第33話 襲来、百鬼夜行 3
「はぁ、はぁ、急がなきゃ。」
「お嬢様、牛鬼から受けた傷が拡がってしまいます。もう少しペースを落としましょうか?」
「大丈夫、それよりも早くこの場から少しでも離れてあいつの戦いの邪魔にならないようにしないと。今の私たちにはそれくらいしかあいつの力になれない。」
和彦がぬらりひょんと死闘を繰り広げている中、若菜と瑠衣は和彦の邪魔にならないように石階段を降りている途中であった。
「仰る通りですね。誰かが自分達のために戦ってくれているのに肝心の私たちはただ逃げるだけでなにもできないのは悔しいものです。…10年前もそうです。燃え盛る津守邸から私がお嬢様の肩を持ってこうやってこの石階段を無力感にうちひしがれながら降りてきましたっけ。その時の足取りは鉛の塊を全身にくくりつけられたように重いものでした。」
「ええ、そうだったわね。…ねぇ、瑠衣。あいつ、本当に大丈夫だよね?きっと帰って来るよね?もしもあいつが死んだりしたら…私は…10年前の父と母と同じようにまたしても見殺しにしてしまうことに…そしたら…私…今度こそ自責の念で自ら命を絶…。」
パチン
「えっ?」
「お嬢様、本気で仰っているのですか?」
つい先ほどまで自分の肩を担いで石階段を降りていた瑠衣から唐突なビンタを貰うという突拍子もない出来事に困惑する若菜。それをよそに瑠衣は話を続ける
「なんで彼が自ら残ってまで私たちを逃がしたのか分かっているのですか?それだけではありません、彼がお嬢様が修行に集中できるようにと、この2週間、あなたの代わりに街中の凶暴化した妖怪たちを一人で討伐してくれていたことをあなたは知ってて言っているのですか?」
「そ、それは…」
「命の恩人に対して自ら命を絶っても何の恩返しにもならないどころか最大の冒涜です。あなたを想ってくれている全ての人間のためにも命を絶つなんて間違っても二度と言わないでください。今の私たちがするべきなのは彼の勝利と無事に帰ってくることを信じることです。今度言ったりしたらまた打ちます。」
「ごめん、流石に軽率だった。もう二度とそんなこと言わない。約束する。」
やがて石階段を降り終えた若菜と瑠衣は山の麓から和彦とぬらりひょんの壮絶な戦いをただ見届けるばかりであった。彼が生きて戻ってくることを信じて。
「お主に殺されるのもこれでだいたい2000回目くらいかの。本当に恐ろしいやつじゃわい。並みの妖怪ならとっくにお主の勝ちだったじゃろう。」
「はぁ、はぁ、そんな状態でよく喋れるもんだ。それほどの傷、普通なら激痛でのたうち回っているはずだろうに。」
「なはは、儂を侮るでないわ。この程度の怪我で無様に悲鳴など上げておったら百鬼夜行の総大将など務まらんわい。」
(やはりただ闇雲に斬るだけじゃ駄目か。せめて魔法が使えればな。)
四肢を切り落とされて仰向けに倒れているぬらりひょんと度重なる疲労が蓄積されて息切れを起こしている和彦。加えて周囲にくっきりと付けられた大量の斬撃痕。戦いが熾烈を極めた証拠である。
妖怪を滅ぼす方法は基本的に二つ。太陽の光を浴びせる、あるいはそれに近い攻撃を加えること。言い換えれば、それらの条件を満たしていれば術式以外の攻撃も通用するということである。
異世界でアークリアの指導の元、火、水、土、風、光、闇の全六属性の魔法を余すことなく習得した和彦。そして当然、その手の類いの攻撃手段は持ち合わせている。それらを最初から使っていればぬらりひょんなど蟻や蝿を潰す以上に容易く殺すことができるだろう。
しかし、それを彼はあえて使っていない。正確には、使おうと思えば使えるが使えない状況に立たされていると言った方が正しいだろう。
その理由は主に二つある。一つ目は単純に相手の隙がなく、魔法を詠唱する暇がないこと。先ほどまで死に続けていたぬらりひょんはこの短時間で少しずつだが和彦の攻撃に対応できるようになっており、徐々に死ぬ回数も減ってきている。このまま攻撃を続ければやがて見切られるのは時間の問題である。
そして二つ目は威力が強すぎて周りの人間や住宅に被害が及ぶことである。初級の攻撃魔法ひとつでも使えば冗談抜きでこの偶鱈町そのものが地図から消える恐れがあるのだ。前回は自宅の天井をぶち抜いただけで奇跡的に死者が出なかったが今回はマジで洒落にならない事態も充分あり得る。
(もっとも、全盛期ならこんな窮地に陥ることなんて絶対になかったんだがな。帰還したが故にできてしまった弱点ってやつか。こうなるなら、もう少し手加減の練習でもしておくべきだった。)
「それはそうと、肉体が元通りになるまでの間、お主に聞きたいことがあるんじゃがよいかの?」
「何だ?ついに大人しく殺される決心でも付いたのか?」
「そんなんじゃないわい。ただ、少し気になっての。何であの二人をそこまで守ろうとする?自分より弱い者のことなど放っておけばよいものを。そこが儂にはどうも理解できん。お主にとってあの二人とはなんなんじゃ?」
「…ただのクラスメイトだ。それ以上でもそれ以下でも何者でもない。そんな事を聞いて何になる?お前には関係のないことだ。」
「本当にそうか?実はあの陰陽師の小娘に想いを寄せていたりとかそういうのはないのかの?」
「しつこいやつだ、あの女に恋愛感情など一切持ち合わせてもいないし、これから持ち合わせる気もない。」
「なるほどのう。なら、お主の好みは隣にいたメイドの方ってことになるんじゃな。」
「どうしてそういう思考にたどり着く。ぞもそも俺は女などに興味は…」
「いや、さては主人とメイドをまとめて犯すのがお主の性へぎゃはっ!」
「それ以上続けたらそのやかましい舌を引っこ抜く。…いつまでそうしている気だ?休憩はもう充分だろう。さっさと掛かってこい。肉体も既に再生し終えたことだろうしな。」
「なはは、それもそうじゃの。お主の動きも完全に見切った。この戦い、次で決着じゃ。」
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