第24話 出会いと別れの始まり 5
「いたた、いきなり顔面なんて容赦ないね。あーあ、顎が砕けちゃった。鼻も折れてるし、痛くて仕方がないよ。ま、妖怪だから、すぐ再生してすっかり元通りになるんだけどね。それにしても凄かったよ、今の一撃。多分、今まで会ってきた人間たちの中で1番強かったかも。」
「へっ、そりゃどーも。全く嬉しくもないし嬉しくなりたくもない。人の血肉を漁る汚れた妖怪に褒められるなんて俺たち陰陽師にとってはこれ以上ない不名誉にも程があるからな。」
(ちっ、予想はしていたが、あれを不意打ちでまともに喰らってウンともスンとも言わねえなんてな。まぁ、上級妖怪なら当然のことか。仕方ない、こうなったら塵になるまでとことん殴り尽くしてやるか。)
「そうだ、これから君を美味しく頂く前に、君の名前を教えてくれないかな?ここまで強い相手は久しぶりだし、記念に覚えておこうかなって思って。」
「あいにくだったな、妖怪に名乗るような名前は持ち合わせてないんだよ。それと、御託はもういい。サクッと殺してやるから、さっさと掛かってこい。お前なんかに構っている暇なんてこれっぽっちもないんだよ。」
潰れたトマトのようになっていた顔面が一瞬で元通りになってしまった牛鬼を見たことで、自身が放った渾身の一撃がほとんど効いてないことに歯噛みしながら、文哉はそう答えた。
「あー、そう。じゃあ、無駄話は抜きにして、そろそろ始めようかなッ!」
「ッ!」
(速い!)
瞬きする一瞬の間に文哉との距離を詰めて、彼の目玉を抉りとろうとして目を狙う牛鬼。
(危ねぇ、だが、なんとか攻撃は見える。)
しかし、すんでのところでそれを回避した文哉。その頬には牛鬼の鋭い攻撃による摩擦でできた傷と、そこからツーと一筋の血が垂れていた。
「パワーだけが取り柄だと思っていたけど案外やるね。でも、残念、もう君はおしまいだよ。」
「あ?寝言は寝て言え。出鱈目ばかりほざいてないでさっさとッ!?」
(なんだ?か、身体の力が…抜ける…それにかすかに痺れてきやがった…毒か?)
「ご明察、僕の爪には少々強めの毒が含まれていてさ。普通の人間ならまず間違いなく即死、運が良くても後遺症が残るレベルなんだけど、君レベルの人間になると、少しの間だけしか動きを止められないんだよね。ま、今の僕にはそれでも充分なんだけど。」
(おいおい、マジかよ、洒落になんねぇぞ…くそっ、情けねぇ話だ。早い者勝ちなんて自分から言っといて助けを求めちまうことになっちまうなんてな。くそっ、d完全にしくじっちまった。)
「おっと、前置きが長くなっちゃったね、早く食べないと鮮度が落ちちゃう。あぁ、君はどんな味がして、どんな悲鳴を聞かせてくれるのかな。」
そう言った後、牛鬼は文哉を食らうために手を伸ばした…がそれは叶わず、どこからか飛んできた鋭利な風の刃によって首が切断され、支えを失ったその頭はゴトリと音を立てて地面に落下するのだった。
「え?」
「言わんこっちゃない、だからあれほど協力して戦った方がいいと忠告したというのに。」
「ゆ、雄一!」
自身がいきなり首を斬り落とされ、泣き別れになった胴体を地面から唖然としながら見上げている牛鬼と、頭を抱えて呆れた様子で友の窮地に駆けつけた津守雄一。
「その無鉄砲ぶり、全く、お前は昔から変わってないな。少しは付き合わされる俺の身にもなってほしいものだ。ほら、解毒薬だ、飲め。」
「すまん、恩に着る。本当に助かった。それにしても、上級妖怪を一撃かよ。味方ながら恐ろしくて背筋が凍りそうだ。」
「たまたまだ、相手がお前に気を取られていたからこそ、不意を突けただけさ。俺だってあそこまで上手く決まるとは思ってなかったけどな。」
「その雰囲気や佇まい、やっぱり僕の勘は正しかった。ふふふ、ようやく会えたね、愛しい恋人さん。」
「「!」」
切断された自身の頭部をくっ付けて元通りに再生した牛鬼はお目当ての相手に巡り会えたのが嬉しかったのか、微笑みながらそう言った。
「悪いが、俺は既婚者だ。それに、妖怪はタイプじゃない。それと、お前に一つ聞きたい。俺の弟子や同僚を殺した牛鬼って妖怪はお前か?」
「そうだよ。あ、でも君の弟子や同僚を殺したかどうかまでは今まで殺したのが多過ぎてよく分かんないや。」
「そうか…よく分かった。そう喋んなくていいぞ。ど・う・せ・既・に・死・ん・で・い・る・か・ら・な・。」
「え?ガハッ!?」
(な、何が起こった?吐血?妖怪の中でも指折りの強さを持つ上級妖怪であるこの僕が?こんな非力な人間ごときに?)
風とは大気。生きとし生けるものすべての生物が享受している地球の恩恵だ。もちろんそれは妖怪とて例外ではない。再生能力こそ優れているとはいえ、呼吸や食事もするし、睡眠だってする。
津守雄一はその大気を自在に操ることができる。風の術式を主とする津守流だが、ここまで精密かつ、上級妖怪すら滅する程の大出力で扱えるのはこの男を含めて数えられるくらいしかいないであろう。
「津守流術式其の陸、風魔殺ふうまさつ。どういう気分だ?常に吸っている窒素や酸素が毒となり、お前を体内から蝕んでいく気持ちは?今まで殺してきた人間の無念、地獄の閻魔様にしっかりと精算してもらうんだな。」
「僕が…死ぬ?あり得ない…この僕が…この僕がぁぁぁ!」
無様な断末魔を上げながら牛鬼はボロボロに崩れ去り、塵と化して消えるのだった。
「ただいま。今帰ったよ。」
「おとーさん、お帰り!」
「お、お帰りなさいませ、お、おとうさん。」
「あなた、お帰りなさい。」
「あぁ、ただいま。」
翌日、朝一番の新幹線に乗って愛する家族に早く会いたいがために大急ぎで自宅に帰って来た雄一はにっこりと出迎えてくれる皆に微笑む。
あぁ、よかった。本当に良かった。何て言ったらいいのか、出張に行くお父さんを見送った時、生まれて初めて、これっきりもう会えない様な不思議な感覚に襲われたのを今でも覚えている。
けど、やっぱり私の考えすぎだったんだ。だって、お父さんはこんなにも優しくて、こんなにも強いんだから。
けど、始まりがあれば終りもいつか必ず訪れる。それがたとえ、私の誕生日である12月10日、つまり明日であっても。
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