第14話 現実は非情なり 3
(驚いた、まさかあの傷だらけの身体で狼二体を倒すとは。少し見くびっていたな。)
校庭から視力強化の魔法を使って戦いの様子を伺っていた和彦は心の中で驚愕の感情を抱く。
(だが、俺の見た予知はいかなる場合でも覆ることはない。俺が予知を変えようとしない限りはな。)
満身創痍の若菜を担いでいた芳樹の前に先ほど瓦礫の下敷きになった狼たちが目の前に立ちはだかる。
「なっ!?あれだけの攻撃を受けてまだ生きてるなんて…あぐっ!」
「津守さん!ぐあっ!」
狼が繰り出した尻尾によるなぎはらいで二人は大きく弾き飛ばされる。
「くっ、今度こそ万事休すね…。」
そう呟いた若菜と芳樹に向かって狼たちは鋭利な爪のついた前足を振り下ろそうとする。
しかし、その攻撃は届くことはなかった。
「お嬢様!!芳樹さん!」
なぜなら狼の攻撃を展開したバリアによって防いでいる瑠衣がそこにはいたからである。
津守流術式其の参、藁玄武ノ盾わらげんぶのたて。四聖獣の一角、玄武の名を語りしこの術式の特徴は上級妖怪の攻撃すら防げるほどの強固な防御力を誇ること。
しかし、発動中は身動きが一切出来なくなるという欠点がある守りに特化した術式である。
また、発動中は常に体力を消耗し続けるため発動時間は術者によって大きく異なる。
最強の防御力を
誇るが藁のように脆い、ゆえに藁玄武。いずれにせよ長時間の発動はできないことに変わりはないことは確かである。
「ここは私が引き受けます。芳樹さんはその隙にお嬢様を安全な場所へ避難させて下さい。」
「なに言ってるの?あなたは攻撃用の術式が使えないはず。それじゃあいつらは倒せない。なのにどうやって?」
攻撃が盾により弾かれた狼たちは爪だけでなく牙も使って堅牢な守りを突破しようと今も攻撃を加えている中、瑠衣は少し間を置き、口を開いた。
「この加山瑠衣、本日をもって津守家の使用人を辞めさせていただきます。今までお世話になりました。お嬢様のこれからのご活躍、あの世にて見守る所存です。」
そう言って瑠衣は制服の上着を脱ぎ捨て、腹に巻き付けたプラスチック爆弾を晒す。
「まさか瑠衣…駄目よ!私の許可なく辞めるなんて絶対に許さないんだから!」
「まことに勝手なのは重々承知しております。ですが、この命に変えても主を守る…それが私の務めです。どうか奴を…牛鬼ぎゅうきを…ご両親の仇をとって下さい。では芳樹さん、お嬢様をよろしくお願いいたします。」
「!…分かったよ。津守さん、早く。」
「いや!離して!瑠衣が死ぬなら私も死ぬ!父さんや母さんみたいに瑠衣まで失いたくない!」
若菜は涙を流して喚きながら芳樹に手を引っ張られ退散するのだった。
(これでいいのです。本来なら寒空の下で凍え死ぬはずだった身寄りのない私は津守夫妻とお嬢様に拾われてから、すべてを貰いました。それまで知らなかった家族の温もりや思い出の数々、私は幸せでした。お嬢様、あなたはここで死ぬべき人間ではありません。我々の悲願達成のためとはいえ、ご両親を失ったあなた様をこの世に一人残して先にあの世に旅立つ無礼、どうかお許しを。)
堅牢な結界は狼たちの攻撃によって徐々に削られていき、ついに破られた。そして、瑠衣めがけて襲いかかった。
「お前たちには死出の旅に付き合ってもらうぞ。」
そう狼に告げて瑠衣は身体に巻き付けた爆弾のスイッチを押すのだった。
1分前
「やっぱり俺の予知した通りだったな。」
和彦は校庭でひとり、落ち着いた口調でそう呟く。
(このまま瑠衣は狼たちもろとも爆弾でお陀仏。しかし、狼はそれでも死なず、亡者の執念で若菜を食らい尽くした後にようやく絶命したとさ。おしまい、ちゃんちゃん。)
結末はバットエンドで確定。さて、そろそろ行くか。
興味なさすぎて忘れていたが、冷静に考えてみたらなんで空から狼が降ってきたんだろうな。
しかも、芳樹や他の生徒には目も暮れず一貫して若菜ばっかり狙っているように見えるのは気のせいなのだろうか。
もしかしたら狼たちを操っている黒幕がいて…考えすぎか。若菜と瑠衣あのふたりなら何か知っているんだろうが死んでしまえば真相は闇の中だ。
ところでみなさんは美少女のピンチに颯爽と駆けつける白馬の王子様の話をよく聞かないだろうか?俺から言わせればあんなものは絵本の中だけの存在だ。
だってそうだろ?自分が困っている時にだけやってくる都合のいい王子様なんてただのボディガードだ。
要するに俺は若菜と瑠衣あいつらにとっての王子様ではない。そして、親友芳樹を助けてくれた恩人たちを見殺しにするほど薄情者でもない…ということだ。
和彦は他の生徒に魔法を使用した様子を見られないように隠れると、すぐさま世界停止で時を止める。
そして、芳樹たちのいる場所までテレポートで転移した後に時間停止を解除し、杖を取り出すとすかさず呪文を唱える。
「鎖、動きを封じよシールチェイン」
すると、地面に出現した魔法陣から数多の鎖が飛び出し狼二匹を縛り上げる。
「な!?」
突然の出来事に瑠衣は爆弾のスイッチを押すのを躊躇する。
「勝手に死なれても困るんだがな。」
「やっぱりあなただったのね。公園の狼を殺ったのは。」
「あぁ。だったらどうする?」
「か、和彦…君はいったい?」
「そうだな、俺自身は名乗るつもりなんてないがあえて言うなら…二代目魔導王デュナミス・フォン・アークリア。」
「「「は?」」」
和彦の理解不能な言動に若菜、瑠衣、芳樹の三人はすっとんきょうな声をあげる。
やめろ、俺をそんな虫ケラを見るような目で見ないでくれ。
だいたい、高校生にもなって魔導王とか今の俺、完全にイタイ奴やん。
これだから名乗りたくないんだよ。この名前は。
「それは置いといて、コレ爆弾貰うぞ。」
「え?あ、はい。どうぞ。」
和彦は無理やり話を中断すると、呆然としている瑠衣の身体に巻き付けてあった爆弾を半ば強奪気味に奪い取る。
「Good-bye、永遠にな。」
そう言って爆弾を鎖で拘束されている狼たちに向けて投げつける。その後スイッチを押し、爆弾は正常に作動する。
そして狼たちは今度こそ息絶えるのだった。
「あー、やっと終わった。さて、野次馬もぞろぞろ集まってきたことだし、早いとこ退散するか。ってことで俺は先に帰る。どのみちこの状況じゃ授業なんて無理だからな。」
校庭には通報を受けて駆けつけた警察や消防、救急車がそれぞれ3〜5台止まっており、校門には近隣住民たちが騒ぎを嗅ぎ付け、ごった返しになっていた。
「ち、ちょっ」
若菜が和彦を呼び止めようとしたがその甲斐なく、和彦はその場から煙のように一瞬で消えてしまうのだった。
「もうっ!いったい何がどうなってんのよ!」
満身創痍の若菜から発せられた行き場のない叫びが、半壊した校舎中に響きわたったことと、それを聞いていたのは芳樹と瑠衣の二人だけだったのは言うまでもないことである。
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