第23話 出会いと別れの始まり 4

山のように課せられた仕事と死闘を繰り広げた結果、終電を逃したブラック会社の社員を除く大半の人間が夢の中で物語を展開している丑三つ時(午前2時から2時半の間のこと)の京都。


ここで妖怪と人間たちによる、もうひとつの死闘が幕を開けようとしていた。しかし、死闘といっても大抵は妖怪による一方的な蹂躙か虐殺になるのは目に見えている。


高度な身体能力、凶悪ともいえる残忍性、驚異的な治癒力。対して人間は転んだだけで怪我をするほど非力なうえにそんな小さな怪我すら治すのに時間を要する。


唯一、人間たちの頼れる味方である太陽もこんな夜中では加勢することもできない。日の光が届かない闇の中こそやつらの根城、ホームグラウンドである。


つまり、この勝負は最初から人間が圧倒的に不利、というかこの状況で勝つことなどまず不可能だろう。


しかし、難しければ難しいほど、クリアした時の達成感を味わいたい廃人ゲーマーのごとく、そんなクソゲー仕様のゲームみたいな現実をなんとか攻略しようとする者たちが現れるものである。


始まりは遡ること、平安時代。一人の庶民が妖怪に襲われそうになる。男は死を覚悟したがその直後、夜が明けたことでその妖怪は灰となって消滅するのだった。


これを見たその男、これはもしかしたら金儲けに利用できるのではないか?と考え、こんな貧しい暮らしから抜け出して大きな屋敷で暮らしたいと思うようになる。


当時、この京都では疫病や妖怪による被害が多発しており、治安は悪化の一途を辿っていた。放火による主要な建物の消失、野党による追い剥ぎや殺人、食うものがなく、草や木の根、果ては犬や人の肉すら食していた人々と、まさに生き地獄である。


事態の収束に向けて朝廷は兵を派遣したが、所詮は焼石に水。結局、いたずらに妖怪たちの腹を膨れさせるだけとなった。


なんやかんやあって、その日から男の研究が始まった。どうすれば一度に大量かつ、安全に妖怪を効率よく討伐することができるのか? を念頭に、朝廷ですら手をこまねいている妖怪を討伐して報酬金をたんまり貰うという目標を心に掲げて男はひたすら研究に没頭した。


そんな日々から1年が経ち、男はついに完成させたのである。体内に存在する霊気を使って、自身の身体能力を妖怪のごとく限界まで引き上げ、かつ妖怪たちが忌み嫌う日の光に近い攻撃を繰り出す闘法を。


男はこの闘法を使って瞬く間に妖怪どもを一掃していった。やがて男は当初の目論み通り、多額の報酬金を手に入れることとなったが、それに留まらず、その闘法を金と引き換えに様々な人間に伝授した。


やがて、男が産み出したこの闘法は人から人へと口伝され、様々な流派に分かれていき、それぞれが独自に改良と昇華を重ねて発展を遂げ、今日まで多くの妖怪を滅していくこととなる。


こうして、男は数多の妖怪を滅ぼし、それを可能にした闘法から発生した特許で得た莫大な富を一代で築き、美しい妻とその間にできた子供と共に悠々自適なその生涯を終えるのだった。


そうしてできた闘法の名前を人々は術式、それを扱える妖怪退治を生業とする人間を陰陽師と呼び、それを生み出し、世に送り出した、後に最初の陰陽師として名を馳せることになる男の名前を安倍晴明と呼んだ。


そして、時は流れて科学の発展や技術の進歩、医療レベルが飛躍的に向上していくにつれて、物事を論理的にとらえるようになった人々から妖怪や陰陽師などがおとぎ話や空想上だけの存在だと認知され、それらが当たり前ではなくなった現在。


「あー、お腹空いた。どこかに筋肉ムキムキで健康的で強くて僕の舌を肥えさせてくれる良い男が落ちてないかな。フフッ…」


人ならざる者が積極的に動き出す深夜の京都で一人の男、もとい妖怪こと、牛鬼が餌を求めて徘徊している。


まず、特筆すべきはその容姿。茶色の髪、身長180センチはあろう長身、かなり整った顔立ち。街中を出歩いていれば若い女どもからの視線は間違いなく、こいつに釘付けだろう。


まぁ、当の本人は若い女などに興味はまるでなく、昼間の渋谷や原宿などへ安易に出歩けば消滅してしまう身体なので出歩くことなどほとんどないだろうが。


牛鬼。主に海岸に出没し、浜辺を歩く人間を襲うと言われている妖怪で、西日本や全国各地で伝承があり、その多くが文字通り、牛の頭、鬼の胴体を持っている。(場所によっては鬼の頭、牛の胴体という逆の場合もある。)


非常に残忍、冷酷かつ獰猛な性格で人を生きたまま食い殺すことが大好きと言われており、相手が悲鳴を上げて自分に食われていくことに最高の幸福を感じている。


余談だが、彼が筋骨粒々で強い男を狙う理由はビーフジャーキーのようなゴツゴツした歯ごたえがたまらないから、自信に満ち溢れていた強い相手が自分に負けた際に見せた絶望が最高だったから、だそうである。


口から鉄すら溶かす硫酸を凌駕する程の猛毒を吐き、人の頭を割れやすい卵のように潰せる怪力でこれまで多くの陰陽師があの世と彼の胃袋に収まってきたと言われている。


ちなみに一部の地方では神のしもべとしても伝承されているが、あながち間違いではないのかもしれない。あの世という神様のいる世界へ連れてってくれるからだ。


「おっ、みーつけた。」


視線の先に捉えたのはコートを着こんだサラリーマン。ブラック会社からの帰りなのか、居酒屋で上司か取引先と飲んだくれたのか、足取りがおぼつかない。


(まっ、食べてしまえば関係ないから僕にはどうでも良いことだけどね。コートの中からでも分かる鍛えぬかれた筋肉。うーん、たまらないな。)


「ってことで、いただきまーす。」


牛鬼は口を開きながら襲いかかり…そのサラリーマンから顔面へと渾身の右ストレートをもろに喰らうのだった。


「へっ、いただけなくて残念だったな。まんまと引っ掛かりやがった間抜けな牛さんよ。」


サラリーマン…に変装していた藤村文哉は顔面がペシャンコに潰れて倒れた牛鬼に対し、指でファックサインを作り、そう吐き捨てた。


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