらって それから おじいさんは ぼくの てを そっと にぎった。


「改めて礼を言う、ヨシュア……いや、モラ、だったか」

「! モラ、手!」


おかしらに いわれて みてみれば ぼくの ひだりての みかづきは こすれて すっかり きえてしまっていた。けれど おじいさんは あたふたする おかしらを きにもとめず オーガストに むきなおった。そうして ふところから ほそい きんの つつを とりだした。


「貴公にも礼をせねばな。この地図はもちろんやろう。火薬も水も好きなだけ持って行くがいい。他に必要なものはあるか?」


いわれて オーガストは ふっと わらった。それから ぼくの かたを ぐっと つかんで ぼくを だきよせた。


「それでは、ギュート公。遠慮なく貴方の大事な孫をいただくとしよう。文句はないな?」


おじいさんは きんいろの めを しばたかせて それから おかしそうに ひげをゆらすと ひくい わらいごえを たてた。




あさひが のぼって そらが あかと きんいろに ひかるころ やしきを こがした ひも おさまった。


ぼくと オーガストと おかしら それに リリは おじいさんたちに わかれをつげて おかを おりた。ながい みちを あるく あいだ ぼくらは なにも しゃべらなかった。ただ リリだけが たかく ぼくの おしえた うたを うたっていた。


ぼくは ちょっと どきどき しながら オーガストの てを にぎった。オーガストは いっしゅん ぱちくりとして それから まるで へんじのように リリにあわせて くちずさんだ。


ぼくの どきどきは もっと はやくなって どうしたらいいか わからなくて もうかたほうの てで おかしらの てを にぎった。おかしらは くすくす わらって それから リリと オーガストと いっしょに うたいだした。




  ヨーホー ヤホイ おれたち かいぞく

  ヨーホー ヤホイ かくごは いいか


  こどものころにゃ おれたちだって

  ねむるまえには おいのりしてた

  いまでは かみなど なまえも よばぬ

  しんじるものは ふたつだけ

  きょうだいたちと じぶんの ゆうき

  きょうだいたちと じぶんの ゆうき




あさの かぜ すこし つめたい。けど とうめいで きもちいい。

ぼくも いっしょに おぼえたての うたを くちに した。オーガストが ぼくの てを つよく にぎりかえす。


ぼくら きっと だいじょうぶだね。これからも なにが あっても きっと だいじょうぶだね。




みなとに つくと ふと オーガストが うたうのを やめた。とおく さかみちの した じっと こっちを みている おとこの ひとたちが いる。


そして その すぐそばに とまっている おおきな かいぞくせんには みおぼえのある はたが たなびいていた。まっくろな はたに まっくろな バラ。


しゅうだんの せんとうに たっていた せのたかい おとこのひとが ふっと くちのはしで わらった。


「久しぶりだな、オーガスト。マドモアゼル・ジャヌアリー」

「『キャプテン』ジャヌアリー」


おかしらが むっとした くちょうで ていせいしたけど そのひとは やわらかく ほほえむ だけだった。オーガストが みじかく したうちする。


「J……やっぱりお前も嗅ぎつけてたか」


J? このひとが?


オーガストよりも たかい せたけ。さらりと ほそい くろかみが かたで ゆれている。きれながの めは すずしげで よゆうたっぷりで かいぞくというより きぞくの しんし みたい。


「そう苦い顔をするな。今日は貴様にいい話を持って来たんだ」

「いい話だと?」


オーガストの まゆが ぴくりと あがった。Jは ゆったりとした どうさで むなもとから ちいさな なにかを とりだして みせた。


めをこらせば それは くろい つやつやした カギだった。とたんに オーガストの かおいろが さっと かわる。


「黒珊瑚の鍵……!」

「そう。例え黒曜島へ辿り着けても、この鍵がなければ宝箱は開かない。どうだ、オーガスト。この鍵と海賊の誇りを賭けて、決闘といかないか」

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