【番外編】 side マイク

 じりじり照りつける太陽の下、うつむけばぽたりと汗が落ちた。


「あー、畜生!」


 金槌片手に汗を拭う。

 全く、冗談じゃないぜ。みんな今頃うまいモン食って酒飲んでるって言うのに、この俺の健気な働きっぷりときたらどうだ!? それと言うのも、


「マイク、そこ終わったら左舷の板も張り替え頼むよ」


 ……コイツ。仕事の鬼ことナナイのせいだ。


 つんと釣り上がった大きな目に小さなあご、筋の通った高い鼻。銀の髪はサラッサラ。その辺の女よりよっぽど綺麗な顔しておいて、その厳しさはお頭の比じゃない。


「何見てるんだよ。さぼってないで手を動かす!」

「へいへい」


 っとに、黙ってりゃ可愛いのにな。




 船大工の仕事はキリがない。板を張り替えても張り替えても、またすぐに痛んじまう。だからこうしてこまめに働くしかないって事はわかってる。わかってるけど……。


 あー、酒飲みたい。思わずこぼしたため息に、釘を打っていたナナイが顔を上げた。


「マイク、疲れたのか? 水持ってこようか」

「え、」

「ちょっと待ってて」


 そう言ってふわり笑った顔は、さっきまでの仏頂面とはうって変わって華やかで、俺は思わず口を開けたまま奴の顔に見入ってしまった。ナナイはそんな俺を置いてひらりと立ち上がると、船倉に向かって小走りに駆けて行った。残された俺はがりがり頭を掻いて、どさりとその場に座り込んだ。


 アタマ固くて、その分律儀で。酒場に行けばあの顔だ、女なんてよりどりだろうに、……俺なんかに付き合って、俺の仕事を手伝ったりして。


「はい、水。……どうした?」


 声に顔を上げるとナナイが、不思議そうに首を傾げていた。俺は苦笑してカップを受け取ると、水をがぶがぶ飲み干した。ヤバイヤバイ、何考えてるんだ、俺。

 ナナイの奴は大きな目をぱちりと瞬かせて、それからすとんと俺の隣に座り込んだ。こ、こら、もっと離れて座れ!


「ありがとうな、マイク」

「何が?」

「いや……なんだかんだ言いながらもマイクはきっちり仕事してくれるからな。いつもありがとう」


 馬鹿。いきなり素直になんかなるな。くそ、心臓速ぇ。


「お前だってこうして残って働いてるじゃねぇか。お互い様だ」

「マイクにだけ働かせて自分は船を下りるなんて、そんな事出来ないからな」


 それきり二人して黙り込んで、手すりに背中を預けたまま、高い空をぼんやり見上げた。海鳥が群れをなしている。潮風が額をかすめて気持ちいい。


 わかってるんだ、誰かが船に残らなきゃならない。でないと、この「世界の掃き溜め」ルートルード島では、船ごと盗まれるなんてよくある話だ。いや、例え船乗りが残ってても、強奪される事だってある。もし、今ここにそんな奴らが来たらどうなる? 俺はまだしも、このひょろっこいナナイがまともに戦えるとも思えない。


「俺と二人きりで船に残ったりして、いいのかよ」

「え?」

「襲われたらどうしようかとか、それは考えなかったのか?」

「マイクにそんな度胸はないよ」


 あ? なんの話だ?


 ……ああ!?


 『誰が』『誰に』襲われるって!?


「『俺が』『お前を』襲うハナシかよ!」

「え?」


 違うの?とでも言いたげに俺を見上げて。それから間違いにやっと気付いたらしく、ナナイは見る見る赤くなった。俺は髪をくしゃくしゃ掻くと、盛大なため息をついた。


「ったく、何を言い出すんだか……」

「仕方ないだろ、お前は俺のことが好きなんだから!」


 真っ赤になってナナイが叫ぶ。ままままま待て!


「おっ、お前、何……」

「違うのか?」


 そう言ってナナイは唇を横に結んで、泣き出しそうな目で俺を見上げた。

 ……馬鹿野郎。


「……で? そうだとして、もし本当に襲われた時には、どうするつもりだったんだ?」


 するとナナイはにこり笑って、すっくと真っ直ぐ立ち上がった。


「その時はマイクが戦ってくれるんだろ? 自慢の斧でさ」


 は?


「さ、休憩終わり! ついでにポンプの錆取りもするからな」


 それだけ言い残して奴は、すたすたと甲板を横切っていった。俺はしばらくぽかんとその背中を見送っていたが、はぐらかされた事に気がつくと、短く舌打ちをして立ち上がった。心臓がバクバクいつまでもうるせぇ。


 ったく、可愛げのないヤツだな! 襲われてから泣くんじゃねぇぞ!

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