第26話 少女と因縁、時々、異世界帰り 1
「お嬢様、目を覚まされたようですね。」
日の光で深い眠りについていた若菜が目を覚ました途端、貼りつめていた糸がふっ切れたように、瑠衣はホッと胸をなで下ろす。
「…思い出した、私は…あの修行を終えてすぐに…瑠衣、今日は何日?あれから何日経ったの?」
「お嬢様、僭越ながら、あなたは丸々3日間、眠っておりました。」
「ってことは…今日が奴の復活する日!急がないと…」
「お嬢様、落ち着いてください。この日中では他の妖怪はおろか、牛鬼でも行動を起こすことはできません。」
「そうだったわね。私としたことが気が動転してそんな当たり前のことを忘れてしまうなんて…しっかりしなきゃ、私!牛鬼を倒して仇を討ち取る。そのために今日まで頑張ってきたんだから!」
「…お嬢様、率直に申し上げます。私はあなた様に仇討ちをしてほしくありません。ですが、お嬢様の望んだことだと割り切って今まで過ごしてきました。ここだけの話、和彦様に牛鬼の討伐を任せれば良かったと思いました。今さら修行を依頼しておいてこんなことを言う資格などないことは分かっています。ですが、もうあなた様の苦しむ姿を私は見たくありません。」
「瑠衣…心配かけちゃってごめんね。それと、付きっきりで看病してくれてありがとう。大丈夫、私は絶対に勝って帰ってくるから。」
「お嬢様…。必ず…戻ってきて下さい。」
今夜、自ら死地に赴こうとしている自分の主のことを案じながら使用人は優しく抱き締めてそう告げるのだった。
「…やっと来たか。遅かったな。」
「女の子は準備に色々と時間がかかるものなの。男の子のあなたにはわからないと思うけど。」
「その身につけた巫女装束も女の子の色々な準備ってやつなのかい?これから妖怪と命を懸けた殺し合いをする人間の格好とはとても思えないんだが。」
「これは私にとって覚悟の証、勝負服よ。それと、万年ジャージ姿のあなたには言われたくないわ。」
「俺は別にいいんだよ。どうせお前のように戦うこともないしな。仮に戦うことになったとしても、ジャージなら動きやすいし、むしろ俺にとっては好都合だ。」
夜風が吹き荒れ、木葉舞い散る新月のもとで、純白の巫女装束を身に纏った女と青いジャージ姿の男が語らい合う。
「ひとつ聞く。お前にとってこの場所は何だ?」
「…家族との思い出が詰まった大切な場所。今はそれを奪った仇敵の根城。そして、忌まわしい過去を絶ち切って先に進むための最初の入り口…ってとこかしら。」
すでに跡形もなく燃え尽き、今は亡き父親と母親と共に過ごした邸宅を見上げて、若菜は哀愁を込めながら、和彦の問いに対し、そう答えた。
「…上出来だ。さて、行くぞ。10年間、お前を苦しめてきたその悪夢をお前の手で終わらせるためにな。そして、今度はお前がそいつに悪夢を見せる番だ。」
「…ひとつ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「なんだ、こんな時に?まさか、今さら怖じ気づいて俺に任せる、なんてのはナシにしてくれよ。せっかく俺がわざわざここまで鍛え上げたんだからな。」
「そんなんじゃないわ。ただ…その…。」
「始めに言っとくが、もしかしたら死ぬかもしれないからってこの状況で愛の告白なんてのもナシだからな。ちなみにそうだった場合、答えはノーだ。」
「だから、そんなんじゃないわよ!って言うか、この状況で女子の告白を断る人間なんて初めて見たわ!」
「じゃあなんなんだよ。勿体ぶってないで早く言え。トイレならさっさと済ませろ。」
「…あんたは私が牛鬼に勝てると思う?」
「さぁな、俺がお前に出来ることはすべてやった。勝てるかどうか、あとはお前次第だ。何で藪から棒にそんな事を聞く?」
「…怖いのよ、また失うんじゃないかって。10年前に父と母を失った時みたいに、私が牛鬼に負けて多くの人間が犠牲になるんじゃないかって。本当はあなたが言った通りに全てあなたに任せた方が良かったんじゃないかって今でも思うの。」
「………。」
「学校の時だって、もしもあなたが助けてくれなかったら瑠衣はあのまま確実に死んでいた。私の力不足が招いた結果によって、瑠衣どころか芳樹くんや学校のみんなもどうなっていたか分からない。だから…」
「それで?言いたいことは終わりか?自分の力不足?人間が一度に救える人間の数など、たかが知れている。自惚れんな、それら全てを救える程、お前は強くない。救えなくて後悔することを考えるより、一人でも多くの人間を救うことだけを考えろ。その中には俺の家族だって含まれている。俺はお前の強さを信じたからこそお前に託したんだ。戦う前からそんなんでどうする。自信を持て、何のために強くなったと思っている。…少なくとも、俺の親友がお前に救われたことは紛れもない事実だ。」
「ふふっ、相変わらず、不器用なんだから。…ありがとう、そう言ってもらえると心が楽になるわ。」
「…さっさと行くぞ。」
一連のやり取りを終えた二人は牛鬼が待つ旧津守邸跡地へと続く石階段を一歩ずつ踏みしめて上っていく。
牛鬼から常に発せられる強力な妖気の影響なのか、山の頂上に少しずつ近づいていくにつれて、電撃が肌をピリピリと刺すような感覚が襲うがそれを意に介せず、さらに石階段を一歩、また一歩と上っていき、ついに頂上へとたどり着いた二人を待っていたのは…。
「やぁ、こんばんは!久しぶりだね、津守のお嬢さん♪10年ぶりくらいかな?随分、大きくなったね。会いたかったよ。」
「奇遇ね、私も会いたくてこの10年、本当に楽しみにしてたわ。本当に…ね。」
思い出す度に腸が煮えくり返る程、今でも脳裏に焼き付いて離れない憎き仇敵の、好意など微塵の欠片も感じられない吐き気すら覚えるくらいの清々しい笑顔による歓迎であった。
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