第25話 出会いと別れの始まり 終

いつだって平穏な日常は唐突に崩れ去る。そうして失ったことで人は初めて気づくのだろう。今まで当たり前だと思っていたものが実はかけがえのない本当の幸せだったことに。


そして、嘆くのだ。あの時もっと大切にしていれば…もっと親孝行していれば…自分にもっと力があれば…と。


「「「お誕生日おめでとう!」」」


夜の静寂を切り裂くように響き渡る定番のフレーズ。津守邸では現在、若菜が今年で6歳を迎え、それを家族で祝っている真っ最中だった。


「ありがとう、おとーさん、おかーさん、るいちゃん!」


「若菜もついに6歳か。早いものだな。」


「これでまた一歩、大人に近づいたのね。将来はどんな女性に成長してどんな男の人と結婚するのかしら。うふふ、これからが楽しみでしょうがないわ。」


「もう、おかーさんはその話ばっかり。まだ好きな人すらいないのにー。」


「でも、わたしも気になります。つもりちゃんの…その…お婿さん。」


「もー、るいちゃんまでー!」


「「「「あはははは!」」」」


ピンポーン


「ん?誰だ、こんな時間に…すまん、少し席を外す。」


先程の和やかな雰囲気から一転、雄一は家族の時間に水を差した突然の来客に対応するため、ひとりで玄関に向かう。


「そうだ、話に夢中ですっかり忘れていたわ。はい、若菜。」


「なーに?これ?お守り?」


娘の誕生日プレゼントとして、静花が渡したのは…継ぎはぎだらけのお守りだった。


「そう。若菜がこれから先、大きな怪我や病気にかからないようにすくすくと健康でこれからも幸せに育ってほしいなって作ったんだけど…ごめんね、お母さんこういう裁縫とかあんまり得意じゃなくて…いらないよね?」


「ううん、嬉しい!ありがとう、おかーさん!わかな、一生大事にする!」


「そう、喜んでくれてお母さんも嬉しいわ。」


母親から心の込もったプレゼントを貰ってご機嫌な若菜。そこへ来客の対応を終えた父親が玄関から帰って来た。


「あら、あなた。どうだったの?来客の方はっ!?あ、あなた…な…なんで?」


「きみ、さっきからうるさいよ。永遠に黙ってくれない?僕は女が嫌いなんだ。口うるさいし、いやらしいし、生理的に無理。」


そこには愛する母親が尊敬する父親の手刀で腹を貫かれ、地に伏すという信じられない光景が広がっていた。


「おかーさん!!」


「つもりちゃん、離れて!!そいつはおとーさんなんかじゃない!!」


「いいや、正真正銘のお父さんだよ。まぁ、僕が肉体の主導権を乗っ取ってるから死んだも当然だけど。」


「嘘だ!おとーさんは死んでいない!お前みたいな妖怪になんて負けるもんか!」


「…うん。悔しいけど僕は負けたよ、完膚なきまでにね。」


雄一の術式で完全に消滅させられる間際、牛鬼は、すぐ近くにいた、もう一人の人間、藤村文哉に寄生して肉体を乗っ取った。


「そうして、彼の記憶をたどってこの家までやってきた友の姿をした僕こと、牛鬼に騙され、まんまと肉体を鞍替えされたって訳さ。」


「嘘だ…」


「いやー、傑作だったよ。肉体を乗っ取られた時の、あいつの顔。君たちにも見せてあげたかったな。家族に手を出すな、やめろ、やめてくれって最後まで抵抗してたっけ。」


「うわあぁぁぁ!!あぐっ!!」


「は?なにそれ?攻撃してんの?」


「つもりちゃん!!グフッ!!」


「君もうるさい。」


家族を失った怒りで我を忘れた若菜はテーブルに置いてあったナイフを咄嗟に両手で握りしめ、そう叫びながら、牛鬼に目掛けて突進するが、その甲斐なく、軽く放たれた裏拳で瑠衣もろとも弾き飛ばされる。


「駄目だよ、あんな隙だらけの攻撃じゃ。攻撃はもっと迅速に的確かつ相手を殺す勢いでやらないと。じゃないと、今みたいに反撃を貰っちゃうよ。さーて、そろそろ二人そろって楽にしてあ…が?」


(なんだ?か、身体が…動かない?)


『牛鬼…お前は…この私が…絶対…に殺…す!今、ここ…で!』


( ば、馬鹿な!?口が勝手に!?主導権は完全に奪った!もうこの男に自我など残ってるはずがない!!)


強靭な精神力で牛鬼の侵食に抗いながら、雄一は所持していたライターで自身の身体に火を着けた。


「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!?」


(あ、熱い!!熱い熱い熱い熱い!!このままではこの男もろとも燃え尽きてしまう!!水だ!水で火を消さなければ!!)


「行かせない!お前はここで必ず葬る!!」


(な!?この女、腹を貫かれたんだぞ!?何でまだ生きてられる!?というか、こいつ、火傷を恐れてないのか!?ま、まずい!この女が着火剤代わりになってしまって余計に燃えてしまう!)


自分を燃やし尽くそうとする炎を消すために、牛鬼は水道の蛇口を捻ろうとするが、捨て身の行動に出た静花に抱きつかれたせいで思うように動けない。


「…若菜、瑠衣ちゃん、早く逃げなさい。」


「いやだ!おとーさんとおかーさんが残るならわたしも残こる!」


「わがまま言わない!良い子なら言うことを聞きなさい!瑠衣ちゃん、若菜を連れて早く!」


「ッ!…つもりちゃん、ごめん。」


「るいちゃん、離してよ!ねぇってば!おとーさん、おかーさん!」


(ごめんね、若菜、瑠衣ちゃん。私にできるのはここまで。せめて、二人だけでも…娘を残して先に死んじゃう自分勝手なお母さんを…許して。)


「おかーさーん!おとーさーん!」


やがて炎は家中に広がり、私たちは燃え盛る津守邸を山の麓からただ、見上げることしかできない無力感に打ちのめされるだけだった。


それからというもの、私は陰陽師として腕を磨く毎日を送り、瑠衣は掃除、洗濯といった家事で私のことを今日まで支えてくれた。


そして、10年の歳月が流れて現在に至る。私たちの全てを奪った牛鬼…今度こそ、お前をこの手で地獄に送ってやる!




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