第2話 ひとになる くすり
あれから もう いちにち たったのに ずっと あのひとの かおが あたまのなか ぐるぐる ぐるぐる。
むねが くるしくて あぶくが でそう。
もういちど もういちどだけ。
みたい。
あのひとに あいたい。
ぼくは ぶくぶく ぎんいろの あわを かきわけて うみのうえへ およいでいった。
ぽっかり なみのうえに かおをだすと きのうのふねが めのまえにあった。
かじビレを ふって ぐるうり まわる。
いた。
あのひとだ。
ふねのへりで ほおづえ ついてる。
ぼくは なんだか きゅうに はずかしくなって ちかくの かいそうに からだを かくした。
「何してんの、こんなところで海なんて見つめちゃって」
あのひとの そばに きのうの おんなのこが ちかづいてきて こえをかけた。あのひとは ためいきといっしょに ちいさく わらった。
「いや……昨日のマンボウ、もう一度来ないかな、と思って」
えっ。
えっ まさか まさか あのひとも ぼくにあいたいと おもってたの?
ほんとう? ほんとうに?
「コック長が言ってたんだけどさ……マンボウって食うと美味らしいんだよな。白身で甘みがあって、生だと獲れたてのイカみたいだって」
びみ?
びみってなんだろう。
でも うれしい。うれしいよ。
「もう一度会えるといいね」
「ああ、そうだな」
むねが どきどき どきどき。ぼくは あわてて にげだした。
また あいにいっても いいのかな。あのひとは ぼくに きがついて くれるかな。
◆◆◆
それからというもの ぼくは まいにち その ふねのあとを おいかけて およいでいった。
そのふねは いつも まっくろな ガイコツの えが かかれた はたを かかげていたから ぼくは すぐに ふねを みつけることが できた。
ふねのうえ ときどき あのひとがみえると ぼくは すごく うれしくなった。
でも そのあと ひとりになると うみのそこ さびしくて さびしくて からだが ちっちゃく なるみたいだった。
「それは病気じゃない。恋だね」
ウツボのおばばは まるくて ふかい めだまを ぐりぐりさせて ぼくを みた。
「こい?」
「そう。お前はその人間が好きなんだよ」
びょうきじゃないの?
「だって かおがあつくて むねが くるしいのに?」
「それが恋だよ」
よく わかんないけど おばばが そういうなら そうなんだ。
「おくすりじゃ なおせないの?」
「治せないことも、ない」
そういって おばばは さんごの たなから ちいさな びんを とりだした。
「これは、人間になれる秘薬だよ」
ええっ! にんげんに なれるの?
そうしたら ぼく あのひとの そばに いられるんだ。
もう うみのそこで ひとりに ならないんだ。
おばばは ぼくをみて ためいきをついて それから くしゃっと にがわらいした。
「ああもう、そんな顔するのはおよしよ! やるよ、この薬はやるったら!
ただし、一度マンボウに戻ったらもう人間にはなれないからね? 薬の効き目は一回だけなんだから。わかったかい?」
ぼくは なんども なんども うなずいて おばばの そばに ぴったり ついた。
おばばは しっぽで びんのふたを あけると ぼくの くちに ぽとり くすりを いれてくれた。ちょっと しょっぱくて うみのあじに にてる。
いきなり めのまえが ぱあっと しろく まぶしくなって。
それから からだの ちからが ぬけて。
おばばが なにか いっていたけど なにを いっているのか もう きこえなかった。
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