1-2 とどめの箱庭

第六呪い王子 日記帳抜粋

『そう言えば、庭について言いたい事があるんだけど……』


「『呪い王子』……!」

その名を口にするのもおぞましい。そんな様子で顔を引きつらせる少年アイン。

「聞きたい事は山ほどあるでしょうが、ここは話すには暗すぎます。まずは外に出ましょうか」

「え、フィ、フィリア! ちょっと待って!」

 慌てる彼の制止を無視し、少女フィリアは扉を躊躇なく引き開ける。

 僅かな抵抗の軋みの後、開く扉から漏れ出て来たのは、一筋の光だ。

「ここがラギウス王国の中心たる『カボチャ城』の更に真ん中……『とどめの箱庭』です」

「に、庭? ……っ!?」

 光溢れる扉の横で誘うように一礼しながら手を振るフィリアに誘われ、やや遠慮がちに外に足を踏み出し……その動きを止めた。

 そこは彼女が言った通り、『箱庭』であった。

 二人が出て来た煉瓦造りの四角い建物を中心とし、踏み固め整備された地面むき出しの道が、四方に真っ直ぐ伸びている。

 その四つの道を縁取るのは、色彩鮮やかな花々と、蔦で繋がったカボチャ達だ。

 道の周囲には良く手入れされた芝生を土台とし、花々と木々、そしてカボチャ達が鮮やかな彩を作り上げている。

 花で縁取りされた道は無数の広場に続いており、広場には巨大な噴水や円型の巨大テーブルなど、様々な人工物が鎮座している。

 確かな存在感を持ちながらも、それら一つ一つは良く手入れがされている、あるいは真新しい物であり、一流の品である事が一目で看過出来る。

 それらの広場から更に伸びる道の先にあるのは、無数の木々だ。

 木々は庭全域を覆っており、それが『箱庭』の由来かと言えば、そうではない。

 十メートル近い木々達の背後。

 そこには、木々よりも遥かに高く、そして他者を威圧しそびえ立つ城壁があった。

 周囲の様子など分かりようがない、四方を壁に囲まれたここは、まさに『箱庭』そのものだ。

 しかし庭内には、その高い城壁が作り出す筈の影はない。

 それは、壁に幾つも生っているカボチャ達が、先ほどの寝室同様に周囲に光を発している為だ。

「凄い……!」

 見事、と言うほかないその光景に、アインはただただ感嘆の呟きを漏らすしかない。

「王子。後ろの王女に挨拶を」

「後ろ? ……っ!?」

 振り向いた先。

 そこには城壁に挟まれる形で、巨大な塔がそびえていた。

 首が限界まで曲がるほどの高さを誇るその塔には、無数の蔦と葉が何十重にも渡って纏わり付いており、その端々には、周囲の壁同様、いや、それ以上の数を誇る無数のカボチャ達が、まるで木に生る実のように軒を連ねている。

 その緑の塔の頂点。

 そこには、大きな塔の頂上すら足りないと言わんばかりに、圧倒的かつ見事な形と色合いをした、オレンジ色の超巨大カボチャが鎮座していたのだ。

 カボチャは二つの丸と半円が刻まれており、それはまるで笑みを浮かべているようである。

「屋上の巨大なカボチャは、ククル王女の本体と言われています。城の通称、『カボチャ城』もあれが理由ですね。何でも、建国当時から存在しているとか」

「……出鱈目だ……」

「あら王子。起きられたのですか?」

 呆然と呟くしかないアインが声の方に視線を送ると、寝室の横に4人のメイド達がいた。

 服装はフィリアとほぼ同じだが、こちらには各所にフリルが付いており、やや華やいだ印象を受ける。

 その内三人はそれぞれ巨大なスプーン、フォーク、ナイフを背に背負っており、残る一人も縁に銀の刺繍が施された純白のマントを背にしており、輪郭しか分からないほど遠目から見ても、非常に目立つ存在だ。

 もっとも、そのような差がなければ、『彼女ら』を見分ける事は不可能と言っても良かっただろう。

 何故なら、彼女らは全員が全員、同じ背丈と容姿をしていたのだから。

 長く、しかし細やかな手入れを感じ取れる、先端が切り揃えられた髪。

 やや吊り上がった細目も相まって、その顔に浮かぶ明るい笑顔は、様々な物に興味津々な猫のような印象を受ける。

 肌露出もほとんどなく、体型の出にくいメイド服に包まれながらも、はっきりと分かる程女性的な曲線を有した彼女らは、一人一人を見れば美女と言っても差し支えないだろう。

 が、例え美女でも全てが全て同じ姿形の人物が4人も揃っていると、不気味とは言わないが少々近寄りがたいのは間違いない。

 当の声をかけられたアインもまた、彼女らの姿を見て腰が引けたのも、無理からぬ事であろう。

「王子が起きられた?」

「今日は普通に起きられたご様子」

「それはそれは! 素晴らしい事で!」

「今日は良き日になりそうですわね!」

 メイド達は各々好き勝手に全く同じ声でまくし立てながら、手に様々な道具や衣服を持ってアインへと走り寄る。

「え、ちょ、ちょっとま……!?」

 慌てふためく王子を無視し、笑顔のメイド達は我先にとばかりに彼に詰め寄り……。

「テーブルウェア」

 冷水の如きフィリアのたった一言が、彼女達を停止させた。

「今日の支度は私だけで行います。あなた方は他の仕事を」

『……はーい! 了解でーす!』

 疑問も文句も付ける事無く、テーブルウェアと呼ばれたメイド達は笑顔のまま持っていた物を素早く元の場所に置くと、まるで風のような速さでその場から去って行った。

「さて、これで二人きりですね」

「何事もなかったかのように進めるね……」

「ええ、早くしないと奴らが来てしまいますから」

「奴ら?」

「ええ、奴等です。私、『騒がしき山羊』以外の三人の『キマイラ』……『三つ首蛇』、『咆哮する竜』、『眠れる獅子』です」

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