第35話 襲来、百鬼夜行 5

(ッ!さっきよりも速い!)


愛刀の長ドスを鞘に収めたぬらりひょんは抜刀術の構えを取るやいなや、掛け声と同時に大地を思いきり踏みしめ、和彦との間合いを詰めると首めがけて刀を抜いた。


1000年と少々もの歳月を戦いに費やしてきた修羅が、自身の持つ規格外の瞬発力と膂力、それら全てを乗せて放った渾身かつ最速の一撃。いくら異世界で魔導王と呼ばれていた男とて疲労困憊の状態で反応することは容易ではない。


「どうした、お主の全力はそんなものじゃないじゃろう!もっと本気で来い!」


(この状況じゃ来たくても来れねぇんだよ!くそっ、太刀筋ひとつひとつが変則的すぎる!予知を使わないと反応できない!しかも俺の攻撃はすぐに再生されて録に効きやしねぇ!そもそも俺は刀なんてほとんど握ったことがないんだよ!)


紙一重でそれを回避した和彦に待ち受けていたのは嵐のごとき猛攻であった。この光景を端から見れば互角の仕合を繰り広げているように見えるだろう。しかし、実のところ和彦には剣道の心得など皆無に等しいドが付く程の素人である。片や相手は1000年という膨大な時を全て捧げてきた剣鬼。いくら馬力で勝っているとはいえ、蟻と象、紙と鋼、幼児と大人、踏んだ場数や経験値の量では勝負にならないのが分かりきっている。


しかし、それでもなお、和彦がこうして対等に渡り合えているのは時空間魔法のひとつ、未来予知で相手の動きを先読みしているからだ。


そもそも和彦はこういった近接戦闘を主とする戦い方を得意としていない。幼少期から習っていたボクシングに至っても、拳を握るために杖を手放してしまえば魔法が使えなくなり、本末転倒である。


何が言いたいのかというと、RPGゲームの魔法使いに魔法を使わせず、剣や拳を使わせたところで大したダメージも稼げず、そればかりか前衛に出てしまうことで余計にダメージを多く受けてしまって何の役にも立たないという事だ。


異世界ローダリオスにおいて魔法を扱う人間の事を総称して魔法使いと呼ぶ。また、それらを極め、かつ戦場で輝かしい功績を幾度となく挙げてきた魔法使いのことを魔を導く者と書いて魔導師と呼ぶ。全ての魔法使いは、この名誉ある勲章を求めて日夜、知識の蓄積、技術の研鑽に励んでいるのである。(ローダリオス魔導文献、第1章より一部抜粋)


そして、その過酷な競争を勝ち続けてきた選りすぐりの中で最も優れた魔導師のみが名乗ることを許される称号を魔を導く者の王、魔導王と呼ぶ。


また、この称号は決闘による襲名制であり、より強い者がそれを引き継ぐことができる。しかし、今までこの決闘に勝った者が存在しないため、実質、この称号を持つ者は永きに渡る魔法の歴史上、ただ一人のみ。その王座を常に独占してきた一人こそが、和彦の師匠にして命の恩人、アークリア。そしてそれの正当な継承者が広川和彦である。


話が長くなってしまったが、和彦の強みはそのバリエーション豊かかつ高威力の魔法にこそある。気が狂いそうになるほどの修練で得た無尽蔵の魔力と膨大な魔法に関する豊富な知識、それらが組み合わせされることで初めて彼の真価が発揮されるのだ。魔王との戦いでも終始、囮として活動しており、戦闘は勇者に任せていたのもそれが理由で、本来は相手を寄せ付けない遠距離からのフルファイアに加えて未来予知による動きの先読みで回避する暇を与えないまま敵を殲滅していく戦い方が彼の王道であり、勝利の方程式である。


あえて例えるとすれば、この世の原典全てを手中に収めたどこぞの聖杯争奪アニメに出てくる黄金の鎧を身に纏った傍若無人な最古の英雄王。あれが一番近いだろう。


ところが現在、火力が強すぎることがかえって裏目に出てしまい、周りの民家や一般人、それらを巻き込みかねないことで彼は迂闊に魔法を使えず、その強みが全く生かせない最悪の状況に立たされている。


魔法を詠唱しようとすれば、それに集中するために現在使用中の身体強化を解除しなければならなくなり、ほんの1秒に満たないかどうかの些細なものとは言え、僅かな隙が生まれてしまう。当然、彼女がそれを見逃すはずはなく、和彦の首は詠唱が終わる前に胴体と泣き別れすることとなるであろう。


命を掛けた真剣勝負において1秒の隙というのは勝敗を決める上で充分過ぎるくらいに大きい。迂闊に行動できないのも無理はないだろう。


しかし、彼だってこのまま黙ってやられてしまう程に全く打つ手がない訳ではない。攻撃魔法が使えずともぬらりひょんを無力化する方法などいくらでもある。しかし、魔法とは呪文によって森羅万象を魔力で事象の改変が成立する。


(ほんの1秒だけでいい、こいつが何か動揺、あるいは怯んだりすれば…あ・れ・を使うことがてきれば…この状況をひっくり返せる。)


「とか考えてそうな顔をしておるのう。そんな隙など与えるものか。」


(ッ!?読まれた!ま、まずい、取り乱した!)


「隙ありじゃ!」


「グガッ!?」


心の内を見透かされたことに動揺したことで足元の石ころに躓いた和彦はバランスを崩し、ぬらりひょんの飛び膝蹴りを鳩尾に受けて大きく後方に吹っ飛ばされた後、背中から焼け焦げた津守邸を取り囲んでいた塀に激突する。


「勝負ありじゃな。」


(もはやこれまで…か。)


塀際に追い詰められ、もう後がない和彦にぬらりひょんはそう言って長ドスの先端を和彦の喉笛に突き付ける。

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