第27話 少女と因縁、時々、異世界帰り 2
「いやー、今日は幸せな日だよ。ふふっ、神様に感謝しなくちゃね。君を徹底的に陵辱してからぐちゃぐちゃに殺せるんだから。」
「…確かに今日ばかりはあなたの言うとおり、神に感謝するのも悪くないわ。ようやくあなたを地獄へ送ることが出来るんだから。」
互いに好意も善意も一切存在しない挨拶を交わし合った後、二人はそれを境に、今すぐ殺し合いでも始めてしまいそうな程の不穏な空気が周囲に漂い始める。一触即発とはこういう時に使うべき言葉なのだろう。
「さてと、時間も惜しいし、早速、始めようか。そこにいる彼氏さんにもこれから大切な彼女がどんな目に遭うのか、特等席で見せてあげ…!?」
「勘違いするな、俺はこいつの彼氏でもないし、お前のような人間もどきの味方でもない。俺の平穏な生活と大切な家族を脅かすお前のような癌は不快以外、何でもない。下手な事を口走るな、次は本当にお前の息の根を止めるぞ。」
いつの間にか、仕込み杖を鞘から抜いて右手に握りしめていた和彦は切り落とした牛鬼の頭を左手に持って語りかける。
(あの牛鬼を音ひとつ立てずに一瞬で首を切り落とすなんて…いまだにこいつの強さの底が全く見えてこない…敵でなくて本当に良かったわ。)
「仕切り直しだ、さっさと再生しろ。そんでもって、とっととあいつに殺されろ。最近、忙しくて睡眠不足でイライラしてんだよ。」
「わ、分かったから、だから、手を離して!こ、殺すのだけは!」
そんなこんなで閑話休題 そのまましばらくお待ち下さい
「さて、これから決闘の立会人を務めさせていただくうえでお前らにひとつ言っておくことがある。俺は基本的になにもしない。強いて言うなら、ただ、見ているだけだ。たとえどちらかが死にかける、あるいは死んでしまうことになろうが関係ない。中立を貫かせてもらう。それが決闘というものだ。双方、異論はないな?」
「ええ、もちろんそれで異論はないわ。元々そのために来たんだし。」
「僕も賛成だよ。ふふっ、これで心おきなく君をズタズタにできるよ。」
「その台詞、そっくりそのままお返しするわ。すぐにでも地獄へ送ってあげるからさっさとかかってきなさい。」
(いよいよ始まるな。さて、勝負の行方をじっくりと拝むとするか。…まぁ、予知を使えば一発で分かるんだが、それじゃ面白くない。時にはどう転がるか分からないからこそ面白いものだってある。見せてもらおうか、お前の修行の成果とやらを。)
「……」
「……」
両者、共に沈黙を貫き、間合いを保ちながら互いに出方をうかがって一歩も動かず、ただ、時間だけが無意味に過ぎていく。
そして、一枚だけ木に残っていた枯れ葉が、吹き荒れる風に耐えきれなくなり、まるで両者との間に割って入るかのごとく、ヒラヒラと吸い込まれるように落ちてきた。
それを境に、戦いの火蓋は切って落とされる。先に仕掛けてきたのは牛鬼。達人が見せる居合切りの要領で大きく開いていた間合いを一瞬で詰め寄り、引き寄せられるように若菜の顔面へとその拳を繰り出す。
しかし、その攻撃をほんの少し後退し、紙一重で回避する若菜。間髪入れず、既に懐から取り出していた呪符で術式を発動。大振りな攻撃で完全に無防備の牛鬼は真正面からもろに受けたその衝撃で後方に大きくぶっ飛ばされる。
津守流術式その捌、爆風砕破ばくふうさいは。空気を圧縮し、その塊を一気に解き放つことで、対象となる人や物、物質を破壊する術式。この術式の利点は、妖怪に大きなダメージを与えられるだけでなく、骨や内臓を複雑に破壊することで再生速度を遅らせることができることにある。
しかし、射程距離が短いため、遠くの相手には届かないこと、空気を圧縮する際に一瞬の隙ができてしまうことが欠点であり、術者には使用するタイミングを極める洞察力が求められる。
(器用なやつだ。相手の突きを最小限の動きで回避からの正面がら空き状態でカウンター。術式の威力や精度も以前とは比べ物にならない程、格段に上がっている。これは勝負あり…と言いたいところだが、上級妖怪の名は伊達じゃないってことか。)
「ガハッ、やるじゃん。この僕に血を吐かせるなんてね。君のお父さんも合わせると、君で三・人・目・だよ。あんなに小さくて雑魚当然だった少女がここまで強くなるなんて、人生って何が起こるか分からないものだね。あ、僕は妖怪だから妖生か。ふふふっ。」
「それで?無駄話は終わり?じゃ、さっさと死んでくれるかしら。あなたの気持ち悪い声を聞くたびに生理的な嫌悪感を覚えて吐きそうになるわ。」
「ははっ、言ってくれるじゃん。まぁ、そうだよね。さっきの攻撃で僕の全身は骨が内臓に刺さったり折れたりなうえに出血多量で散々な状態だし。おまけに術式のせいで再生も遅くなって、僕は大ピンチ。強気になるのも分かるよ。でもね、ピンチはチャンスとも言うじゃん。最後に勝つのは…この僕さ。」
「減らず口ばかり抜かしてんじゃないわよ!」
満身創痍の牛鬼に術式を連発しまくる若菜。対して、それらを傷口が開くのを覚悟のうえで辛うじて避ける牛鬼。端から見れば若菜が優位のワンサイドゲームのように見える。
(なんだろうな、この胸がざわめくような違和感は。それと極めつけは牛鬼のあの目。あれは虎視眈々と獲物を狙っている動物の目だ。この勝負、終わらせるにはまだ尚早ってことか。あ、松明の明かりがもうすぐ消えそうだな。薪でも補充するか。)
すでに焼け跡と化したこの場でただ一人、勝負の行く末を見届ける役目を担うこの男は、いつ流れ弾に巻き込まれてもおかしくないこの状況で、普段と変わらぬ心境でいたって冷静に戦いの分析を続けるのであった。
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