第12話 現実は非情なり 1
都内 某日某所
『ようやくだ…この日をどれほど待ち望んだことだろう。この僕に耐え難い屈辱を与えた忌まわしき津守の者たちよ、あの世で指を食わえて見るがいいさ。君たちが命を捨てて守ったこの町と愛しの娘が蹂躙し尽くされるその様をね。あはははは!さぁ、行っておいで、僕の愛犬たち!憎き津守の娘の首を僕の元へ持ってくるんだ!』
「英雄降臨、か。」
過激派によるデパート立てこもり事件から翌日。和彦は自宅のダイニングテーブルで朝刊の新聞を読みながら片手にコーヒーを携えてそう呟く。
新聞の見出しには高校生、大手柄!勇気ある三人が起こした奇跡と大々的に表示されていた。
テロリストの連中には何が起きたのか分からなかったんだろうな。当然か。そういう魔法なんだから。
世界停止。すでにご存知の方もいるだろうがその詳細は時を止めることができる時空間魔法だ。アニメや漫画などこの手の能力には制限時間が存在する(どこぞの吸血鬼が使うスタンドなど)ものだが俺は違う。魔力の続く限り永遠に時を止めることができる。
俺はこの魔法を使って時を止め、テレポートでデパートに転移。後はテロリストの持っていた銃をちょっとばかし弄って使えないようにして再度テレポートで自室に戻ればあら不思議。私の存在は悟られずテロリストを無力化できるではありませんか。
(まぁ、唯一誤算だったのは銃を分解して細工するのに手間取って3時間位かかってしまったことだがな。全く、こんなことは二度としたくないものだ。)
え?テロリストたちが行動を起こす前にそれをしてしまえば良かったんじゃないかって?残念だがそれは無理な話だ。
皆さんはあのデパートに金属探知機があるのをご存知だろうか。そうなると外からわざわざ銃を持ち込むのは得策ではない。金属探知機に引っ掛かるからだ。となると武器を持ち込むにはデパート内に協力者が必要となる。その協力者はデパートの中のどこかに武器を隠していた。俺にはそれがどこにあるのか分からなかった。いくら時を止めているとはいえデパート内のどこかにある武器をすべて一人で探すのは不可能だ。
だからテロリストが全員揃い、なおかつ隠していた武器をすべて奴らが回収し終えるその時まで待っていたということである。
(新聞を読む限り協力者は警備関係者だったのか。道理でスムーズに事が進むわけだ。警備関係者なら分厚いセキュリティの穴くらい知っていてもおかしくないからな。大方、テロリストに銃で脅されて事に及んだんだろう。)
「全く、狼に襲われるわ、テロに巻き込まれそうになるわ、帰還早々、ロクなことがない。こんなことはこれっきりにしてもらいたいものだ。おっと、もうこんな時間か。さっさと準備しないと遅刻してしまうな。」
そう言って和彦はテーブルから立ち上がり身支度を済ませるといつもの調子で学校へ向かうのだった。
「であるからして1792年に起きたうんたらかんたら」
(あー、眠い。)
和彦は学校で歴史の授業を受けながら睡魔と死闘を繰り広げている最中だった。
(何で歴史の授業ってこんなに眠くなるんだろうな。大体歴史って会社とかで役に立つのか?黒船来航とかペリーがどうとかってデスクワークや製造業とかで絶対必要ないと思うのは俺だけなのか?)
