第30話 少女と因縁、時々、異世界帰り 終
「津守流術式その終、別天津風ことあまつかぜ。」
「病魔駄ノ愚血やまたのおろち。」
牛鬼と若菜。命の危機迫るこの極限状態において持てる力を全て総動員し、互いに自身が今この瞬間に出しうることができる最高にして最強の大技を全力でぶつけ合う。
「き…君、結構やる…じゃん。ふふふっ、でも…ハァ…限界が…近いよう…だね。」
「馬鹿言う…んじゃない…わよ。そ…っちこそ…息が…切れて…辛そう…だけ…ど?」
両者、一歩も譲らないまま、大技同士のぶつかり合いによる膠着が続く。実力はほぼ互角。後は牛鬼は若菜から受けた傷、若菜は牛鬼から貰った毒にどれだけ抗えるか、大技による気力と体力と精神力がどれだけ持つかの持久戦である。
「ははっ、どうしたのかな?さっきまでの威勢はどこに行ったんだい?」
「ぐっ!?」
(まずい、このままじゃ力で押し負ける!お父さん、お母さん。お願い、私に力を貸して!)
自分が予想していたよりも毒の進行が早く、その影響で力が思うように出なくなってきた若菜。
しっかりしろ、私。ありったけの力を全て出し切れ。身体に掛かる負担など考えるな。全身の筋肉や骨がズタズタになってしまおうが、目や耳といった五感の全てが使えなくなくなろうがそんなことは関係ない。牛鬼こいつに勝てるならどうなったっていい。だから、今だけ全て…いや、己の限界を超えろ。
「ハアァァァァ!!」
「ば、馬鹿な、僕が…押されてる?な、なんだ、その力は!?そんな死にかけの身体のどこにそんな力が残っている!?あり得ない、この僕が…負ける?僕は…私はまた負けるのか?あ・の・女・にもあの男津守雄一にもその娘にすらも負けるのか?嫌だ、死にたくない…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁー!!!!」
10年の歳月を経て復活した牛鬼は、若菜の放った術式により塵ひとつ残さず、完全に消滅するのだった。
「や、やった、倒した。ついに終わった。これでやっと…前に進める。」
(お父さん、お母さん、見てる?仇、取ったよ。)
自分の限界を超えて力を使い果たした代償や蓄積された疲労と目的を達成したことによる安心感が同時に襲ってきたことで膝から崩れ落ちる若菜。
母親が作ってくれたすっかり古びているお守りを大切そうに胸へ押し当てており、目からは長年の悲願を達成した者だけが流すことを許される大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
(クソッ、肉体の崩壊が止まらない!この私が負けるだと?こんな小娘ごときに?ふふははははは、そんなものは何かの間違いだ。そうだ、私はまだ負けてなどいない。私が唯一負けた相手はこの世でただ一人。あの女…ぬらりひょんのみ。そもそもあんな出鱈目な怪物との戦いを敗北のひとつに数えること自体が間違いだった。つまり、私は今まで誰にも負けたことなどないのだ。あの男との戦いだってそうだ。最後には私が勝った。やつの身体を乗っ取ってな。)
「クククハハハ、この戦いの結末は小娘、お前の肉体を乗っ取ったことによる私の勝利だ!…へ?」
「消え失せろ、人ならざる者よ。この戦い、貴様の負けだ。お前の出る幕は…どこにもない。さっさと成仏するがいい。」
滅びゆく間際、牛鬼は最後の力を振り絞り、満身創痍で動けない若菜に狙いを定め、津守雄一の肉体を奪ったときのように今度は若菜の肉体を乗っ取ろうと襲いかかる。
それを待ってましたと言わんがばかりに神速の如く和彦は仕込み杖を抜き、切られたことにすら気付かないまま、牛鬼は首を切り落とされ、今度こそ塵ひとつ残さず完全に消滅するのだった。
「うっ…ううっ…ひっく…ううっ…やったよ、瑠衣。私、ついにやったよ。」
「お嬢様、ご無事で何よりです。本当に…本当によかった。」
10年にわたる因縁に終止符を打ち、積年の悲願を達成したことで嬉しさと悲しさといった色々な感情が込み上げてきた若菜と、主人のことが心配で堪らなくなり、ここまでやってきた瑠衣は涙を流しながら互いを抱き締め合う。
「…おめでとさん。」
(しばらくそっとしといてやるか。どうも俺はお呼びではないようだしな。目の上のたんこぶも消えた。今夜は久々にゆっくり眠れそうだ。)
誰にも聞こえることのないような小さな声で和彦は二人に向けてそう呟き、この場を立ち去ろうとしたその時だった。
どこからともなく吹いた突然の突風にこの場に設置されていた全ての松明の炎が消える。しかし暗闇が全てを覆い尽くしたのもつかの間、突風は収まり、再び全ての松明に炎が灯され、辺り一面を煌々と照らし出す。
(うー、寒っ。やはり真冬の夜風は身体に応えるな。さっさと家に帰って炬燵に入りながらココアでも飲んで暖まるとする…か?)
変だな。あの二人、さっきまであんなに泣いていたくせに今度はこの世の終わりでも近づいてきた時みたいに青ざめたような顔をしてどういう見解だ?…まるで何かに怯えているかのように二人揃って一点ばかり見つめやがって。
「な、何で…やつが…こんなところに…」
全てが丸く収まり、晴れやかな気持ちでいざ自宅へ帰ろうかというその矢先、二人の視線の先にあるものがとても気になった和彦はその方向に目を向ける。
女だ。女がひとり、不適な笑みを浮かべてそこに突っ立っているのだ。
とうとう出てきやがったな。俺の人生において厄介で煩わしいやつがまたひとり、増えてしまった瞬間である。まさか、記念すべき初会合が血で血を洗う殺し合いになるとはな。願わくばこんな出会いは二度と起こらないでほしいものである。
…まぁ、某有名バトル漫画の巨大な竜が出てくる七つの玉に願っても絶対に叶わぬ願いであると後々に思い知らされることになるのはまた先の話になるのだが。
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