月の魚が恋をした

高将にぐん

一章 月の魚

第1話 にんげんの おとこのひと

ぼくは ことばをしらない。


どこからながめても ぎんいろにみえる まるい あぶくが のぼっていくのも。

ゆらゆら ゆれる みなもから あわより しろい おひさまのひかりが まっすぐ なんぼんも さしこんでくるのも。

きれいだなって おもうけれども ぼくが おもったとおりには それを だれかに つたえられない。


それは ぼくが マンボウだからだって だれかが いってた。


マンボウは ふつうの おさかなよりも のうみそが すくないんだって。

だから ぼんやりしてるんだって。

そういったら おともだちの タイは「それでいいんじゃない?」っていって わらった。


「マンボウが綺麗だなとか楽しいなって思えたならそれでいいし、それが一番だと思う」って。


タイのことばは やっぱりぼくには すこし いみがわからなくて でも タイがわらってくれたから ぼくも これでいいんだなって いっしょになって 2ひきで わらった。



◆◆◆



うみで ぷかぷか。

おひさま ぽかぽか。


なみに ゆられて うかんでいるのは ゆらゆら ふわふわ きもちいい。


みなもに ぽっかり よこたわるのは マンボウだけの とくいわざ。

ほかの おさかなには できないんだって。


こうしていると うみに うかんだ みずどりの はねに なったみたい。

たっぷりと ひざしをあびて うとうとと めを とじかけた そのとき。


「やったー、見て見て! マンボウ捕まえた!」


とつぜん おおきなこえがして ぼくの からだが ちゅうに ういた。

おびれにも せびれにも がんじょうな いとが くいこんでくる。


どうしよう。

あみにかかった。

どうしよう。

うごけない。


にんげんの おんなのこが うきうきと ぼくを ふねに ひきあげる。


おんなのこは ぼくを あみから ひきだすと ひにやけた りょうてで ぎゅうっと ぼくを だきしめた。

ぼくは なにもできずに ただパクパクしながら おんなのこを みあげていた。


どうしよう。

こわい。

どうしたらいいんだろう。


その ようすを となりでみていた せのたかい おとこのひとが あきれたように こえをあげた。


「おいおい、お頭。そんなモン捕まえてどうするんだよ」

「どうするって、飼うのよ。いいでしょ?」


おんなのこの こたえをきいて おとこのひとが ちゃいろい かみを くしゃっとかいた。


「あのな、お頭……マンボウってどれだけデカくなるか知ってるか? 3 メートルは越すぜ?」

「マジ?」

「重さは2トン」

「…………」


おんなのこは ぼくを しょうめんから じっと みた。ふんわりした ながいかみのけが しおかぜにゆれて いいにおい。


「ちぇー。飼えないか」


おんなのこが くちびるを とがらせると おとこのひとが ぼくを らんぼうに ひったくった。


「ほら、逃がすぞ」


そうして おとこのひとは ふねから みをのりだすと あみをつかって ぼくを そっと うみのなかに もどしてくれた。ぼくは つめたいみずに もどれて うれしくなって くるくる くるくる そのばで およいだ。


ちょぽんと うみから かおだけだして もいちど さっきの にんげんを みる。

あの おとこのひとは ふねの へりで ひじをついてて ぼくにきづくと ニッと くちびるを ひきあげた。


「もう捕まんなよ」


そういって わらった そのひとのかおが すごく やさしくて。

ぼくは あわてて うみのなかに もぐりこんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る