そんな思考が頭に浮かんでは消えていくうちに授業の終わりを告げる鐘が鳴り響き昼休みに突入する。
「やっと終わったー。昼飯買うか。」
そう言って購買でパンを買って和彦は屋上に向かう。そこには同じ制服を着た見慣れた顔ぶれをした生徒たちがすでに揃い昼食をとりながら談笑している最中だった。
(あっちは吉田、こっちには斎藤がいるな。やれやれ、少し出遅れたな。もっと早く場所取りしとくんだった。)
すでに屋上は昼食をとりにきたたくさんの生徒たちでいっぱいだ。
(仕方ない、立って食うか。)
和彦はそう思いパンの袋を開けようとしたその時だった。
「あっ、おーい、和彦ー!」
「芳樹、お前もいたのか。」
声の主は和彦の数少ない友人の鈴鹿芳樹。彼もまた昼食をとるために屋上に来ていた。
和彦は芳樹の隣に駆け寄り、落下防止のため設置してある鉄格子を背にして腰を下ろす。
「お前も屋上に来ているなんてな。いつもは教室で食うのに。」
「たまには屋上で食べるのもいいかなって。」
「そうか。そういえば新聞読んだぜ。なんでも人質を助けるためにテロリストにタックルかましたんだろ?全く、相変わらずだな。下手すりゃ死んでいたかも知れないんだぜ?」
「あはは、確かにね。でも津守さんたちが子供を守ろうとしている姿を見たらいてもたってもいられなくて。」
「なるほど、お前らしいな。」
(しかし、いまだに信じられないな。女子高生二人によってテロリスト15人がボコボコにされるなんて。どこぞの探偵漫画に出てくる空手とジークンドー使いじゃあるまいし。あの二人若菜と瑠衣が普通じゃないのは理解していたがここまでとは思わなかった。やはり今後も関わらないほうが身のためだな。)
「噂をすればなんとやら…か。」
和彦がそう言うと話題の中心人物、津守若菜(と加山瑠衣)が真っ直ぐとこちらに向かってくるのが見えた。
「芳樹に用事かい?なら席を外させてもら」
「あなた、一体何者?」
…あー、芳樹に言ったのか。
「芳樹くんじゃなく、あなたに聞いているのよ。」
「何者…と聞かれましても同じクラスメイトの広川和彦ですが?まさかテロリストとの戦いで記憶喪失にでもなったのかい?」
「そういうことを聞いてるんじゃない。あなた、テロリストが来ることを知ってたわね。」
「はて?なんの事だかさっぱりだ。俺は急用ができたから急いで帰っただけだ。昨日も言っただろう。」
「ええ。確かにね。じゃあ質問を変えるわ。偶鱈公園の狼を殺したのはあなたね?」
…おいおい、マジかよ。
「え?狼?なんの話?」
一人だけ置き去りにされている芳樹をよそに若菜は話を続ける。
「その様子だと図星のようね。確証はなかったけど、カマはかけてみるものね。もう一度聞くわ。あなた、一体何者なの?」
(ハメられたな。どうする?いや、物証なんてない。このままシラを切り通せば…。)
和彦が思考を張り巡らしていたその時だった。
屋上にズドーンという巨大な音が鳴り響く。空から何かが落ちてきたのだ。
「な、なんだ!?隕石か!?」
「この世の終わりだ!」
「ヤベ、写メ撮ってリツッター載せねぇと。」
それぞれが三者三様の反応をしている中、若菜だけは険しい顔をしている。
「嘘でしょ…。あり得ない。」
(太陽の光が効いてない?いくら曇天の日とはいえ、下級の妖怪なら即消滅、そうでなくても無事では済まないはず。あ・い・つ・の復活が近くなった影響で雑魚の強さが増して日光への耐性ができたってこと?)
周囲に舞っていた土煙が収まりようやく落下物の全容が明らかとなる。
「グルアァァァ!」
それはいつぞや和彦が殺した大狼だった。1匹はこの屋上、残りの3匹は校庭にそれぞれ計4匹が出現したのだ。
「うわぁぁぁ!なんだあれ!?」
「化け物だ!」
「逃げろー!」
狼たちを見るやいなや周囲の生徒たちは一目散に逃げだした。
「瑠衣、生徒たちの避難をお願いするわ。私はこいつらを何とかする。」
「承知しました!」
平常心を取り戻した若菜にそう言われ瑠衣は周囲の生徒たちを先導するためその場から立ち去った。
「あなたたちも早く逃げなさい。」
「俺に話があるんじゃなかったのか?」
「この状況でもいたって冷静なのね。…事情が変わったの。あなたのことは後日改めて聞かせてもらうわ。」
「あぁ、次・が・あ・れ・ば・な・。行くぞ、芳樹。」
「で、でも津守さんが!」
「お前がいたところで何も変わない。むしろ足手まといになるだけだ。」
「…分かったよ。」
その言葉を最後に和彦は芳樹の手を引いて全速力で退散するのだった。
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