第20話 出会いと別れの始まり 1

あれから私、どうなったんだろう?そうだ、あいつから課せられた最終試験を終えてすぐさま疲労困憊で気絶したんだっけ。そこからはよく覚えてない。けど、あいつに褒められたことは記憶に新しい。


ここは…私の部屋かな。あいつが運んでくれたんだろうか。


瑠衣は…私が寝ているベッドにもたれ掛かって眠ってる。きっと、私のことを付きっきりで見ていてくれたのだろう。心配かけちゃったな。


とにかく眠い。すごく疲れた。修行の影響だ。なんだろう、こんなに疲れたのは久しぶりな気がする。えーと、あれは確か…そっか、あの日からもうすぐ10年がたつんだ。忘れもしない、今でも私の脳裏に焼き付いて離れないあの忌まわしき記憶を植え付けられたあの日から。


10年前 津守邸


「ねー、おかーさん。にわのそうじおわったよー。」


「ありがとう、若菜。お母さん、助かるわ。」


鮮やかに生い茂っていた紅葉の色がすっかり抜け落ち、落ち葉となって木々の養分となり、熊やリスといった動物は冬眠のために食糧を蓄え出すため奔走する、10月の末。


初雪が今にも降り始めそうな曇天の下、それなりに年期が入っているが、どことなく奥ゆかしさと荘厳さを感じさせる和式造りの邸宅で母と娘、二人の親子が庭園にて会話をしている。


「それにしても、以前よりもまた術式をうまく扱えるようになったんだ。お母さん、感心しちゃった。」


「えへへ、すごいでしょー。じゅつしきでおそうじ。かれはあつめ。」


娘こと、津守若菜(5)は術式を使って風を操り、庭に散らばった落ち葉を集め終え、母親に頭を撫でてもらっている真っ最中だった。


「そうだ、お父さんにもこのことを報告しないとね。うふふ、仕事から疲れて帰ってきたお父さんがどんな反応をするのか楽しみでたまらないわね。」


口に手を添えながら、なんとなく不敵かつおっとりと優しく微笑んで母親はそう呟いた。


彼女の名前は津守静花つもりしずか。平安の時代より続く妖怪退治を生業とする陰陽師一族、津守家の末裔にして現津守家当主、津守雄一つもりゆういちの正妻にして、若菜の母親である。


「あら、噂をすればなんとやら。」


「おとーさんだ!」


玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開く音を聞きつけた若菜は仕事から帰ってきた父親を出迎えるために、そそくさと早足で玄関に向かう。


「おとーさん、おかえりなさい!あのね、わたし、またじゅつしきじょーたつしたんだよ!」


「ただいま、若菜。へー、それはすごい。これはお父さん、すぐに追い越されちゃうかもしれないな。」


玄関につくなり、雄一に抱きつく若菜。それを優しく受け止める雄一。その様子を先ほどの微笑みを浮かべながら温かい目で見守る静花。


どこにでもあるありふれた一家団欒。この時はここにいる誰もが夢にも思わなかっただろう。


この1年後、当たり前でありながらこんなにも楽しい時間が永遠に失われることを。


その結果、二人の少女たちがとある妖怪を滅するために歩むことになる壮絶な日々の数々を。


とある異世界帰りの魔導王と出会い、やがて憎き仇敵を討ち取ることになるということを。


「ねー、おとーさん。」


「なんだい?」


「その子、だーれ?」


自宅に帰ってきた瞬間、娘に抱きつかれたことで開けっ放しにされていた引き戸からその光景をひょっこりと顔を半分程出して覗いていた自分と同い年くらいの少女を指差しながら若菜は雄一に尋ねる。


「あぁ、そうか。若菜にはまだ紹介してなかったな。」


そう言って雄一はその少女の手を引っ張り、引き戸をくぐり抜けさせて連れ込む。


「紹介するよ。彼女が妻の静花、こっちが娘の若菜。ほら、君も自己紹介して。」


「は、はじめまして。き、きょうからここでおせわにな、なります。か、かやまるい…です。」


同い年の少女、加山瑠衣(5)は恥ずかしそうに下を向きながら雄一に言われるがまま、自己紹介をする。


これが津守若菜と加山瑠衣、二人の少女が生まれて初めて邂逅した日であり、同時に津守家でこれから一緒に暮らす最初の日でもある。


「わたし、わかな。これからよろしくね、るいちゃん!」


「うふふ、双子の妹ができた気分だわ。これから賑やかで楽しくなるわね。そうだ、せっかくだし、今日は瑠衣ちゃんが来てくれた記念にお祝いをしましょう。」


「それはいいな。瑠衣はなにが食べたい?遠慮しなくて大丈夫だよ。今日はお祝いの日だからね。」


「え、えっと、あの…」


「はーい!わたし、おかーさんのてづくりほっとけーきがたべたい!」


「あっはっは、それはおやつだろ。」


「あ、あの…じゃあわたしもそれで。」


「ほらー、るいちゃんもたべたいっていってるもん!」


「うふふ、これから賑やかで楽しくなりそうだわ。」


騒がしい邸宅の外を見てみるとまるで空が新しい家族が増えたことを祝福してくれているかのように今年になって最初の初雪が降り始めていた。


こんな楽しい時間がこれから毎日やって来るんだって思うと嬉しくてたまらなかった。そして、こんな楽しいことばかりが永遠に続いてくれればいいなとも思っていた。


だけど、この時の私はまだ幼かった故に知らなかった。


この世には永遠なんてものは存在しないこと、出会いがあれば別れもあること、光があれば影もあること。人生は楽しいことが起きた後には必ずその反動で嫌なことも起きるということをこの2ヶ月後に思いしらされることになる。






「ぐはっ、き、きさま…」


「うーん、なんかが違うんだよね。何て言おうかな?君は僕が求めているものじゃない。ってことでバイバイ。」


「がはっ!」


場所は変わり、百鬼夜行、魑魅魍魎が入り乱れる夜の京都。茶髪の美青年こと妖怪の中でも上位の強さを誇る上級妖怪、牛鬼は胸を貫かれて血溜まりに倒れた陰陽師の死体を見下ろして退屈していた。


この京都に集う選りすぐりの陰陽師たちがあまりにも弱すぎることに。これではわざわざ遠くから遥々やって来て京都に脚を踏み入れた意味がない、期待はずれにも程がある、と。


「はぁー、どこかに転がっていないかな。僕を思う存分、満たしてくれる最高のごちそうが。」


先ほど自らが胸を貫いて殺した陰陽師の頭を林檎などの果物を食べるがごとく、かじりつきながら牛鬼は気だるけにそう呟くのだった。


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