第19話 異世界帰り、弟子をとる 終
「それではこれより、最終試験を執り行う。」
和彦は杖を使い、詠唱によって魔法を発動させる。
極寒の大地が揺らぎながら、ローマの闘技場を彷彿とさせる円形状に盛り上がったかと思えば、今度はそれを取り囲むようにできていたくぼみから地球の血液でもある溶岩が吹き出し、あっという間に円形闘技場の周りは溶岩で満たされるのだった。
「今からお前にはこの闘技場で俺が用意した相手と戦ってもらう。見ての通り、周りには熱々の溶岩が流れており、場外に落ちる先に待つものは問答無用の死だ。」
「さしずめ、生きるか死ぬかのデスマッチってことかしら。」
「そういうことだ。それと、この闘技場は時間が経つにつれて外側から少しずつ崩壊して徐々に小さくなる。」
「つまり、逃げてばかりではどのみち死あるのみ。そして、あの闘技場の中央にいるのが私の対戦相手って訳ね。」
「この橋を渡り終えて闘技場に降り立った瞬間が試験開始の合図だ。本当にやるのか?渡り終える前ならまだ引き返せるが渡り終えたらもう引き返せないぞ。」
「あら、もしかして心配してくれているの?」
「仮にも親友の恩人だからな。仇討ちなんて危険なことは止めてほしいのが本音だ。」
「相変わらず不器用なのね。」
そう言い終えると闘技場と和彦たちのいるこちら側を繋ぐ吊り橋を若菜は渡り出す。
怖い。できることなら引き返したい。今ならまだそれができる。でも、これを乗り越えないと牛鬼には勝てない。
あぁ、そうか。この最終試験は土壇場での心の強さを見るためのものでもあるんだ。
そんな思考をしているうちに若菜は吊り橋を渡り終える。
「準備完了、いつでもいいわよ。」
若菜の合図を察知した対戦相手の土人形が動き出す。そして、若菜めがけて握りしめた拳を振り下ろす。
(遠目から見えていたから分かってはいたけど、こうして近くで見てみるとやっぱりでかいわね。しかも、見かけによらず、素早いうえに動きも無駄がない。おまけにパンチ一発であの威力…強い。)
土人形の攻撃を紙一重で回避した若菜は冷静に相手を分析しながら出方を窺う。
そうなるのも無理はない。土人形の大きさは三階建てのビルに相当する。でかさゆえの威圧感、真正面から対峙することになればそれが大いに分かることだろう。
だが、どんな相手にも必ず弱点はある。それはこの土人形とて例外ではない。
(パワーはあるけど動きは単調で大振りね。防御に徹していたら負ける。なら、攻撃あるのみ!!)
そう考えた若菜は術式で身体能力を大幅に向上させ、相手の股下に飛び込む。
(狙うは左膝の関節、ここに攻撃を打ち込んで機動力を奪う!)
土人形の膝は攻撃を打ち込またことにより砕け散る。そして、片足となってしまった土人形は案の定、バランスを崩し、うつぶせに倒れこむ。
(次は右肘!)
間髪入れず、今度は右脚の膝関節を破壊。これで土人形に残された部位は左腕、右腕のみとなる。
いける、このまま一気にカタをつける!とか思っているんだろうな。
「なっ!?」
(避けられた!?あの体勢から!?)
バランスを崩して倒れた土人形の右腕を破壊するため、追撃を加えようとした若菜。その刹那、両足のない土人形が両腕を使って大きく飛び上がったのだ。
(しまった、避けられない!)
完全に不意を突かれ、土人形による全体重を乗せた一撃を回避することは叶わず、なすすべないまま若菜はそのまま握りしめた右手で押し潰された。
「やはり、無理にでも止めさせるべきだったか。」
ここだけの話、肉体のスペックはすでに申し分ない。流石というべきか。10年間、ひたすら積み上げてきた証だな。
だが、幼少期に辛い体験をしたトラウマの影響であいつはここぞという場面で気後れしてしまう癖がある。
相手が通常よりも手強く見えてしまうのだ。自分にできるのか、無理なんじゃないか、自分では勝てない、負けてしまう、と。
それを誤魔化すために、自ら危ない橋を渡ろうとしてでも妖怪を倒そうとしたり、人々を助けようとする。自分は強い、妖怪なんて怖くないんだ、と。学校の時もこれが原因で死にかけた。
肉体的な鍛練ならともかく、精神に関してはあいつ自身が自力でのりこえるしかない。
戦いで迷いがあるやつは動きが鈍る。ゆえに居合の世界に限らず、気の持ちようで勝敗は一瞬で決まることもある。まずは、自分の中にある恐怖を克服しろ。そして、しっかり向き合え。
(どうやら、もうしっかり向き合ったようだな。杞憂だったか。)
「流石に今のは危なかったわ。」
視線の先には術式で土人形の拳を防いでいる若菜がそこにはいた。
「そろそろ終わらせようかしら。」
そう呟き、呪符を懐から取り出した若菜。そして、呪符に力を込めて術式を発動させる。
津守流術式其の終、別天津風ことあまつのかぜ。大気や風を司ることを得意とする津守家の集大成。その威力、大地を大きく抉り取り、余波で数多の木々をなぎ倒す台風の如く。
並みの妖怪はもちろん、上級妖怪ですら葬り去る天地開闢の五柱の神々の名を語りし最強の攻撃術式である。
至極当然と言うべきか、土人形は術式による竜巻で上空に大きく吹き飛ばされ、その巨大な土の体は少しずつ削られて、塵と化していくのだった。
「見たか、バーカ。これが私の実力よ。」
「ああ、しっかり見てたさ。見事だった。最終試験、合格おめでとう。ここまでの厳しい修行、よく頑張ったな。これなら文句無しだ。…我ながらいい弟子を持った。」
「な、何よ。いきなり褒め称えちゃって。なんか気持ち悪いわ。」
にっこりと微笑みながらそう言った和彦。対する若菜は戸惑いを隠せない。
「そうだ、早くしないと牛鬼が復活して街が大変なことにっ…」
フラッと倒れそうになる若菜の身体を和彦は片手で支える。
「気持ちは分かる。だが、まだ3日余裕がある。それまでゆっくり休め。この寒さや度重なる疲労、加えて先ほど放った負担が大きい術式、この状態じゃとても戦えない。心配するな、家までは送る。」
その言葉を聞いてすぐに若菜は意識を失う。その後、次元超えでドボソ島から帰って来た和彦は魔法を唱えて小さくした若菜を家に帰し、自室で休ませた。
「あいつの様子はどうだ?」
「お嬢様ならぐっすり眠っています。命に別状はないそうです。」
「そうか…よかった。」
「それで、修行の成果はどうでしたか?」
「あぁ、バッチリだ。後は強いて言うなら体力を満タンにすることだな。さて、用事があるんで俺はそろそろ行く。」
(あいつが気合いを見せたんだ。こっちも見せないわけには行かないな。やれやれ、寝不足で目の下のクマが増えそうだ。)
「和彦様…お気をつけて。」
「!…ご心配、染み入る。」
そう言い残し、和彦は皆が寝静まった夜の妖怪退治に向かうのだった。
これから先の物語を進める前に、少し語っておくべきなのかもしれない。彼女たちこと、津守若菜と加山瑠衣という二人の少女が紡いできた物語を。いつ、いかにしてこの数奇な運命を辿ることになったのかを。
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