第3話 そっちの すき

みんなは えがおで それぞれ みなとを はなれて いった。さかばや いちばや とばくじょうへ むかったみたい。


ぼくは いちばの すみの こかげで おかしらが わたしてくれた きのみを みつめていた。みたことない きいろい みで ふわり あまい においがした。


「食べなよ、美味しいよ?」


ぼくは こくんと うなずいて ひとくち それを かじってみた。でも なんだか よく あじが わからなかった。


おかしらは はずみをつけて タルの うえに こしかけると まっかな リンゴを かじりだした。ぼくは たべかけの きのみを あたまのうえに もちあげて のこりを リリに あげた。


「ねえ おかしら」


あたまのなか ぐるぐる ぐるぐる。



おんなのひとの こしをだいて ふたりで どこかに いってしまった オーガスト。あまい えがお。やさしい まなざし。


おんなのひとは しろくて ほそいうでで オーガストの うでに しがみついていて。 



「ねえ おかしら。さっきの おんなのひと だれ?」

「ん? ああ、スノウね。オーグの恋人のうちの一人よ」


え! 


「オーガスト こいびと いっぱいいるの!?」

「港ごとにいるよー。えーと、六、七人かなあ」


そんなに!


ぼくなんて オーガストを すきなだけで からだじゅう いっぱいに なっちゃうのに。たったひとりで りょうてに いっぱい だいすきなのに。


うつむいた ぼくの かおを おかしらが きょとんと のぞきこんだ。


「何、そんなにショックだった? ほんっとアンタ、オーグ好きねー」

「うん おばばは これが こいだって いってた」


と おかしらの くちから リンゴがおちそうになって おかしらは あわてて りょうてで うけとめた。


「恋!? アンタの好きってそっちだったの!?」


そっちが どっちのことか わからないけど。でも。


「ぼく オーガストが すきなんだ。でも オーガストは ほかのひとのほうが ずっと すきなんだね……」


ぼく やくたたずだし。スノウみたいに ふわふわ してないし。ブサいし。


どうしてぼく にんげんの おんなのこじゃ なかったんだろう。

かわいくて やわらかくて そう おかしらや スノウみたいだったら オーガストは ぼくのこと すきになって くれたかな。



ぽろぽろ ぽろぽろ なみだが おちて あしもとの くさが ゆれた。ひっくひっく のどが ひっぱられて いたかったけど むねのほうが もっと いたかった。

オーグ オーグ。すき。だいすき。



おかしらは きれいな ハンカチを とりだすと ぼくの かおを ごしごし ふいた。


「あーもう、男でしょ? 泣かない、泣かない! ……とか言って、あたしもアンタの気持ちはわかっちゃうんだけどね」


おかしらも?


ぼくが かおを あげると おかしらは ほっぺたを あかくして「へへへっ」と わらった。


「あたしもさ、……好きな人がいるから。あの人にとってあたしは顧客の一人なんだって、優しい言葉も南方のお国柄なだけで深い意味はないんだって、わかってる……わかってるけど、でも嬉しくなっちゃうんだ」


そうかぁ。おかしらも こい してるんだ。


「叶わないってわかってる。あたしは海賊で、海から離れて生きるなんてできなくて。でもね、モラ。あたしはクレイを好きになったこと、後悔なんてしてないよ」


きっぱりと そういう おかしら。なんだか きれい。


「モラは、『オーガストのことなんて好きになるんじゃなかった』って、そんな風に思う?」


ぼくは ぷるぷる くびを よこに ふった。


「ぼく ぼく うれしいよ。オーガストに こい できて うれしい」


だって いままで しらなかったんだ。いっしょに いるだけで こえを きくだけで そのひとのことを おもうだけで こんなに こんなに ぽかぽかした きもちに なれるなんて。


おかしらは にっこりして うでをのばすと ぼくの あたまを わしゃわしゃ なでた。


オーガストが だれを すきでも ぼくは オーガストが すきだ。

つらいけど くるしいけど オーガストを すきで うれしいのほうが もっと ずっと おおきいもの。


ぼくは おおきく うなずいてから おかしらに もらった きのみを もういちど かじった。あまくて おいしい。うれしくなって ほっぺたが ふわって なった。


「行こうか、モラ」

「うん!」



おかしらと いっしょに ならんで あるきだした。



うれしいね おかしら。

ぼくたち こいをして しあわせだね。




と ぽん と あたまのうえに だれかのてが のっかった。びっくりして ふりかえったら。


「オーガスト!」

「こんなトコにいたのか、二人とも」


どうして! 

だって オーガストは スノウと!


「オーグ、あんたスノウと一緒じゃなかったの? てっきり今晩は帰って来ないと思ってたんだけど」


おかしらも めを まんまるくして オーガストを みあげていた。オーガストは ぼくの あたまを なでながら わざとらしく まゆを よせた。


「俺もそのつもりだったんだけどよ、コイツ一人にしておけねぇだろ。ヤバイ奴らに絡まれてるんじゃねぇかとか、またドジ踏んでるんじゃねぇかとか、処構わず居眠りしてるんじゃねぇかとか、目を離してると気が気じゃなくてな」


オーガスト かえってきて くれたの? ほんとうに?


おかしらは ぷっと わらって それから ひらりと とおりに とびだした。


「わかった! じゃ、モラのお目付役は交代するよ。二人でゆっくりしてきな!」

「おかしら!」


おかしらは ぼくに むかって ウィンクすると かるい あしどりで ひとごみに きえてしまった。ぼくは おろおろ その うしろすがたを めで おっかけるしか できなかった。


「さて、そんじゃ行くか、モラ」

「あの あの オーガスト」

「ん?」


ぼくが みあげると オーガストは みどりいろの やさしいめで ぼくを みつめかえした。


「あの オーガスト ぼくと いっしょに いて くれるの?」


そうきくと オーガストは ぼくの おでこを ながいゆびで ピンと はじいた。


「お前みたいな危なっかしいの一人にしておけねぇだろ!」


ぼくが おでこを おさえて おろおろ してたら オーガストは「それに、」と つけくわえた。


「市場で服を見立ててやるって約束してたしな」


オーガスト おぼえてて くれたんだ! 

やくそく まもって くれたんだ!


「ありがとう オーガスト!」


オーガストは ニッと わらって ぼくの せなかを ぽん と たたいた。それに おされて ぼくは オーガストの となり あるきだした。

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