第31話 襲来、百鬼夜行 1
とまぁ、前置きはこのくらいにしてそろそろ話を戻すとしよう。
突如として和彦、若菜、瑠衣たちの前に現れた謎の女。突然の登場という点においてもすでに異彩を放っている彼女だが、それよりもさらに異彩を放っているのはその容姿である。
灰色の長髪に、凛々しい顔立ち。顔だけ見るなら秀麗の美男子と言われても差し支えないくらいに整っている。
ほぼ2メートル近い和彦と同等とも言える程の高身長。
染みひとつない胸の谷間が強調された白い和服の上に黒い羽織を肩にかけて身に纏い、はち切れんばかりの二つのマシュマロが飛び出さぬよう胸にはサラシを巻いている。
和服を結ぶ帯には映画などで見かける長ドスを携えており、絵に描いたような極道を体現したかの如く、凛とした雰囲気を漂わせていた。
さて、そんな絶世の美女が突然、自分の目の前に現れた。あなたならどうするだろうか。声をかけるなり、口説くなり、運が良ければ一緒に酒を飲んで見事にお持ち帰りできるかもしれないと考えるだろう。
こんなものが夜の銀座や六本木なんかをほっぽり歩いていたらまず間違いなく性欲の塊とも言える世のありとあらゆる男どもはこぞって身体目当てに近づいていくだろう。
そんな性欲の塊の皆さんにアドバイス。他の女だったらナンパなり好きなだけするといい。だが、この女だけはやめておいたほうがいい。
理由は二つ。この女は人間じゃない、妖怪だ。そして、もうひとつは…
「「え?」」
「ほう、儂の攻撃を受け止めるか。」
気に入った相手に対して誰彼構わず殺しを前提とした戦いを挑んでくるからだ。
(もし俺が動いていなければこの長ドスは間違いなく、あいつらを貫いていた。こいつ…初めから殺す気で来やがったな。ならばこちらもそうするまでのことだ。殺られたんだったら殺り返す。殺り返しだ。)
突如として繰り出された長ドスを咄嗟に抜いた仕込み杖で受け止める和彦。その後、瞬きすら許さぬ神速の如き剣捌きで顔、胴体、首、両腕、両足を同時に切断。長身の女、もとい、だった肉片はゴトリと音を立てて地面に落ちるのだった。
(けっ、大したことないな。なんだったんだ?こいつ。いきなり現れたかと思いきや、いきなり襲いかかってきやがって。)
「おい、大丈夫か?怪我なんかはないな?」
「え、ええ。大丈夫…よ。」
「わ、私もお、同じ…く。」
(なんだ、こいつら?さっきまでプレイヤーを追いかけてくるホラーゲームに出てくる怪物みたいに青ざめた顔していたくせに、今度は二人揃って目玉なんか丸くしやがって訳が分からん。肝臓でも膨らませてフォアグラでも作る気か?)
「それより、あんた…ッ!?やっぱり駄目か!!化け物め!!」
(さっきから何言ってやが…あらら。そういうことか。はぁ、やれやれ、炬燵とココアはおあずけ…だな。)
「なはははは、参った参った。まさか、この儂が真正面から物切りにされてしまうとは。いやはや、こんな経験は400年ぶりじゃのう。世界とは広いものじゃ。」
振り返ると、つい先ほど和彦の手で肉片と変した長身の女が、何事もなかったかのように五体満足で地面に立っていた。
(おいおい、これは何かの冗談か?夢なら早く覚めて欲しいものだ。幻術?いや、肉を切ったあの確かな感触、手応えは間違いなくあったはず。まさか、あの傷で再生したのか?勘弁しろよ、こっちは割りと本気で切ったというのによ。)
「…おい、何の真似だ?お前ら。」
「逃げて…早く!」
「ここは私たちにお任せを。大した時間を稼ぐことは出来ないかもしれません。ですが、あなた様には大きな借りがある。ここで死なせるわけにはいきません!」
突如として、和彦の前に割って入ってきた若菜と瑠衣。その顔に浮かべている表情には、まるで死を覚悟したかのような鬼気迫るものを感じさせる。
「やつは…百鬼夜行の総大将にして京都三大妖怪の一角、ぬらりひょん。」
京都三大妖怪。日本全国、津々浦々に存在している何千、何万もの妖怪たち。それらの頂点に君臨する妖怪はわずか三匹のみ。
妖と人間たちとの飽くなき戦いの最前線、激戦区、総本山、言い方は色々あれど1000年という長きにわたる歴史を持つ京都において最強の名を欲するがままにしてきた者たち。
あまりにも強すぎる故に誰も勝てないことから生きる天災、絶望などと呼ばれ、人々から畏怖の対象となっている。
彼らと対峙したことで自分の命が惜しくなったり、圧倒的な実力差を思い知らされて心をへし折られたことでその業界から去っていく陰陽師も少なくないのだとか。
先ほどのように肉体を細切れにされても瞬時に復活する驚異的な再生力、山ひとつを余裕で破壊できる程の戦闘力、それら二つに加えて太陽の光すら克服しており(消滅はしないが弱体化はする)、術式が効きにくい。
「だから…」
「…ぷっ、あっはっはっはっはっは!!」
「な!?こんな時に何がおかしいのですか!?」
「いや、失礼失礼。まさか、女に守られる日が来るとは夢にも思わなくてな。逃げろ…と言われてもその傷でどれくらいの時間が稼げる?どのみち逃げ場などないに等しい。なら、作るしかあるまい。」
「む、無茶よ!いくらあなたでもあいつには勝てない!」
「あぁ、そうだな。お前らがいると本気が出せない。だからさっさと退散しろ。そしたら遠慮なくこいつを殺れる。」
「で、でも!」
「失せろ、無能、足手まとい、お荷物、能無し、役立たずって言えば分かるか?もう一度言う、邪魔だ、消えろ。…早くその怪我を治療しろ。それで死んだら末代まで呪い殺してやる。」
「「ッ!!」」
和彦の容赦ない一言を聞いた後、若菜は瑠衣に肩を貸してもらいながら渋々その場から退散するのだった。
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