第16話 現実は非情なり 終

「すげぇよ、お前。その年でそんな度胸があるのは。」


若菜の決意を聞いた和彦は素直に感心する。


「別に大したことじゃないわ。家族の仇をとるためなら誰だって思う当たり前のことよ。」


「本当にすげぇよ。1・0・0・%・死・ぬ・戦・い・に・わ・ざ・わ・ざ・出・向・く・ん・だ・か・ら・。俺にはそんな自殺じみた真似、到底無理だわ。」


「なっ!?何言って…」


「俺だって何の根拠もなく言った訳じゃない。もう気づいているかも知れんが、俺には未来が読める。そしてどれだけ予知してもお前がその牛鬼とやらに殺される未来しか見えなかった。」


「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」


「雑魚相手に死にかけたくせにか?」


「そ、それは…」


「そもそもお前の親は本当に仇討ちを望んでいるのか?愛する娘が全身ズタボロになって死んででも仇を討ってほしいと本気で思っているのか?」


「そんなことあなたには関係ないでしょ!見透かしたように言わないで!」


「お前が牛鬼に負ければこの町に大量の妖怪が解き放たれて数多の人間がお前のように大切な家族を失うってことを理解しているのか?それとお前が死ぬと悲しむ人間が少なからずいることも忘れるな。悪いことは言わない、仇討ちは諦めろ。」


和彦は芳樹と瑠衣に視線を送りながらそう忠告する。


「じゃあどうすればいいのよ!どのみち誰かがやらなくちゃ大勢の人間が死ぬことになるのに!」


「牛鬼は俺がやる。そうすれば誰も死ななくてすむ。」


「上級妖怪は腕利きの陰陽師50人でも勝てるかどうかの相手なのよ。あなたに倒せるとでも思っているの?」


「それができなきゃこんな提案はしない。」


「っ…」


「お前は何のために強くなった?仇を討つためだけか?違う、自分のように妖怪のせいで大切な人を失った人間をもう二度と増やさず、人々を守ること。それこそがお前の戦う理由なんじゃないか?」


「!!」


「いい加減にしろ!お嬢様が一体どれほどの思いで今日まで辛く苦しい鍛練を積んできたと思っている!それをどこぞの馬の骨に任せろだと?ふざけるのも大概に…」


「分かったわ、牛鬼はあなたに任せる。」


「お嬢様!」


「いいの、確かに彼の言うとおりよ。ありがとう、おかげで久しく忘れていた大切なことに気づけたわ。だから牛鬼は諦める。そのかわり、あなたが責任持って倒しなさい。そして、父と母が愛したこの町を絶対守りなさいよ。」


「言われなくてもこの町は俺が守る。お前の分も合わせてな。」


和彦が放ったその言葉に満足したのか、不敵な笑みを浮かべながら、若菜は和彦の家から出ていく。それに続いて不満げな表情を浮かべながら瑠衣も退散するのだった。






「本当にこれでよかったのかな?」


芳樹は和彦に対し、そう呟く。


「仕方ないさ。本人が望んだことだからな。それよりも芳樹、なぜお前がこんなところにいるんだ?」


すでに日は沈み、辺り一面が暗闇に包まれた夜。山の上にある若菜邸跡地へ続く石階段の前。


本来なら皆が床に付き、夢うつつを抜かしている時間帯。二人の人間が対話をしていた。


「ちょっと様子を見に来たんだ。それで、どうやって牛鬼を倒すの?」


「こいつでブッた切る。ただそれだけだ。」


そう言って和彦は腰に身に付けていた仕込み杖を鞘から抜いて芳樹に見せつける。


「じゃあ行ってく…芳樹、伏せてろ。」


「え?」


和彦が石階段を踏みしめようとしたその時、どこからともなく和彦目掛けて飛んできたナイフ。しかし、和彦は難なく仕込み杖で弾く。


「隠れても無駄だ。さっさと出てこい。」


和彦の呼び掛けに反応したのか襲撃者はゆっくりとこちらに近づき、やがて月の光に照らされ、徐々に明らかとなる。


「る、瑠衣さん?」


「……」


「どういう見解か、説明してもらおうか。」


沈黙を貫く瑠衣に対し、奇襲を仕掛けられた和彦は普段と変わらぬ口調で静かに威圧しながら問い詰める。


「まずは先程のあなた様への攻撃に対する無礼、深くお詫び申し上げます。あなた様が牛鬼を倒しうる実力を本当に秘めているのかどうしても知りたかった。」


「これでもこの地球ほしを破壊する程度なら持ち合わせているつもりなんだがな。それで、俺に何か用か?」


「無理を承知でお願いいたします。お嬢様を…あなた様の手で鍛えてほしいのです。牛鬼を倒せるほどに。」


「断る。そもそも、陰陽師であるお前らに魔法使いの俺が教えられることなどなにもない。」


「ただでとは言いません、私にできることなら何なりとお申し付けください。たとえそれが夜伽の相手だろうと。」


「乙女がそんなこと言うもんじゃありません。だいたい、俺に頼らずとも稽古くらい自分たちで出来るだろう。」


「確かに、あなたのおっしゃる通りです。ですが、私ごときではお嬢様の相手になりえません。ですが、あなたならお嬢様に魔法で短時間かつ高負荷トレーニングを施せるのでは?そう考えました。」


「…仮に俺がそれをできたとしても、望んだ強さが手に入らないこともある。それでもいいのか?」


「構いません、少しでも可能性があるのなら。お嬢様はご両親の仇を討つために全てを捧げてきました。それこそ血の滲むほどに。しかし、自分の実力不足を指摘されたとき、お嬢様はさぞ悔しかったでしょう。日々を共にしてきた私には痛いほど分かります。私に出来ることはせめて、お嬢様の努力が少しでも報われるようにすることだけです。どうか、改めてお願いいたします。」


「瑠衣さん…。」


瑠衣は和彦に対し、深々と頭を下げる。


「ひとつ聞く。復活までどれくらいの猶予がある?」


「このペースでいくと最低でも2週間といったところでしょう。」


「…あー、急に眠気が。芳樹、帰るぞ。」


「和彦…そうだね。」


あいつの主人は幸せ者だな。家事炊事完璧にこなしてくれるうえにいざとなれば爆弾身体に巻いて死んででも守ろうとしてくれて、こんなところにまで世話をかいてくれるメイドがいてくれるんだから。どこぞのSF漫画に出てくる面倒見の鬼といい勝負だ。


やれやれ、現実とは非情なものだ。厄介事を避けようと行動を起こせば起こすほど、さらに巻き込まれてしまうのだから。だが、たまにはそれに突っ込んでいくのも悪くないかもな。


誰かのために頑張っている人間は、なぜこうも応援したくなるんだろうか。


「さて、忙しくなりそうだ。久しぶりに試してみるか、勇者たちに施した修行を。果たしてどこまで耐えられるか、楽しみだな。」


そう言って和彦は芳樹と共に山を降り、それぞれの帰路につく。


心なしか、はたまた気のせいか、面倒事を嫌う目つきの悪い少年の足取りにしては珍しく軽やかだったのは本人と暗黒の海に漂う満月と星のみが知ることである。


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