第22話 出会いと別れの始まり 3

「とうとう着いたな。」


京都駅で新幹線を降りた雄一は駅の外に出て、ただ一人、そう呟く。


(確か、この駅であいつと待ち合わせする約束だったはずだが…あいつはまだ来ていないようだ。いや、俺が予定より少し早く着いただけか。今回ばかりは早めに行動したのが仇になったな。仕方ない、少し待つか。)


「それにしても寒さで震えが止まらない。カイロでも持ってくるべきだった。」


それもそのはず、季節はすでに冬の真っ盛り。しかも、クリスマスが終わって一段と寒さが厳しい年の移り変わりが近いともなればなおさらのことだろう。


上から身に付けたコートに包まれたスーツの襟を正した後、雄一は右手首に装着した腕時計で現在の時刻を確認する。時計の針は約束の時間である昼の12時を少し過ぎた辺りだろうか。


(あいつが約束の時間に遅刻するなんて珍しいこともあるもんだな。俺の知る限り、あいつは俺との約束の時はいつも予定の30分前に来ていたはずだが。)


「まさか、あいつはもうすでに牛鬼の手によって…」


「おーい、雄一!」


そんな思考を展開していると、大声で誰かが自分の名前を呼んでこちらにやって来る。一目見てすぐに分かった。かつて共に戦い、時として技術や強さを競い合った好敵手。そして、今は昔の思い出を酒の席で語り合う仲だ。見間違えるはずない。


「…久しぶりだな、文哉。」


「お前こそ、元気そうで何よりだ。」


妖怪との戦いで左目に付けられた傷が特徴的な無精髭を生やしたオールバックの男、藤村文哉ふじむらふみやは旧友との再会を確かめ合う。


ここで彼について話しておくことにしよう。雄一がまだ現役だった頃、唯一彼と肩を並べる程の実力を持っていた一人の陰陽師がいた。それがこの男である。


曰く、素手で熊を仕留め、ボーリング玉を粉砕できるとまで言われている怪力の持ち主。また、術式の技術もそれなりに高い。


その桁外れの腕力によって幾多の妖たちを滅ぼしてきた歴戦の猛者で、妖怪たちからは鬼人の二つ名で恐れられている。


ちなみに自身は空手道場の師範も兼任しており、彼に憧れて弟子入りするものがあとを絶たないとのこと。これは余談だが、彼のようにボーリング玉を破壊しようとして骨折して病院に入院する者も後を絶たないのだとか。


結論から言うと、この二人が揃えば鬼に金棒、獅子にヒレ、虎に角、妖怪たちは不安で夜も眠れないだろうということである。


もっとも、一部の例外を除いて昼時は行動が制限され、昼夜逆転は避けられない妖怪たちが夜にぐっすり眠っているのか甚だ疑問ではあるが。


「早速だが、本題に入らせてもらうぜ。」


「その前に場所を変えたい。さっきから寒くてたまらん。それに、ここじゃ人目が多くて何かと困る。妖怪が俺たちの話をどこで耳を立てているかも分からんしな。」


「それなら、俺の道場がちょうど良いかもな。妖怪を寄せ付けない結界が張ってあるから盗み聞きされる心配がない。付いてこい。」


「わかった、話はそこでゆっくりとさせてもらおう。」


一連のやり取りをした後、雄一と文哉はたまたま通りかかったタクシーを捕まえて、うっすらと屋根に雪が積もった京都駅を後にするのだった。






「ほらよ、寒かっただろ?俺が淹れた茶だ、飲んでくれ。」


「かたじけないな。タクシー代まで出してもらったうえにお茶や和菓子まで頂いてしまって。」


「いいってことさ、どうせお前のように妻も娘もいない身だしな。それに、せっかく親友がわざわざ遠くからはるばる来てくれたんだ。歓迎するのは当然だろ?」


「はっはっは、確かに。」


「それで、そっちはどうなんだ?女房とはうまくやってんのか?」


「ああ、心配されなくても関係良好、ラブラブさ。娘二人にも愛されて幸せ者だ。そうだ、今度うちに来るか?妻のうまい手料理も食えるし、可愛い娘の顔も見れるし、いいことだらけだぞ。」


「そいつは良かった。むしろ独り身の俺には羨ましすぎて嫉妬しちまいそうなくらいだ。」


厳しい冬の寒さの最中、閉めきった閑散とした道場で淹れたてのお茶と和菓子で大の男二人が話に花を咲かし合う。しかし、相手は既婚者の友人、かたや自分は独り身。少々、心が虚しくなるのは避けようがないことである。


「おっと、昔の友人との話が楽しくて本質からすっかり遠ざかってしまった。ってことでそろそろ本題に入るとするか。」


「奇遇だな、俺もだ。それで、やつの…牛鬼について分かっていることを教えてくれないか?」


「もちろんだ、これから共闘する仲間だからな。」


今回、雄一が京都に来たのはかつての仲間や弟子たちを何人も殺した牛鬼を葬り去ることが目的だが、文哉がそれ以前に牛鬼討伐へと乗り出したことを静花から聞き、こうして一緒に牛鬼を討伐することとなったという訳である。


当初こそ引退したはずの雄一がまさか自分に協力してくれるとは夢にも思ってなかった文哉は驚きを隠せなかったが、雄一にその真意を聞かされ、快く承諾することとなり、文哉にとっても願っても叶ったりな助っ人となった。


「目撃者の証言によると、やつは茶髪で身長180センチくらいの美青年だということ、男女問わず、健康的で鍛えられた筋肉を持った人間を好んで食べるという変わった食癖があるということ。そして、丑三つ時(午前2時から2時半)にかけて被害が非常に多いことが分かっている。」


「その時間帯に辺りをうろついていれば、勝手に向こうからやって来るってことか。」


「そういうことだ。しかも筋骨粒々の男二人とあればまず間違いなく襲ってくる。そこで、俺とお前、二手に別れて牛鬼を捜索し、先に遭遇した方が戦闘開始って寸法だ。」


「よし、その作戦で行こう。」


夜の京都で今まさに、人間と妖怪による生死をかけた戦いが始まろうとしている。果たして勝つのは人か、はたまた妖怪か、勝負の結果は最後まで誰にも分からない。ここにいる当人たちでさえも。


だが、今回の結果は誰にも…恐らく神や仏でさえ予測できないものだったと言えるだろう。


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