はじまりはじまり

1-1 初めてじゃない初めて

第六呪い王子 日記帳抜粋

『明日の僕。何と言うか……がんばれ』


 目覚めた彼が最初に聞いたのは、静かなノック音。

 そして、その手に最初に感じたのは、柔らかな感触だった。

「ん……あ……?」

 まだ意識がはっきりしないのか、彼は柔らかな感触を手に残したまま、体を起こす。

 遠くから聞こえる鳥の声から、時刻は朝のようだが、彼の周囲は漆黒の闇に包まれており、何も見通す事が出来ない。

「んっと……」

「王子、おはようございます」

「!?」

 眠気を払おうと頭を振り、何か声を発しようとした次の瞬間、涼やかな女性の声と共に、鈍い輝きが生み出され、闇の中から三人の男女の姿を浮かび上がらせた。

 一人はベッドから身を起こし、驚きの表情のまま固まっている、『王子』と呼ばれた少年。

 サラリと流れるような金髪に、ぱちりと開かれた碧眼の瞳。

 薄い布地の寝間着から見て取れるその体つきは、華奢ではないがほとんど筋肉が付いておらず、鍛えていない事が容易に見て取れる。

 が、注意深い者が見ればその薄布の奥にある肌に関して、とある『異常』に気が付いた事だろう。

「……ふむ」 

 そんな『異常』な彼を、光を灯すカンテラを持って見下ろしているのは、何かを納得したように頷いた少女だ。

 年の頃は、ベッドにいる少年と同じ程度であろうか。

 二つに纏められた栗色の髪の毛が、伸びやかに後ろに伸び、まるでこの世の全てを射抜かんとするような鋭い瞳と艶っぽい唇が、彼女に他者を圧倒する美貌を与えている。

 少年よりもやや身長が低く、弓を連想させる、柔らかだがはっきりとした張りのあるスレンダーなその身に纏っているのは、フリルなどの装飾品の一切ない、実用一点張りと言った白黒のメイド服だ。

 その腰にやや反りの入った鞘が身に付けられている事もあり、明らかに普通のメイドではない事が容易に想像出来る。

「ふみゅう……ん、ふわあ……」

 そして最後の一人は、少年の横でやたら可愛らしい寝息を立て、今まさに背伸びをしてその身を起こした……幼女だ。

 恐らく十もいっていないであろう、『可愛らしい』以外、どうにも表現出来ないほど幼く無垢な姿をしている。

 その容姿を彩るのは、見事な緑色をした髪の毛と、同じ色彩のまんまるの瞳だ。

 その頭には飾りも何もない、小さな小さな金の冠が添えられており、彼女の可愛らしさを更に強調している。

 出っ張りも引っ込みもないその体型と、その赤ちゃんのような柔らかな柔肌を隠しているのは、腰を包み込むようにある、彼女の髪の毛や瞳と同じ色をした緑色のカボチャと、そのカボチャから胸回りに這っている蔦と葉のみ。

