第32話 襲来、百鬼夜行 2

「あの二人をわざわざ逃がして自分だけ残るとはお主、目付きの悪い割には優しいやつよのう。それほどの力を持っていながらお主のような不思議なやつは初めてじゃわ。儂が出会ってきた人間はどいつもこいつも力ばかりを求めて儂の首を狙っておったというのに。ひょっとしてお主、力に興味がないのか?」


「俺にとって力とは目的を達成するための手段に過ぎない。ただ、それだけの力が必要だったからここまで強くなった…それだけのことだ。質問の返しとはいかないが、こちらからも聞きたいことがある。何故、あいつらを狙った?」


「そんなの決まっておる、強いからじゃ。強いやつと戦う、そして勝つこと。それこそが儂の生き甲斐だからの。お主の逃がした小娘、齢は15、6といったところかのう。いやはや、あの若さであれほどの実力とは、まだまだ伸びしろを感じさせるわい。最近の陰陽師たちはどうも味気がなくてつまらん。しかし、人間とは実に興味深い。ほんの少しつついただけで壊れる脆弱な人間が上級妖怪である牛鬼を倒したのだからな。儂ら妖怪を含める全ての生き物たちの中で唯一、無限の可能性を秘めた存在じゃ。」


「確かにお前の言うことは正しい。その気になれば人間にできないことなどない。魔力が少な過ぎて簡単な魔法ひとつ録に使えなかった俺がこうして不可能と言われた元の世界への帰還を成し遂げたようにな。さて、与太話はこれくらいにしてそろそろ始めるとしようか。こっちも寝不足で強烈な睡魔が襲ってきて色々と限界が近い。」


「なはは、京都三大妖怪たるこの儂を前にしてその余裕、気に入ったぞ、儂も全力で相手をしてやろう!さぁ、いつでもどこからでも掛かって来るがよい!」


「あぁ、言われなくてもお望み通り、も・う・す・で・に・切・っ・た・ぞ・。」


(な、わ、儂の身体が!?)


長ドスに手を添えて、抜刀術の構えを取っていたぬらりひょんは驚愕の表情を隠せなかった。なぜなら顔を除く自分の肉体から…肉が削がれ、骨だけがむき出しになっていたからである。


(こやつ、儂の内臓、皮膚、筋肉のみを全て削り取ったじゃと!?馬鹿な、この儂が全く反応できないまま一方的に切られたというのか!?しかも、切られたことにすら気付かないほどに!これほどの芸当をこうも容易くやって見せるとは…!)


「…この生きるか死ぬかの瀬戸際のやり取り、久々に全身に流れている血という血が沸騰してきおったわ。」


「そうか、勝手に沸騰してろ。できればそのまま蒸発してくれるとありがたいな。お前があまりにも鬱陶しすぎて頭がどうにかなってしまいそうだ。」


「せっかく新月漂う夜の下で美女と男が二人きりだというのにつれないやつじゃのう。どうじゃ?ここでひとつ、夜伽でも交わして初めてでも捨ててみないか?」


「死んでもお断りさせてもらう。お前のような妖怪なんかと誰がするか。それと、もうひとつ言っておく。俺は…とっくに捨てている。」


「ぐっ!?」


(加速した!?それにさっきよりも斬撃が細かい!)


いくら攻撃をしてもすぐに再生され、大した傷を与えられないことに焦りを覚え、悪態を突きまくる和彦は仕込み杖を強く握りしめ、再び不可視の斬撃を繰り出し、相手を切り刻む。


すると、あら不思議。先ほどまであんなにうるさかった騒音発生装置は…なんということでしょう、音ひとつ立てない世にも珍しい妖怪のサイコロステーキになっているではありませんか。


こうして、睡眠不足でストレスが溜まっている青年は、無事に家に帰り、百鬼夜行の総大将(自称)はパック詰めにされて全国のスーパーや精肉店に並び、人々のお腹をいつまでも幸せに満たしてくれるのでありました。めでたし、めでたし。


「って、勝手に話を終わらすな!それと勝手に殺すな!というか、なにしれっと儂を出荷しようとしとるんじゃ!」


「ちっ、生きてやがった。もういい加減に死ねや、アホ。付き合わされるこっちの身にもなれ。」


「くぅ、この儂がここまで苔にされるとは。まぁ良い。どれ、気を取り直して試合再開といこうかの。お・主・の・弱・点・も既に見抜いた。ここから形勢逆転じゃ。」


(あの売女、とうとう気付きやがった。くそっ、だからさっさと勝負をつけたかったんだがな。ここまでやるとは流石に予想外だった。)


「では、行くかの。」


そう言ってぬらりひょんは長ドスで和彦へと斬りかかる…が、またしても和彦の手によって細切れにされた。しかし、驚異的な再生力ですぐに元通りとなり、再び斬りかかる。これをただひたすら繰り返すこと2時間。


「ふぅ、やはり手強いのう。ここまで軽く1000回はお主に殺されたわい。」


(はぁ、はぁ、はぁ、まずいな、このままじゃ俺の体力が先に尽きる。)


一般的に人間には全力で運動できる時間というものが存在する。そして、それを過ぎてしまうとその代償として急激な疲労が肉体にのし掛かってくる。たった十数秒に全てを捧げた短距離走の選手や相撲の力士などがもっともな例だろう。


対して妖怪にはそれがない。無尽蔵の体力で常に100%の力を発揮することができるのだ。


何が言いたいのかというと、いくら身体能力を強化したところで人間の身では限界があるということである。所詮は妖怪と人、生まれ持った特性まではどうしようもないのだ。その差を埋めるために術式というものが開発された訳なのだから。


(体力の消耗だけでなく、睡眠不足も合わさって余計に疲労が溜まる。くそっ、これは腹をくくる覚悟で挑まないとマジでヤバいな。)


「さて、どんどん行くかの。どこまでついてこられるか楽しみじゃわい。」


悪い夢はまだまだ始まったばかりである。

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