第28話 少女と因縁、時々、異世界帰り 3

「…勝負ありね。」


「あらら、参ったね。このままだと大量出血で死んじゃうよ。まぁ、妖怪だから日の光と術式以外じゃないと死なないけど。」


下半身が術式による攻撃で消失して仰向けになっている牛鬼に対し、若菜は勝利宣言の代わりに呪符を突きつける。開始からわずか10分足らず。あまりにも呆気なさ過ぎる決着であった。


だが、それは牛鬼が弱いのではない。むしろ、腕利きの陰陽師50人を凌駕する上級妖怪すら圧倒する若菜が強すぎるだけなのだ。


雑魚にすら死にかけていたあいつがよくここまで強くなったものだ。恐らく、成長性なら今まで会ってきた中で一番高い。才能の塊とも言えるあの勇者たちでもここまで高くはなかった。


お前の努力を否定したくなかったからあえて言わなかったが、はっきり言わせてもらう。お前は間違いなく天才だ。なにせ、あの修行をわずか2週間で終えてしまったんだからな。


俺が課したあの修行、力の操作は口だけで言えばどうとでもなる。だが、実際にやるとなったら話は別だ。


なにせ、俺の作ったあのゴーレムはある一定の方向に力を加えないと絶対に破壊できないように設定している。


ほんの少しでも力がぶれてしまえば破壊はおろか、どれだけ攻撃しても傷ひとつつけることすら叶わない。これを破壊するには力を100%完璧に流し込める程の高度かつ繊細な技術が必要となってくる。


現にあちらの世界で歴代最強と謳われた洋介や優香といった勇者たちですら、この修行をクリアするのに2ヶ月もの時間を費やしたことを考えればその凄さがお分かりいただけることだろう。


才能に恵まれなかったことで色々と苦労した落ちこぼれの俺からしたら、それこそ身を焦がすほど嫉妬してしまいたくなるほどに。


その天才が10年間、ひたすら鍛練に鍛練を重ねてきたんだ。上級妖怪程度の相手に勝てぬ道理などあるはずがない。むしろ、これで勝てない方が無理な話である。


例えるなら最初の町のスライムをレベル10で戦って倒すなと言っているようなものである。それだけ今のあいつと牛鬼との実力がかけはなれているということだ。


誰がどう見たって牛鬼に勝ち目はない。だというのに、なんであそこまで余裕でいられるのだろうか。実力差は火を見るより明らかだ。何か切り札や奥の手でも隠しているのか?


…自分が格下だと思っていた相手に殺されそうになっているという現実を直視できなくなって頭がおかしくなり、笑うしかないという可能性もあるが。


「これから死ぬ前に言い残すことはある?最後だから特別に聞いてあげる。」


「うーん、どうしようかなぁ。じゃあ、せっかくだし言わせてもらうよ。君ってさ、人の形をした妖怪って殺したことないでしょ?」


「…なんのことかしら。気でも狂ったようね。」


「だってそうとしか思えないじゃん?親を殺した仇であるはずの僕を殺さないどころか遺言まで聞いてくれるなんて殺すのを迷っているか余程のお人好しじゃないとそんな事あり得ないもん。本当に殺したいやつはね、命乞いをしようが泣きわめこうが何も躊躇せず殺すのが普通だよ。僕が君の両親を殺した時見たいにね、ふふふっ。まぁ、当然だよね。同じ皮を被った者同士なんだから見方を変えれば殺人を犯すようなものだし。」


「…言いたいことは終わり?じゃあ、さっさと成仏してくれるかしら。もう声どころかあなたの顔を見るだけで生理的な嫌悪感を覚えてくるわ。」


「うん、僕の言いたいことは終わりさ。ありがとう、ご丁寧に最後まで聞いてくれて。これで心置きなくお別れが言えるよ。こ・れ・か・ら・あ・の・世・へ・旅・立・つ・君・に対してね。」


「ゴホッ!?」


(攻撃!?一体どこから!?不意打ちには万全の警戒をしていたのに、こいつはひとつもそんな素振りをした様子はなかった!毒にだって細心の注意を払ったからこそ攻撃の届かない遠距離からの集中砲火をメインに立ち回っていたのに!)


「何が起こったのか分からないって顔をしているね。話を聞いてくれたお礼に教えてあげようかな。君が僕の毒攻撃を警戒して距離を取ったところまでは悪くない判断だったよ。おかげで僕は自分の持ち味を全く生かせなくてこうして蜂の巣にされた訳だし。でも君はひとつ大きな勘違いをしていたようだね。僕の毒が爪だけに含まれていると勝手に思い込んだ。それが君の敗因さ。」


「ま、まさか…血にも?」


「そういうこと。察しの通り、毒は僕の血液にも含まれているんだ。君はまんまと気化した僕の血を知らないうちに空気と共に吸っていたってことさ。いや、それだと正しくないか。爪による毒はこれを応用したようなものだし、むしろこっちが本命なんだよね。身体能力はもちろんのこと、相手との戦いで傷つけば傷つくほど、不利になればなるほど、ピンチになればなるほどに僕が有利となっていく。これが僕の能力、禍玉ノ愚血まがたまのおろち。」


(まずい、毒で意識が朦朧としてきた。しかも、体が痺れて動かない。全身が焼けるように熱くて内臓や骨が圧迫されるように痛い。)


「ははっ、立っているのがやっとでしょ。ちっぽけな爪の毒の数十倍以上はある濃度を持つ僕の気化した血を肺で直接、吸ったんだから。むしろ、これでまだ生きている方が奇跡だよ。しかし、親子揃って馬鹿だね。僕の話なんか素直に聞いてないでさっさと殺してしまえば毒に感染することもなかったのに。」


(全くもってその通りだ。さっきまで勝っていたはずなのに、なんという体たらく。)


「さてと、そろそろ殺して楽にしてあげるよ。毒も全身に巡ってきてとても辛そうだし。よかったね、これであの世で待っている両親と再会できるよ。」


毒の影響でとうとう立つこともできなくなり、膝をつくのが手一杯の若菜の命を刈り取る凶刃はすぐそこまで迫ってきていた。


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