 そして、その幼子特有の柔らかなお腹には、少年の手がしっかりと置かれていた。

「うわあ!?」

「二人とも、おはよ~」

 その事実に気が付き、跳ねるようにその場から後ずさる少年を気にする事なく、カボチャの幼女は目の前の少女に呑気に手を振る。

「おはようございます。ククル王女。それと、王子」

「え? え?」

 少女は幼女、ククルに軽く会釈をしてから、王子に向かって一言。

「昨晩は、お楽しみでしたね」

「いやいやいやいや! 違うから!」

「王子は一線を越えたっと」

「何書いてんの!?」

「? あなたの観察日記ですが」

「書かなくていいからそんなもの!」

「……ふむ」

 叫ぶ少年に無表情に返した少女であったが、彼の様子に眉を上げる。

 いつの間にやら取り出していた手帳をしまってから、二人の様子を満面の笑みで見ていたククルふと一礼する。

「王女。今日の呪いは少し厄介そうです。先にお食事に行かれては?」

「朝ご飯にデザート一品追加~♪」

「了解いたしました。後でご用意させていただきます」

「分かった~♪ それじゃベッドお片付けするから、気を付けてね?」

「き、気を付けてねって……!?」

 言われ、彼は今まで自分が寝ていたベッドを見、眼を見開いて驚愕した。

 そこにあったのは、蔦と葉をまるで糸を編み込むように組み合わせて創られたベッドであった。

 植物である筈のそれは、独特の冷たさや手触りはない。

 むしろいつまでも触っていたいと思うほどの、心地よさすら感じられる。

「さ、お、かたづけ~♪」

「う、うわああああああ!?」

 ククルが楽しげに何度か拍子を付けて手を叩くと、植物のベッドは突如として躍動を開始。

 叫ぶ少年が宙に舞い、回転するほどの勢いで植物達はうねりながら、光の届いていない闇の中へと消えていく。

「それじゃあね~♪」

 笑みを絶やさぬククルもまた、植物に飲み込まれるように、闇の中へと手を振りながら消えていった。

 植物達が一斉にその場を離れ、後に残ったのは、回転しながら床へと落下する少年のみ。

「あああああ!?」

 既に平衡感覚などないのだろう、回転する勢いそのままに、少年は床へと落下。

「あうっ!?」

 強かに、尻を打ち付けた。

「ふむ……大丈夫ですか?」

「い、一応……」

 尻に手を当て悶絶する少年に少女は手を差し伸べる。

 何とか声を絞り出す少年であったが、もし彼の意識が痛みに向いていなかったら、そこで違和感に気付いていたであろう。

 少女が少年の元まで移動した時、音どころか動作すらなく、少年の目の前に『現れた』事に。

 立ち上がる内に、周囲はカンテラ以外の光に包まれ始めた。

 その光源は、天井にまるで照明のように存在するオレンジ色のカボチャだ。

 カボチャはその色そのままの光を発し、部屋内を明るく照らし出す。

 照らし出された部屋の中は、一言で言ってしまえば『殺風景』だった。

 天井と床は木板で作られ、その中間には煉瓦で作られた赤茶けた壁が四角形の部屋を作り出している。

 それ以外には天井で光を放つカボチャと、『内側に錠前の付いた』木の扉以外、後は何もない。

 調度品どころか窓すらない、倉庫か独房と言った方が信じられそうなそこは、あまりにも異常な空間であった。

「何、ここ……?」

「貴方様の寝室です。そんな事より」

「は、はいぃ!?」

 部屋の様子に、思わず出た言葉に返しつつ、少女はその身を寄せる。

 文字通り目も覚める美貌が間近に近寄り、声の裏返る少年に一言、感情を込めず、口を開いた。

「お尻は、大丈夫ですか?」

「……はい?」

「だってお尻から落ちましたでしょう? お尻から落ちましたよね? 痛いでしょう、お尻? 痛いですよねお尻。お尻が痛いのであれば是非、お尻を見せていただきたいのですが、お尻の加減はいかがでしょうか?」

「……い、いやちょっと待って」

 ずいずいと寄りながら無表情に『お尻』を連呼する少女に、少年は身を引きながら顔を赤らめる。

「女の子が、その、あまりそれを連呼するのは……」

「? 尻の方が良いですか?」

「いやいや!? 何でそうなるの!?」

「……成程、ケツの方がいい、と?」

「もっと違うから! そんな事よりも、その……」

 何とか彼女を引きはがし、やや躊躇いがちに口を開く。

「君、誰……?」

「……やはり、記憶喪失ですか」

「やはり、って……」

「いつもの貴方様であれば、私の冗談など一蹴したでしょう」

「!? き、消え……!」

 少年の言葉に踵を返した瞬間、彼女は少年の目の前から消失。

「いつもの貴方様であれば、すぐにベッドから出るなり、例えベッドから落ちたとしても、容易く受け身を取っていた事でしょう」

 消えたフィリアは扉の前に出現。いつの間にか手に持っている鍵で錠前を外し、再度少年へとスカートを翻して向き直る。

「き、君は一体……」

 呆然とその様子を見る事しか出来ない少年に対し、少女は深く、そして優雅に一礼した。

「ひとまずは肩書と名前だけ。私、ラギウス王国近衛軍、『キマイラ』の『騒がしき山羊』隊長、フィリア=C=フォルテスです。どうぞお見知りおきを」

「フィリア……さん」

「フィリアで結構です。そんな呼ばれ方をされていると、絶頂する自身がありますので」

「絶頂って……いやそんな事より、ちょっと待って。ラギウス王国って、まさか……」」

 オレンジの明かりの中ですらはっきりと分かる程、少年の顔から血の気が引く。

「おや、その辺りは覚えておいでなのですか? ええ、そうです。ここはラギウス王国。通称『呪いの国』。そしてこの部屋はその中心部にして国を収める人物の寝室です」

「それは、つまり……」

「恐らくは、あなた様のご想像通りです」

 身を引く少年を見据えたまま、少女は静かに事実を伝える。

「まずは外に出ましょうか。ラギウス王国六代目『呪い王子』、アイン=K=ラギウス様」

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