第3話

朝練と放課後の練習を始めてから一週間が経った。

商店街の草野球チームと合併し、大会のエントリーも完了したようだ。

大会のエントリーは商店街の大人たちが協力してくれたため、スムーズに進んだ。

その日、練習試合をかねて、チームに入団する商店街の人達と顔合わせをした。

対戦相手は隣町の草野球チームである。

商店街人達は野球用具の準備から練習試合の手配までいろいろと協力してくれて、物事が恐ろしいほどスムーズに進んでいる。

淳哉や良平にとってその日の練習試合はデビュー戦でもあった。

ピッチャー、ゆきまる。

キャッチャー、四街道

セカンド、淳哉。

ショート、良平。

という感じでポジションは決まった。

四街道はもともとピッチャーであるが、四街道がピッチャーをすると捕球できるキャッチャーがいないため、ゆきまるがピッチャーをすることになった。

左投げのキャッチャーなんていうのはかなり珍しいが、キャッチャーが捕球できないと試合にならないため、苦肉の策である。

打順は足の速い良平が一番打者。二番打者は淳哉。三番打者にゆきまる。そして四番打者に四街道。下位打線は商店街の中年達だ。

どうやら商店街の人達の計らいで、上位打線は高校生に譲ろうということになったようだ。

こんなテキトーな感じで勝てるのだろうか。

しかし、自分のデビュー戦である。張り切って行こうと、そう思いながら淳哉はグラウンドの隅にあるトイレから出て、アップを始めようと駆けだした。

すると、ゆきまるが出会いがしらに突然現れた。

勢いよく飛び出したため、急に止まれなかった淳哉はそのまま覆いかぶさる形でゆきまるを押し倒してしまった。

そのとき、唇に柔らかい何かが触れた。

ゆきまるの唇である。

――!?

