第4話 つげられた さよなら

ひろまの テーブルに どんどん ならべられる きれいな ごちそう。ぼくは わくわく どきどきして めのまえで ぴかぴか ひかる ぎんの しょっきを てに とってみた。


「きれいだね オーガスト」

「わかった、わかったからお前はワインは飲むなよ」


オーガストに いわれて ぼくは ぎょうぎよく すわりなおした。


ふと しせんに きがついて かおを あげたら おじいさんが にこにこ ぼくを みていた。ぼくも なんだか うれしくなって おじいさんに わらいかえした。


「そんな顔は子供のままだな、ヨシュア」

「ヨシュアって ぼくのこと? ぼくは モラだよ」


とたんに テーブルのした おかしらが ぼくの あしを ふみつけた。いたいよ おかしら!


「ほほほほ、この子、まだうまく記憶が戻らないみたいで。でも、肉親が見つかって良かったわねぇ、ヨシュア?」

「本当だな、俺達も一安心だ。ははははは」


おかしらも オーガストも へんなの。ふたりとも なんか おかしいよ。


わけが わかんなくて つまんなくて ぼくは めのまえの きらきらした グラスに はいってる のみものを のんでみた。けれど それは なんのあじもしない おみずで ぼくは あわてて そのなかに しおを ふりいれた。

と おかしらが うわずった こえを あげた。


「ほ、ほほほ! この子、ホラあの、幼い頃に貧しい商船に拾われてずっと海暮らしだったでしょう? マナーも何もすっかり忘れてしまっているようで、ねぇ?」


と おじいさんは きんいろの ひとみを やさしく ほそめて くびを ふった。


「いや、構わぬ。ここで暮らすうち、すぐにまた覚えるだろう。なぁ、ヨシュア」

「え?」


おかしらが えがおを はりつかせたまま ききかえした。


「あの、ここで……って、」

「貴公らには心より感謝している。使用人以外誰もいなかったこの家に、家族を取り戻してくれたのだからな」


ナイフで おにくを きっていた オーガストの てが とまった。おかしらが くちもとだけで わらいながら ぼくと おじいさんとを こうごに みた。


「あの、それじゃあこの子……いえ、ヨシュアは、ギュート公が引き取ると……?」

「もちろんだ。もうヨシュアは、船に乗る必要はない」


なに なに なんの はなし?


「でも、」

「それをお聞きして安心しました、ギュート公」


なにか いいかけた おかしらの よこから きっぱりした くちょうで オーガストが いった。


「ヨシュアが貴方のような高潔な方の元で、……裕福な家庭で暮らせる事は、俺達も嬉しく思います」

「オーグ!」

「だろ? ジャヌアリー」


おかしらは おっきな ひとみを ゆらゆら させて オーガストを しばらく みつめていた。けど きゅっと くちびるを むすぶと ぱっと かおを あげて おじいさんに むかって にっこり ほほえんだ。



◆◆◆



ごはんが おわると ぼくは リリをさがして やしきのなか あるきだした。


「リリ リリ」


どこ いっちゃったんだろう。

バルコニーに でて にわを みおろす。

いない。


ひろまに もどって かいだんの うえから ロビーを みおろす。

そのとき ばさりと はおとがして あたまのうえが きゅうに おもたくなった。


「リリ」

「モラ モラ」


ぼくの あたまのうえで リリは ごきげんだった。ぼくは ポケットから クルミをだすと てのひらにのせて リリに あげた。


「おいしい?」

「オイシイ オイシイ」


もっと あげようと ポケットに てを つっこんだ そのとき かいだんのした オーガストが げんかんに むかって あるいていくのが みえた。


「オーガスト!」


こえを かけたら オーガストは はじかれたみたいに ふりかえった。

なに なに どうして そんな かお してるの? 


ぼくは かいだんを おりて オーガストの ところへ かけよった。


「モラ……」

「オーガスト もう かえるの?」


ぼくも かえる したく しなくちゃ。

あわてて ぼうしを さがそうと したら オーガストが ぽん と ぼくのかたに てを おいた。


「モラ、お前はこの家に残るんだ」

「オーガスト?」

「お前はもう海賊じゃない。この家の嫡子……ヨシュアだ」


なに なに オーガスト ぼく ここに おいていかれちゃうの!?


「どうして? ぼく かえるよ。みんなの ふねに かえる。おかしらと オーガストと リリと いっしょに ふねに かえるんだ」

「いや、お前は置いて行く。お頭もそのつもりだ」


うそ。


うそでしょ オーガスト。


ぼくは オーガストの ことばが しんじられなくて めを みひらいて オーガストを みあげた。けれど オーガストは いままでの どんなときよりも まっすぐな めで ぼくを みていた。


「ぼく ぼく がんばるから。やくたたずだけど もっと がんばって もっと しごと できるように なるから。だから おいていかないで」


どうしよう のどが ふるえる。


「その方がお前の為なんだ。わかってくれ、モラ……いや、ヨシュア」

「やだ! ぼくのなまえは モラだよ! オーガストが つけてくれたんだ! モラって よんでよ!」


オーガストの うわぎを つかんで なんども なんども ゆさぶった。なみだが ぼろぼろ こぼれて こぼれて とまらなくて だけど ぼくは オーガストのかおから めを そらさなかった。オーガストは こまったかおをして じっと ぼくを みおろしていた。


「ぼく オーガストが だいすきなんだ! つれていってよ オーグ……」


いいたいことは いっぱい あったけど のどが ひきつって もう こえが でなかった。と オーガストは ぼくの ほっぺたの なみだを ながいゆびで ぬぐって それから いきおいよく ぼくを だきしめた。


「……なぁ、モラ? 海賊ってのは、お前が思ってるようなモンじゃないんだぜ? 命なんてあってないようなもんだ。ここで優雅に暮らした方が、お前にとってずっと幸せなことなんだ。俺は、お前が幸せになってくれりゃいいと思ってる」


オーガスト。オーガストの こえ ちょっと ふるえてる。オーガストは ぼくが ここに のこったほうが いいって そう おもってるんだ。



オーガストの うで あったかい。

オーガストの むね あったかい。

ずっと このままで いたい。


だけど。 



ぼくは オーガストから からだをはなすと おもいきって うなずいた。

オーグ オーグ これで いいんだよね?


「リリ」


よぶと リリは すぐに かいだんから おりてきて ぼくのうでに とまった。ぼくは うでをのばして リリを オーガストの かたに のせた。


「ぼくの かわりに つれていって。リリが ぼくの かわりに オーグのなまえを よぶよ。リリが ぼくの かわりに オーグのうたを うたうよ」


オーガストは すこしだけ めを ほそめて それから かすかに わらって うなずいた。


「……ああ。大事にする」


オーガスト。すき。あえなくなっても きっと ずっと ぼくは オーガストがすき。だいすき!


「アブナイ! アブナイ!」


いきなり リリが へやのなかを けたたましく とびまわった。

あたまの うしろの ぴょこんとした はねが おおきく ひらいている。

あぶない? 


オーガストが みみを すました。みけんに しわが よる。


「……おい、何か聞こえないか。それにキナ臭い」

「オーグ! モラ! 逃げるんだよ、火事だ!」


いきなり おかしらが ロビーに とびこんできた。とびらが あけられた とたん ものすごい においが ながれこんでくる。


「火事!?」

「早く、外へ!」


オーガストと おかしらが ろうかに とびだした。けれど ぼくは いけなかった。


「……おじいさん」


だって ここには おじいさんが!


「モラ!」


オーガストが さけぶのが きこえたけど ぼくは おかしらたちと はんたいのほうへ まっすぐ はしった。

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