第38話 エピローグ 下

「ふぁー、眠い。」


授業中であるにも関わらず、担任の教師が黒板に注目している隙に人目に触れないよう教科書で口元を隠しながら大きな欠伸をかく和彦。


あれから何事もなく経過すること3日。仮ではあるが倒壊した校舎が復旧したことで休校期間は終わりを迎え、華やかで青い春真っ盛りな学校生活が再び始まりを告げた…のだが再開初日ということもあってか和彦の休みボケは抜け切らない。


あの決闘で牛鬼が滅ぼされてからというもの妖怪たちは瑠衣の言った通り、膨らませた風船が萎んでいくかのごとく沈静化していった。


聞けば俺たちの住むこの偶鱈町という町は大地から絶え間なく溢れ出ている竜脈だか地脈だかが魔除けの役割を果たしている影響で他県と比べて邪な妖怪がそれほど多くないのだとか。仮にいたとしても学校を破壊した狼共の類いではなく本来はもっと弱いのだとかそうでないとか。


とにもかくにもこれにてようやく全てが一件落着となった訳である。実にめでたいことだ。何気無い平穏な暮らしがこんなにもありがたいものだと初めて染々と感じさせられる。


思えば長いようで短いようでそんでもって奇想天外かつ波乱万丈な1ヶ月だった。異世界に召喚され魔法を学んでやっとの思いで帰還。一息つく間もなく自宅の屋根を魔法で吹き飛ばしたかと思いきや今度はテロリストによるデパート襲撃、続いて校舎倒壊。休校期間中は街中の妖怪退治に最後は百鬼夜行の総大将と一騎討ち。


俺が思うに世界中どこを探してもここまでリアルが充実し過ぎている高校生は後にも先にも自分くらいだろう。話が逸れたな、本題はここからだ。


その日の放課後、いつも通り帰宅部としての活動(普通に家に帰るだけ)に取り組もうとしていた矢先の出来事だった。


「あっ、和彦。今から帰るの?」ニコニコ


夕暮れ時、下駄箱から外靴を取り出していた俺に話しかけてきたのは久方ぶりの登場である鈴鹿芳樹。


「ああ、そうだな。それはそうと、お前こそこんなところで油を売ってていいのか?卓球部の活動があるんだろ?」


「いつもはね。でも今日は部活が休みでさ。こうして和彦と鉢合わせたって訳なんだ。そうだ、せっかくだし今日は一緒に帰ろうよ。もしも和彦が良ければだけど。」ニコニコ


「あぁ、いいぜ。」


そんなこんなで談笑しながら芳樹と共に帰ることとなった。


「なぁ、芳樹。ひとつ聞きたい事があるんだが聞いてもいいか?」


「なに?」ニコニコ


「さっきから浮かべているその気持ち悪い満面な笑みを止めてくれ。」


「そう?僕はいつも通りだと思うけど?」ニコニコ


「だからそれを止めろ。見ているこっちが恥ずかしくなる。」


「えへへ、なんでこんなに嬉しそうなのか気にならない?聞いてみたくない?」


「いいや全く。」


「そこは普通に聞こうよ!?」


「お前の天使の笑顔があまりにもムカつくせいで聞く気が失せる。デスソースでもガブ飲みしてのたうち回ってくれ。それに俺が聞かなくとも別に話したきゃ勝手に話せばいいだろ。」


「それもそうだね。実は今度の土曜日、津守さんの自宅で誕生会をすることになってさ。それに僕も招待されることになったんだ。ほら、今週は色々あってそれどころじゃなかったし。」


「少し遅めの誕生パーティってことか。良かったな、好きな女の根城に攻め込む口実ができて。」


「せめて言い方を変えようよ…。それに君だって招待されているんだよ。なんでも、あの時のお礼がしたいんだってさ。…もしかして何かあったの?」


やれやれ、幕を下ろすには少し早いということか。仕方ない、こうなったらとことん最後まで見届けることにしよう。彼女たちの行く末を。…改めて借りも返したいしな。


「…いや、なんでもない。」


そして迎えた土曜日、津守家。


「津守さん、お誕生日おめでとう。これ僕からのプレゼント。」


「ありがとう、芳樹くん。早速だけど開けてもいい?」


「いいよ。」


言われるがままに開けたプレゼントボックスから出てきたのは…青いリボンが特徴的な髪留めだった。


「これは…髪留め…かしら?」


「うん、津守さんの髪留めボロボロだったから…嫌…かな?」


「そんなことないわ。ありがとう、大切にするね。」


「本当!?良かった!」


「どう?似合う?」


「うん!とてもよく似合ってるよ!」


貰った髪留めを装着し、髪を靡かせてみせる若菜と自分の渡したプレゼントを好きな人に喜んでもらえてご機嫌な芳樹。


しかしあいつもすっかり変わったな。以前のあいつは…なんと言うべきか優等生特有の近寄りがたい雰囲気?というものを常に肌でビリビリと感じていたが今は本当に楽しそうな顔をするようになったものだ。


俺の知る限りあいつのあんなに楽しそうな顔を見るのはこれが初めてだと思う。牛鬼が滅んで心の靄がすっかり消え去った事が一番大きいのかもな。まぁ、俺があいつのをよく知らなかっただけで本来の姿はこれだっただけかもしれないが。


「あ、そういえば和彦はどんなプレゼントを持ってきたの?」


「あぁ、俺はこいつを持ってきた。」


そう言って和彦は紙袋を若菜に手渡す。紙袋の口からは和彦が手編みで作ったマフラーと手袋がその姿を覗かせていた。


「…ぷっ、あははははっ!」


「…何が可笑しいんだよ。要らないなら返せ。」


「お嬢様、流石にそれは失礼かと。せっかく和彦様が心をこめ…っふふっ…。」


「そんなこと言っといて瑠衣さんまで笑って…ふふっ。」


「…お前ら…全員揃って消し炭にされたいようだな。」


「ひーっ、ひーっ、ごめんごめん。まさかあなたにこんな女の子みたいな趣味があるなんて思わなくて。…ありがとう、大切にする。」


「けっ、悪かったな、女みたいな趣味で。」


いつぶりだろう、こんなに息が苦しくなるまで笑ったのは。願わくばこの幸せな時間が永遠に続いて欲しい。…昔の私はそう願うだけで何もできなかった。だけど今は違う。もう二度と奪わせはしない。今度こそ何があっても絶対に守る。瑠衣も芳樹くんも父と母が命を賭して守ったこの街の全ても。


これは妖に全てを奪われたとある少女とその使用人の苦難と後悔と自責と決意が織り成す…もといこれから織り成していく物語。そして異世界帰り魔導王の憂鬱な日々のほんの一部であり一番最初の出来事である。


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