第15話 現実は非情なり 4

狼による偶鱈高校半壊事件。生徒たちによる証言、校舎の惨状などからテレビや新聞などのマスコミはこぞってそう報道し、世間をざわつかせた。


しかし、根拠となる証拠が証言のみだったこと。もちろんスマホには校舎が倒壊する一部始終が収められていたが、肝心の狼の姿がどこにも写ってなかった結果、ネットやテレビの討論番組などでは様々な憶測が飛び交う事態となる。


ある者は本当に狼たちの仕業でスマホには写らなかったからという意見もあれば、生徒たちの悪質なデマじゃないかなどという意見も出た。


結局、真相は分からずじまいとなり、最終的に校舎の倒壊は老朽化が原因であるということで数日は続くと思われていたこの騒動はあっけなく収束していくのだった。






「ぐがー。」


校舎の倒壊がきっかけで1ヶ月間の休みを貰えた偶鱈高校全校生徒たち。そのうちのひとりである広川和彦は休みの日と言わんばかりに初日から爆睡していた。


「んあー、よく寝た。今何時だ?ゲッ、11時。完全に寝過ごした。」


和彦はベッドから起き上がりると目覚まし時計を手に取り、そう呟く。


「ま、いいか。それより汗かいたな。シャワーでも浴びるか。」


そう言って和彦は下の階に降りて、パジャマを脱ぎ捨てて風呂場に向かう。


「ふんふふーん。」


陽気に鼻唄を歌いながら髪をたくし上げ、シャワーを浴びる和彦。しかし、風呂場の鏡に写るその表情はお世辞にも穏やかとは言えなかった。


全身をくまなく浴び終えること10分。和彦は風呂場から出て棚から取り出したバスタオルで全身についた水滴を拭きとる。


その後、下着を取り替えてパンツ一丁姿のまま、リビングでカップ麺をすすりながらテレビを見る。


平日の昼時に放送されている定番の情報番組、ヒルナンダヨ!!。


本来なら学校で購買のパンでも食っている時間帯だが肝心の学校が休み故に普段見れない番組を見ながら相変わらずカップ麺をすする。


(午後は昼寝でもするか。めっちゃ眠い。あれだけ寝たのにな飯食った後ってなんであんなに眠くなるんだろうな。)


そんな考えを心に抱きながらカップ麺を食べ終え、引き続きテレビを見る。


ピンポーン


(…マジかよ、勘弁してくれ。よりにもよって一番眠いときに来んのかよ。)


ふと唐突に家のインターホンが鳴る。普通の人間なら誰が来たのか確認するものだが、和彦には誰が来たのか未来予知ですぐに分かった。そしてこれから起こることも。


(面倒臭ぇ。…居留守使うか。幸いお袋は外出中。問題ない。悪く思うなよ。お前らの質問には後でゆっくり答えてやる。ただ今はその時じゃない。また今度だ。)


ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。


(めっちゃうるせぇ。鳴らしすぎだろ。重度のストーカーじゃねぇか。)


そう思いながら嵐が過ぎ去るのを待ち続ける。


やがてインターホンを鳴らす音は収まる。どうやら嵐は去っていったようだ。


「やっと収まったか。これで心置きなく昼寝ができる。」


そう言って安心した和彦はテレビを消して階段を上り、昼寝をするために自室に戻る。


「あら、いたの。居留守なんていい度胸してるじゃない。」


「…住居不法侵入って言葉を知ってるか?」


自室のドアを開けると過ぎ去ったはずの嵐こと津守若菜(と加山瑠衣と鈴鹿芳樹)がそこにはいた。


「不法侵入なんて心外ね。あなたが何度インターホンを押しても出なかったから勝手に二階から鍵をこじ開けて入っただけよ。」


「和彦、ごめん!津守さんがどうしてもって言うから。」


「…あー、分かった分かった。とりあえず服を着させてくれ。上半身裸で女子と会話してる姿を近所の人間に見られたら通報されかねん。それに、そちらのメイドさんがお困りのようだしな。」


さっきからずっと若菜の影に隠れ、赤面しながら顔を手で覆っている瑠衣を見ながら、和彦はそう言う。






「紅茶でいいか?」


「ええ、かまわないわ。」


「私も同じく。」


「僕もそれでいいよ。」


一連のやり取りをした後、私服に着替えた和彦は一階のリビングで3人をソファーに腰掛けさせ、紅茶を淹れて差し出す。


「さて、何から話そうか。」


一人掛けのソファーに座り、そう呟く和彦。そんな中、若菜が口を開く。


「じゃあ私から単刀直入に聞くわ。あなたは何者?私たちの敵?それとも味方?」


「同じクラスの広川和彦。それ以上でも以下でもない。少なくとも敵ではないと思うがな。」


「なぜ私たちを助けたの?」


「親友を助けてくれた恩人だからな。助けない訳には行かないだろ?」


「あなたが使ったどこの術式にも当てはまらないあの力、あれは何?」


「魔法。異世界で学んだ。」


「魔法?異世界?そんなものあるとは到底思えないわ。」


「そんな事言われてもな。現にこうして異世界から帰還した訳だし。魔法だってお前らには一度見せたはずだがな。それとも何だ?不思議な力を使えるのは自分たちだけだと思っていたのか?」


「…確かに。私たち以外にもそういう力を持った者は存在するし、それなら魔法があっても不思議じゃないわね。」


「私も同感です。彼が嘘をついているようにも見えませんし、恐らく本当のことだと思います。」


「僕もそう思う。」


「質問は終わりか?なら次はこちらが質問する番だな。そもそもお前らは何だ?あの狼にしろ使っていた不思議な力にしろ俺にはさっぱり分からん。」


「私たちは人々に仇なす妖怪を葬る存在。世間では陰陽師と呼ばれているわ。」


「なるほど。ようやく合点がいった。あんたら陰陽師の獲物狼を横取りした俺を警戒していたってことか。」


「ええ。もっとも、あいつら狼たちのせいでそれどころじゃなくなったけど。それにしても私たちが陰陽師だってことに全く驚かないのね。普通の人なら『妖怪!?陰陽師!?そんなもの存在するの!?』みたいな反応は当たり前なのに。」


「あいにく、あっちの世界異世界でいろいろ経験してるからな。それよりも、一体この町に何が起こっている?少なくとも6年前はこんなことなかった。あんたらなら何か知っているはずだ。教えてくれないか。」


「…今から10年前、私の家が火事になって全焼したのは知ってる?」


「あぁ。俺はその時、この町に引っ越す前だったからいなかったが、かなり大きな火事だったって聞いている。」


「ニュースじゃ火の不始末が原因って言われているけど真相はそんな優しいものなんかじゃないわ。むしろそっちの方がまだマシだったかもしれない。」


「お嬢様、それ以上は…」


「いい、続けさせて。10年前、ある妖怪が私たち津守家を襲撃した。その圧倒的な力で、私たち津守家は…私と瑠衣を除いて皆殺しにされたわ。」


「!?」


あまりの事実に動揺を隠せない芳樹。それを尻目に若菜は話を続け、和彦はいたって冷静に話を聞く。


「私の両親は死にかけの中、最後の力を使ってその妖怪…牛鬼を封印したの。かつて山の上に建っていた私たちの家跡地にね。」


「その封印が弱まって妖怪どもが凶暴化しているってことか。」


「そういうことよ。そして、私は…いや私たちは牛鬼をこの手で葬るために全てを捧げてきた。たとえ相討ちになってでも私は奴をこの手で殺す!それを邪魔するものはたとえあなたでも容赦はしない。」


若菜は強い決意と怒気を込めて和彦にそう警告するのだった。


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