お互い、ファーストキスだった。

「……」

「……」

一瞬、沈黙するが、淳哉は顔を真っ赤にして慌てて、ゆきまるから退いた。

「ゴ、ゴメンよ……なんかその……」

「いやーあはは、あたしも前をよく見てなかったから、それじゃー」

ゆきまるは起きあがって何事もなかったかのように速足で去っていった。

淳哉はとりあえず一旦忘れてアップに取り掛かかることにした。

試合の準備ができたため、両チーム整列をする。

ゆきまるはさっきのことをどう思っているのだろうとチラっと淳哉は様子を伺うが、何事もなかったかのようないつも通りの振る舞いだ。

試合開始前の挨拶が終わり、両チームベンチに戻る。

まずはこちらが先攻だ。

一番打者の良平はヘルメットを被ってバットを持って打席に入る。

二番打者の淳哉はネクストバッターズサークルで待機をする。

試合は始まった。

初級。良平はいきなり打ちに行って、内野ゴロでアウトとなった。

こんなに早く自分の番が来るとは思ってなかった淳哉。

しかし、思ったよりも緊張しない。むしろ五感が研ぎ澄まされているような感覚だ。

こんな感覚は今までにない。

淳哉はバッターボックスに入って構える。

初級、見送ってボール。

いつもよりもボールがよく見える。しかもなんだか力がみなぎってくる感覚だ。

二球目、甘く入った真ん中高めのボール。

淳哉は打ちに行くと、人生で今までにない鋭いスイングができた。

ボールはジャストミートだった。

会心の当たりはそのままセンターの頭を越していき、センターはどうすることもできず、見送って、そのままフェンスを越えた。

ホームランだ。

「え、え?」

淳哉自身、驚いた。

良い当たりがあってもせいぜい平凡な外野フライしか打ったことがない淳哉は自分がホームランを打つことなんて想像もしたことがない。

そのまま、バットを置き、ベースを駆け回った。

「すげー!」

「ナイスバッティング!!」

「やるじゃん青木!」

淳哉に歓声を送るゆきまるや四街道や良平。淳哉はホームランってこんなに照れるんだなと思いながら下を向いたままホームベースに帰還した。

そこでゆきまるがハイタッチをしてきたので、それに応えてお互いの手と手を叩いた。

試合前の事故の件もあって、淳哉はゆきまるの顔を直視できなかったが、ゆきまるはもう既に気にしていないでいる。

ベンチに戻ると、良平もハイタッチを求めてきたので、それに応える淳哉。

「どうしたんだよ! やるじゃん!」

「いやいや……マグレだよ」

照れ隠しからか、マグレということにしてしまったが、淳哉自身、あれはマグレじゃないと確信している。

バッターボックスに入った瞬間、人生で一度も体験をしたことがない五感が研ぎ澄まされる感覚とどこからともなくみなぎってくる力。

あれはなんだったのだろうか。

その後の淳哉の打席は三振と凡打で五打数一安打一ホーマーという結果を残した。

試合は6-3で淳哉達のチームの勝利で終わった。


「「「「カンパーイ」」」」

試合後、ファミリーレストランで打ち上げをする四人衆。

それぞれの打撃成績は


良平――五打数無安打。

淳哉――五打数一安打。

ゆきまる――五打数三安打。

四街道――四打数四安打四打点。


という感じであった。

「いやー、なんと言っても初回の青木のホームランでしょ」

「これって脳ある鷹は牙を隠すって奴?」

「いや、それ爪だろ」

ゆきまるの間違いに冷静に突っ込む四街道。

「なあ青木、なんでいつも真面目に打たないんだ?」

四街道は淳哉に訊ねた。

「いや、真面目にやってるよ。あの打席はマグレなんだって」

「確かにコースは少し甘かったけど、あの鋭いスイングはマグレじゃねーよ。見ればわかる」

「……」

「もしかして遠慮をしてるのか? それとも打てすぎて野球が退屈になったのか?」

「えぇー! そりゃ勿体ないよー。なんでもっと打たないのさ」

「打ちたくても打てないんだよ。本当に今日の一打席目は奇跡みたいなもんなんだって」

「奇跡であんなバッティング俺にだってできねーよ……」

淳哉自身、自分のホームランに驚いており、なぜ打てたのだろうかわからなかった。

もしかすると、試合前のキスが効いているのだろうかと一瞬思ったが、それはないとすぐさま心の中で否定した。

ファミレスで昼食も兼ねた打ち上げを済ませ、その日はそのまま解散した。


※※※


家に帰った淳哉はそのままベットに倒れ込んだ。

試合前のゆきまるとのちょっとした事故でのキスと、一打席目のホームラン。

それを思い出すと照れや恥ずかしさがあるが、幸せな気分になる。

枕に顔を埋め、足をジタバタさせている淳哉。

すると、ケータイ電話から着信音が鳴った。

ゆきまるからのメッセージだ。


――もう一回キスさせろ


……ボンッ

メッセージを見た淳哉は一気に赤面した。

恥ずかしさからベットの上でゴロゴロとのたうち回った。

もしかすると、ゆきまるは自分に気が合うのか。

でも自分を好きになるきっかけなんてなかったぞ。

はっ、早く返信しないと、でもなんて返そう。

淳哉は返信する内容に悩んだ結果。


――一体何のつもりだ。是非お願いします!!


と返した。

さて、どうなる。どうなる。

ドキドキドキドキドキドキ……。


――今からこの前のバッティングセンターに来い。試したいことがあるんだ。


淳哉はすぐさま家を飛び出して行った。

おそらくゆきまるは自分と同じ事を考えてるのではないか。

でもキスをするとバッティングが上手くなるなんてそんなファンタジーな事があるわけがない。

そうこう考えていると待ち合わせ場所のバッティングセンターに着き、既に建物の前にゆきまるが待っていた。

「おっ!」

ゆきまるが淳哉に気が付くと駆け寄ってきた。

「隙きあり!」

ゆきまるの柔らかな唇が淳哉の唇に軽く触れた。

「なっ……!?」

突然のことに淳哉は困惑し、ゆきまるは顔を少し赤らめた。

「こ、これは実験だからな……」

「実験?」

「今日の試合前と同じことをすれば、青木がまた打てるんじゃないかと思って……」

「……そか」

人生で二度目のキス。なんて反応すればいいかわからなかった淳哉だが、二人はそのままバッティングセンターに入り、一五〇キロのコーナーに行く。

四街道がバカみたいに打っていたコーナーだ。

淳哉は「あんな速い球が俺に打てるものか?」と思いつつ、バットを構え打席に立つ。。

今日の試合の一打席目と同じ感覚だ。

これは行けるかもしれない。

バッティングマシンから一五〇キロの豪速球が放たれた。

――見える!

淳哉はそれを見事に真芯で捉え、長打を放つ。

球場で打っていたら間違いなく柵を越える当たりだった。

「マジかよ……」

淳哉自身驚いていた。

ゆきまるはそれを見て淳哉以上に喜んでいた。

「やっぱりだ、青木はあたしとキスをすると打てるようになるんだ!」

「いや、でもそんなマンガみたいなことがあるのか!?」

「そんなことを言うかお前は、じゃあもう一回するか?」

ゆきまるは淳哉に軽くフレンチキスをし、淳哉はされるがままだった。

見つめ合う二人。

ゆきまるはもう一度、淳哉にキスをしにいった。

さっきよりも少し長めのキスだった。

「もう……もう良いだろ」

客は淳哉達以外いない状況で店員からも視角になって見えないとは言え、公共の場でキスをするのはいかがなものだろうか。

「…‥」

頬を赤らめたゆきまるは本気になってしまったのか、そのまま淳哉を押し倒して無理やり何度も唇を重ねる。

「ちょっ、おま…!?」

ゆきまるはさらに激しく舌を入れはじめ、淳哉は恥ずかしさから、ゆきまるを軽く払い除けて、距離をとる。

「ゴメン、もう一回、もう一回お願い! 今度は優しくするから」

「あのなー……」

そう言いつつも、淳哉は内心まんざらでもなかった。

キス魔と化したゆきまるを落ち着かせた後、淳哉はもう一度バッティングに挑むと、これが面白いぐらいに打ち返せるのである。

バッティングの途中、ホームランと書かれたボードにも当たったため、二人はホームラン賞の写真を撮ることになった。

店員が来て、カメラで写真を撮る。

「じゃあ行きますよ。ハイ、チーズ」

そのとき、ゆきまるは隙をついて淳哉のほっぺたにキスをした。

――パシャ

その日、淳哉に彼女ができた。

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