Ⅰ-2

 私が近づくと、髭面の馭者は暇そうに頭を掻く手を止めた。


「絵画館まで」

「絵画館? や、あそこは――」

「かまわない」


 私はクッションのつぶれた座席に腰を下ろした。


「はあ、さようですか。しかし回り道をせにゃならんですよ。通れないところが多いもんで」


 記憶が正しければ、駅から絵画館までは複雑な道のりではない。しかし馭者の言ったとおり、辻馬車は方角を見失いそうなほど頻繁に曲がる。原因は枯れ木だった。人の背丈ほどの木々が所構わず生え、いや、どこかから引き抜かれたのが置いておかれたような格好で、根を下ろせずに朽ちていた。馬車はそれを避けるために道の端を通り、あるいは路地へと迂回する。


「あの木はなんだ」


 私は背後の戸口の向こうへ声を張り上げた。


「人ですよ、旦那」


 辻馬車が通りを逸れる。


「人が変わっちまったんですよ」






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https://kakuyomu.jp/works/1177354054914833066/episodes/1177354054917642380

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