第37話 エピローグ 上

「かはっ、はぁ、はぁ、はぁ。」


(ちっ、よりにもよって鳩尾への膝蹴りが早めのクリスマスプレゼントになるとは嫌なサンタもいたもんだ。ぐっ、この様子だとアバラ2、3本は逝ってるな。)


次元超えで自宅に戻って早々、和彦はぬらりひょんから受けた渾身の一撃で折れてしまった肋骨の痛みに胸を押さえて苦悶の表情と額に冷や汗を浮かべながらベッドへと横たわる。


(予知で攻撃が来るのは分かっていた。別に体勢を崩したあの状態からでも避けられたが欲張ってあいつの油断を誘うためにあえて攻撃を食らったはいいが…やれやれ、慣れないことはするものじゃないな。ここまで追い詰められる状況に陥った事が一度もないから急所の外し方がいまいち分からん。まぁ、一月もすれば元に戻るだろう。あー疲れた。もうここから一歩も動きたくない。このまま眠りにつ…けさせてはくれないか。)


「で、何しに来たんだ?主のことが大好きで堪らないメイドさんよ。こんなところで油を売っている暇なんてないだろうに。」


骨折の痛みに耐えながら和彦はいつの間にか外から窓を開けて二階の自室へ入ってきた瑠衣に視線を送りながらそう問いかける。


「…なぜ怪我をしていないなんて嘘をついたんですか?」


「別に嘘なんてついてはいない。ただ、大したことでもなかったから言う必要もないと思ってな。それにあいつは人質の子供を助けるためにあんな辱しめを平然とやってのけるくらいの奴だ。自分たちを守るために俺が怪我を負ったなんて聞けば相当尾を引きずることだろう。それが嫌だっただけだ。安心しろ、臓器には刺さっていない。」


「でも!肋骨の骨折から来る痛みは相当のはず!」


「言っただろ、大したことはない。お前らがこの10年間、今まで受けてきた痛みに比べたらな。」


「ッ!!あなた、馬鹿なんですか!?この二週間、寝る間も惜しんで街中の凶暴化した妖怪を毎晩たった一人で討伐するなんてどうかしてます!命を助けた?だから問題ない?あなたはもっと自分を大切にしてください!そんなに苦しそうな目に遭ってまで助けられても嬉しくなんてありません!それでもしもあなたが死んでしまったら…私は…」


「お前…まさか泣いているのか?」


「泣いてなんていません!それよりも早くその上着を脱いでください!骨折の応急処置くらい私でもできます!」


「で、でもお前」


「早くしてください!男の裸体を見せられたくらいでもう動揺なんてしません!」


「お、おう。」


数分後


「これで大丈夫です。あとはしはらく安静にしていてください。それで元通りになります。」


「家事だけでなくこういうこともできるのか。上手いもんだな。」


「それと今日みたいに激しい運動と無茶は極力控えることもお忘れなく。大丈夫です。牛鬼もぬらりひょんも討伐済み。妖怪たちも自ずと沈静化していくことでしょう。後は私たちで何とかします。最後にもう一つ、先ほどは取り乱してしまいすみませんでした。それでは。」


「あぁ、ありがとな。」


そう言って和彦は窓から出ていく瑠衣を見送った後、再びベッドに横たわる。


(さっきと比べて呼吸がしやすい。痛みもかなり楽になった。丁寧な処置の賜物か。心配をかけないようにあえて黙っていたが、余計に心配をかけてしまうとは不甲斐なさもここに極まれりだな。)


迅速かつ適切な処置が施された箇所を手で擦りながらそんな思考を頭の中で展開する和彦。


どうしてそこまでして彼女たちを気に掛けるのか?そういう問いには答え兼ねる。なぜなら俺はただ頼まれた事を言われた通りやったに過ぎないからだ。


あの夜…俺があいつらの制止を振り切って牛鬼を殺しに向かったあの日の夜…自分の主人を鍛えて欲しいと使用人に頼まれたあの夜のことだ。主人のためなら命すら捨てることも厭わない使用人、そしてそれが愛して止まない命を投げうってでも守りたい主人、その二人の行く末を俺は見届けることとなった。


そうして修行を施すこととなった訳だがこの時の俺はどうせ耐えきれなくなりすぐに投げ出すだろうと思っていた。当然だ、極寒の地でたった一人置き去りにされて破壊できるかどうかも分からない土人形とひたすらにらめっこ。果てのない不安と少しずつ迫る死への恐怖が募る日々、常人なら2週間どころか3日と持たないだろう。


まぁ、ここでくたばるようなら牛鬼に挑むなど夢のまた夢、その程度の存在だったで当初の予定通りに俺が牛鬼を殺れば済むことだ。


だが俺の予想をことごとく裏切り、あいつはやり遂げた。しかも達成の最短記録まで大幅に更新するというおまけ付きでだ。そしてとうとう牛鬼まで倒した。


その後、ぬらりひょんが乱入して気付いた時には刀を抜いていた。それで俺はようやく理解した。なぜ無関係である筈のあいつらにここまで肩入れするのかを。


狼共によって校舎が倒壊した時だってそうだ。親友を助けてくれた恩返しとしてあいつらを狼から助けたことで片がついた。修行を施した時もただ使用人に頼まれただけに過ぎない。牛鬼が滅んだ今、短いようで長かったあいつらとの契約関係は終わり…のはずだった。


損得勘定など関係ない。ただ守りたい、助けたい。それだけだったのだ。


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