第18話 異世界帰り、弟子をとる 2

破壊できないのは鍛練が足りないからだ。きっとそうだ。それからというもの、寝て起きては破壊、鍛練を繰り返す日々。


あれから10日が経った。しかし、破壊はおろか、いまだに傷一つつけられないまま。


どうして?ひたすら鍛練を積んでも全く破壊できる気がしない。こうしている間にも牛鬼の復活は刻一刻と迫っているのになにも掴めないままだ。


こんな土人形ひとつ、まともに壊せないんじゃ戦っても負けるのは目に見えている。そして、大勢の人が私のせいで犠牲になる。悔しいけどあいつの言うとおりだ。


それどころか持ってきた食糧は底を尽き、残ったものは少量の水とあいつが残していった手紙と防犯ブザーだけ。寒い、もう疲れた。このままじゃ死んじゃう。ギブアップしよう。やっぱり仇討ちなんて考えず、最初からあいつに任せればよかったんだ。


心身共に限界の状態だった若菜はポケットからブザーを取り出し、ギブアップを宣言しようとすが、手が寒さで悴んでいるのか、疲れによるものなのか、うっかりブザーを落としてしまう。それと一緒にあるものがポケットからこぼれ落ちた。


「あ…お守り。」


それはかつて母がくれたものだった。あれは今から10年前、私が6歳を迎えた誕生日のこと。母はこのお守りを作ってプレゼントしてくれた。


見た目は継ぎはぎだらけでみすぼらしいけど裁縫が苦手な母が私のために慣れない手付きで一生懸命作ってくれたことが当時の私にはとても嬉しかった。以来、このお守りは私の宝物であり、形見でもあり、心の支えでもあったんだ。


辛いこともたくさんあったけどこれのおかげで今日まで乗り越えてこられた。


そうよ、あの時に味わった失った悲しみに比べればこんなもの、全然大したことないわ。なんのために今まで努力をしてきたと思っているのよ。


「がんばれ、私!こんなところでつまずいている暇なんてないの!」


もう一度よく考えてみよう。そもそもなんで傷一つつけられないのか。今まで自分の実力不足だと思っていたけどもしかしたらなにか他に破壊する方法があるのかも知れない。あいつは私がそれに気づけるかどうかを試しているんだわ。


手紙にはアドバイスが書いてあったわね。確か、『外がダメなら中から攻めろ』だったかしら。 これがきっと攻略の鍵となるはず。いや、今はそれにすがるしかない。


「外がダメなら中から攻めろ…中から攻めろ…中から…壊せ?」


そうか、そういうことだったのね。






「…ついにやったか。」


夜中の11時ちょうどのこと。自室で黒猫のレンをおもちゃであやしながら和彦はそう呟く。


「レン、先に寝ててくれ。用事ができてしまって少し出掛けて来ないといけなくなった。…そう寂しそうな顔をするな。すぐに戻るさ。」


そう言い残し、和彦はいつの間にか自室から姿を消すのだった。


「あら、呼び出す手間が省けたわね。」


「まずは、合格おめでとうとでも言っておくか。」


次元超えで転移してきた直後、自分の造った土人形が粉々に破壊されていることに気づいた和彦は若菜に対し、称賛の言葉を送る。


「あんた、本当にいやらしい性格しているわ。」


「俺にとっては褒め言葉だがな。」


そう、この適性検査はやみくもに攻撃していてはクリアできないのだ。


ではどうすればよかったのか。私の憶測だけどおそらくこの土人形には衝撃を分散する魔法がかけられている。


ゆえにどれだけ攻撃してもその衝撃がすべて打ち消されてしまう。いくら攻撃しても傷一つつけられなかったのはそのため。


ただ、この魔法は多方面からの衝撃にはめっぽう強いけど一点張りの衝撃にはめっぽう弱い。


「つまり、この適性検査は破壊力を見るためのものではなく、その力をいかにコントロールできるかどうかを見るためのものだった。違うかしら?」


「半分は正解だ。お前は馬力に関しては悪くなかった。ただ、それこそが問題でな。良く言えば大胆、悪く言えば大雑把ってとこだ。これでは牛鬼とやらに挑んでも初めは良くてもすぐガス欠になる。」


「そういうことだったのね。破壊にばかり目がいっていた私には盲点だったわ。」


「何はともあれ、適性検査の結果は合格だ。ということで次に移行するぞ。残り4日、時間がない。こっからはマジでいくからな。」


そう言い終えると和彦は杖をかざしてなにかを唱えだす。


その直後、無数の土人形が和彦と若菜を取り囲むように顕現する。


「次の修行は前回やったことの応用編だ。ここに大量のサンドバッグを用意した。ただし、こいつらは最初の時と違って攻撃してくる。それを回避しながら存分に力の使い方を学んでくれ。ってことで俺は帰る。」


「ねぇ、前から思っていたんだけどあんたって人に物を教えるのが上手なのね。この修行だって私の長所と短所をよく熟知しているからこそできることだし。」


「…異世界あっちの世界で魔法学校の臨時講師を務めた時も似たようなことを言われたな。だが、お前の筋がよかっただけのことだろう。俺にそんな才能なんてない。それと、前みたいに食糧や水はここに置いておくぞ。」


そう言い残し、和彦はその場から転移で消え去るのだった。


「あんな成りして、あれだけの力を持っているけど、案外、謙遜的なのかもね。芳樹くんが言ったことも今ならなんとなく分かる気がするわ。」


そう呟き終えるとと若菜は再び与えられた修行に臨むのだった。






「これで350、流石に疲れてきたわ。でも、確実に以前より成長している。」


「お取り込み中に失礼するぞ。」


「うわぁ!いきなり出てこないでよ…。」


「悪い、いい忘れていたことがあったんでな。」


唐突の来訪者につい尻餅をついてしまう若菜。それをよそに和彦は話を続ける。


「で、なんなの?そのいい忘れていたことって?」


「最終試験についてだ。」


「最終試験?」


「あぁ、それをクリアすれば俺の修行は全て完了だ。お前の憎くてたまらない牛鬼とやらに遅れをとることはまずないだろう。言い換えれば、こいつをクリアできなければ牛鬼に挑むのを認めることはできない。」


「なっ!?」


「それと、この最終試験は下手をすれば命を落とすことになる危険なものだ。ゆえに、受けるかどうかはお前の判断に委ねることとする。」


「そんなの、最初から決まってるわ。もちろん、受けるの一択よ。」


「死ぬことになってもか?」


「元より命を捨てる覚悟でここに来ているのよ。それと同じくらいに牛鬼を倒して生きて瑠衣にありがとうって言ってあげたいの。だから私は絶対に生き残る。最終試験なんてサクッとクリアしてやるんだから!」


「…いい覚悟だ。それではこれより、最終試験を執り行う。」


(ついに始まる。これをクリアしてようやくスタートラインに立てる。首を洗って待ってなさい、牛鬼!)


決意を胸に秘めて若菜は最終試験に臨むのだった。


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