二章 海賊

第1話 ぼくの なまえ

「いいよ」


ぼくが かいぞくの なかまになりたいって いったら おかしらは ぽろっと ゆるしてくれた。


「お頭、そんな軽くていいのかよ……」

「いいじゃん、いいじゃん」


がっくりしているオーガストをおしのけて おかしらが ずいっと ちかよってきた。


「まだ名乗ってなかったね。あたしはキャプテン・ジャヌアリー。この船の船長よ。役立たずと裏切り者は容赦しないからね。覚えておいで!」


おかしらは ぼくより せたけも としも ちっちゃくみえたけど そういって むねをはったすがたは とっても かっこよかった。


ぼくが なんども なんども うなずくと おかしらは つまさきだって せすじをのばして ぼくの あたまを わしゃわしゃと なでた。


うれしくって はずかしくって オーガストのほうをみたら オーガストは なんにもいわないで ただ くちのはしだけで ニッと わらった。


ぼく がんばる。がんばろうと おもう。


おもう のに。



◆◆◆



よこいちれつに ならんだ みんなを まえに オーガストは その ながいゆびで かおをおおって はーっと ながい ためいきを ついた。


「……で? コイツがどうしたって?」

「それがな、オーグ」


のりくみいんの なかでも ひときわ たくましい マイクが いっぽ まえに でた。


「荷運びを手伝わせようと思ったんだが、コイツ樽どころかロープの束さえ一人で持てなくてな」


オーガストは ひょいと ぼくの うでを つかんで そのまま ひとなで した。ぼくは どきっとして そのばで カチコチと うごけなくなってしまった。


「……細っこい腕してやがるもんな。で、次は?」


こんどは ミストが おおきなこえで はなしだした。


「俺が釣り上げたタイ、逃がされちゃったんだ! ちょっと目を離したスキにさ。大物だったのに!」


つづいて りょうりちょうの テルモが にがわらいして くちを ひらいた。


「野菜くらいなら剥けるかと思って手伝わせたんだけど、結果……」


そういってテルモは ぼくと ぼくのとなりの ハッサンをみた。みんなの しせんも ハッサンの てもとに あつまる。ハッサンは あいかわらず ふんわり やさしいてつきで ぼくの きずついた ゆびさきを くるくる ほうたいで まいて くれていた。


ぼくは じぶんで じぶんが きらいになりそうで たまらなくって うつむいたまま なにも いえなかった。オーガストが もういちど ためいきをついて ながい まえがみを かきあげた。


「ったく、ぼけーっとしてるもんな、お前……。なんだかマンボウみたいなヤツだぜ」


マンボウ。


ぼくは びくっとして はねあがってしまった。


と ミストが まっしろい はを みせて おおきなわらいごえを たてた。


「あははははははっ、マンボウ! うん、それっぽい!」


ハッサンも おだやかに ほほえみながら それに こたえる。


「『月の魚』ですか。雰囲気ありますね」


ハッサンの ことばに こんどは マイクが そらいろの めを くりっと させた。


「へぇ、ハッサンの国ではそう呼んでいたのか? 俺の故郷では『太陽の魚』だったぜ」


つづいて テルモも はずんだ こえを あげる。


「面白いね。学名では『モラ・モラ』というらしいよ」


ぶはっと ふきだす こえに ふりむけば オーガストまで わらってる!


「モラ・モラか! そいつはいいや。よし、お前の名前は今日からモラだ! わかったな?」


え。


え え え?


きょろきょろ みまわすと みんなも にこにこ うなずいていた。


「モラか。なかなか似合うんじゃないか?」

「改めてヨロシクな、モラ!」


ミストが ぼくの けがしてないほうの てを りょうてで ぎゅっと にぎって ぶんぶんと じょうげに ふった。ぼくは だんだん うれしくなって くちにだして「モラ」と いってみた。


オーガストが ぼくに なまえを くれた。

オーガストの つけてくれた なまえで みんなが ぼくを よんでくれる。

むねが いっぱい。

すごく いっぱい。


「おら、いつまでもサボッてんじゃねぇぞ! 仕事はいくらでもあるんだ、お前にも出来ることを探さなくちゃいけないんだからな」

「はいっ!」


オーガストに こつんと あたまを たたかれて ぼくは あわてて たちあがった。


ひらり くろい うわぎを ひらめかせて あるく オーガスト。そのあとを おっかけて こばしりに なった ぼくのせなかを みんなの わらいごえが おいかけた。



◆◆◆



オーガストが おおまたで ずんずん あるく。そのたび ゆかいたが きしきし おとをたてる。オーガストの くろくて あつぼったい おおきな うわぎが ばさりばさり おとをたてて はためく。


オーガストは なんにも いわなかったけど ぼくは そんな おとを きいたり せなかを みたり しているだけで うれしくて しかたが なかった。


「お前に何やらせればいいんだろうな」


ぼくの しごと。ぼくに なにが できるんだろう。そういえば。


「あの オーガスト」

「あ?」


ふりむかない まま オーガストが こたえる。


ジュンは ちずを しらべる ひとで ハッサンは おいしゃさんで テルモは コックさんで。だったら。


「オーガストの おしごとは なに?」


と オーガストは きゅうに ぴたっと たちどまって うわぎを おおきく ひるがえした。そうして こしに さしている ながい けんの つかを ひとさしゆびで トントンと たたくと くちのはしで ニッと わらった。


「俺は、コイツだ」


くびを かしげる ぼくの あたまを くしゃっと いちど なでてから オーガストは また あるきだした。


「そのうちわかる」


オーガストは あるくのが はやいから ぼくは また こばしりに なった。

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