第17話 異世界帰り、弟子をとる 1

翌日、瑠衣に案内されて若菜の自宅にやってきた和彦。


「話は瑠衣から聞いたわ。それで、私に一体どんな修行を施すの?」


「万物、大は小、小は大ビニスマス。」


「いきなりなにするのよ!」


唐突に魔法を掛けられた若菜。それをよそに仕込み杖を片手に和彦は話を続ける。


「修行の下準備だ。それと用意して欲しいものがある。リュックに10日分の食糧、それに夜営用のテントだ。今回の修行は極寒の地での泊まり込みになる。使い捨てカイロといった防寒用品も必須になるだろう。それと厚着するのを忘れないようにな。仇も討てないまま凍死して天国のご両親と再会したくはないだろ?」


「えぇ、どうせ再会するならしっかり仇を取ってから再会したいもの。こんなところで死んでなんかいられないわ。」


10分後


「準備完了よ。でもこんなにたくさんの荷物、どうやって持っていく気?」


「こうする。」


そう言って和彦は用意した荷物に手を触れる。すると、荷物はどこかへと消えてしまうのだった。


時空間魔法の一つ、収納庫ワークスペース。次元と次元の狭間に物質を転送することができ、そこから自由に出し入れすることができる魔法で分かりやすく噛み砕いて言うとどこぞの青いタヌキが使用するポケットのようなものである。


「魔法ってのは何でもありなのね。つくづく驚かされるわ。」


「この魔法に関しては誰にも真似できないオリジナルだがな。たとえ伝授しても扱えるのは俺ぐらいだろう。さて、そろそろ頃合か。」


「え?どういう…」


刹那、若菜の身体は縮みだし、身長3cmくらいのところでようやく収まる。


「何よ、これ!?ちょっと!どういうこと!?」


「落ち着け、そういう魔法なんだよ。」


万物、大は小、小は大ビニスマス。時空間魔法のひとつ。対象とする物質、生物の縮小、巨大化する効果を持つ。ただし、質量、体重自体は変化せず、効果が出始めるのに10分程かかる。


きっかけはドボソ島で魔法の試し打ちをしていた時のこと。突然、ズボンのポケットから飴玉がポロッと地面に落ちたのだ。知らず知らずのうちに入れっぱなしにしていたのだろう。


ここでとある疑問が和彦の頭の中をよぎる。次元超え(テレポート)は自分とその衣服といった身に付けているものしか転移させられない。


ではポケットの中に入っているものはどうだろうか?他人を小さくしてポケットに入れて転移すればればその人物も一緒に転移できるのではないか?


和彦はそれを応用して若菜を絶海の孤島、ドボソ島に連れていって誰にも邪魔されず、この2週間、ゆっくりと稽古させようと考え、今回に至ったという訳である。


「ってことで着いたぞ。」


「想像以上の寒さね。」


ポケットから取り出され、元の大きさに戻った若菜は辺りを見渡してそう呟いた。


「無人島だからな。この環境じゃ誰も住めやしないし、住みたくもないだろうさ。まぁ、俺にはそっちの方が何かと都合がいい。」


「確かにね。人がいない方が修行に専念できるし。」


「ってことで早速取りかかるぞ。あまり時間もないことだしな。」


「…ゴクッ」


(さぁ、気合い入れていくわよ!)


「土よ、力を貸せゴーレムハーツ。」


和彦は杖をかざし、呪文を唱える。すると、地面からお世辞にも丁寧とは言えない文字通り取って張り付けた乱雑な造りをした自分の膝程の小さな土人形が生成される。


「こいつを破壊しろ。今のお前にはこれくらいで充分だ。安心しろ、攻撃はしてこない。」


「私をからかっているの?」


「当たり前だ。そもそもこれは修行ですらない、修行を受けれるかどうかの適性検査だ。これができなければ修行は受けさせられん。」


「そう。どうやら私の実力を見くびっているようね。いいわ、そっちがその気ならこっちも本気で挑ませてもらうわ!」


そう言って若菜は持ってきた呪符を早速、土人形に投げつけ、爆発させる。


「どう?これが津守家に代々伝わりし術式の力よ。これでもまだ修行を受けさせない気?」


「あぁ、破壊できてないからな。」


「そんな、中級妖怪なら一撃で葬れるのに…。」


「ってことで俺は帰る。やることがあるからな。食糧なんかはここに置いておくから好きにしろ。ギブアップしたいならこのブザーを鳴らせ。やるかやらないかはお前次第だ。」


「あ、ちょっ…」


そう言い残し、和彦は荷物を収納庫ワークスペースから取り出すと、次元超えネットサーフィンでどこかへと消えるのだった。


「まったく…。まぁいいわ。こうなったらとことん破壊してやるわ!」


3時間後


「ゼェ、ゼェ、な、なんで傷一つつかないのよ!」


破壊するためにぶっ通しで術式を使いまくった結果、息切れを起こしながら若菜はそう叫ぶ。


対する土人形は動きもせず、ただじーっとその場に突っ立っているだけであり、いまだに傷一つつけられない若菜を今にも煽ってきそうな雰囲気なのは言うまでもない。


「あのつり目ノッポ、最初から修行なんて受けさせる気なんてなかったのね!あー、ムカつく!やーめた!そろそろお昼だし、休憩しよっと。」


若菜は課せられた宿題を一時中断し、和彦が置いていった食糧を設置したテントの中で食べようとする。


「ん?なにかしら?手紙?」


リュックを漁っていると、一通の手紙が入っていた。


若菜は極寒の地でひとり、手紙を開封する。差出人は和彦からのようだ。


『拝啓、この手紙を読んでいるということは今のところ全く進展せず、途中で投げ出して怠惰を貪っていることでしょう。そんなあなた様をとっても哀れに思った僕はひとつ、アドバイスを送ることにしました。外がダメなら中から攻めろ。以上。まぁ、あなたのミジンコ以下の脳ミソじゃ一ミリも理解できないと思いますが。敬具』


「あー、イライラする!!あいつ、性格悪すぎ!!もう怒ったわ、見てなさい!意地でも絶対に認めさせてやるんだから!」


怒りのあまりそう叫んだ若菜は食事をがっつく勢いですませると再び宿題に取りかかるのだった。






「今ごろあいつは俺の書いた手紙を読んで顔を真っ赤にしているころか。あの人形は普通の方法じゃ破壊できない。そこに気づけるかどうか…だな。」


異世界帰りの魔導王は妖怪たちの屍が無数に積み重ねられてできた山の上で膝をつきながらそう呟く。


(しかし、雑魚がやたら多い。これも牛鬼とやらの影響なのか。これから二週間、これが続くと思うと嫌になる。全く、面倒臭い仕事を引き受けたものだ。)


平穏な生活を期待していたはずが、まさか元の世界に帰ってきても戦うことになるとは思いもよらなかった。


そういえば勇者たち洋介たちは無事に帰ってこれたのだろうか。もしかして俺と同じようになにかしらの戦いに巻き込まれていたりしてるのかもな。いや、洋介の性格上、巻き込まれるより飛び込んでいくタイプか。…ってそんなわけないか。


いずれ語ることになる日がくるだろう。彼が紡いできたあちらの世界での物語を。ただ、今はその時ではないのかもしれない。なぜなら今回紡がれる物語の主役は若菜と瑠衣彼女たちなのだから。


屍の山でそんな思考をしながら明後日の方向をぼんやり見つめる魔導王なのであった。


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