第9話 和彦と芳樹の楽しいショッピング(大嘘) 3

「ふぅ、危なかった。」


ショッピングモールのトイレにある手洗い場の前で目の前にある鏡を見ながら和彦はそう呟く。


せっかく様々な苦労をしてやっとの思いで元の世界に帰って来て平穏な生活に戻れたというのにここで目立ってしまっては全てが台無しになる。


自分が異世界帰りで魔法が使えることが世間に知れわたること、それだけは絶対に避けなければならない。今後の生活のために。


魔王も倒した。もう俺の役目は終わったんだ。あとは普通の職について慎ましく生きる。あんな日々はもうたくさんだ。


なんとか誤魔化すことはできたが若菜と瑠衣あのふたりは油断するなと俺の勘がそう言っている。


あの雰囲気、ローダリオスでいやというほど見てきた。あれは幾度となく死地を潜り抜けてきた猛者の目だ。


あの手の類いは俺にとって決まってロクなことにならない。関わらぬが仏である。


「そろそろ戻るとするか。」


そう言って和彦はトイレから出ようとした瞬間、洋式トイレのドアが開き男がその中から出てきた後、手洗い場で手を洗い終えて先にトイレから出ていくのだった。


特にこれといった特徴のない30代くらいの男だ。首もとにある赤いトカゲの刺青と故障中の貼り紙が貼られたトイレから出てきたことを除けばの話だが。


こいつが例の過激派の団員か。…念のため用心しといた方がいいな。


ところで、さっき出ていった過激派の男は故障中のトイレで何をしていたのだろうか。トイレの修理?しかし、男は修理に必要な工具の類いを持っていなかった。


(爆弾でも仕掛けてたりして。…一応調べてみるか。)


和彦は故障中のトイレのドアを開けて中をくまなく調べる。しかし、爆発物らしき物は見つからなかった。


(気のせいだったか。そりゃそうだ。いくら過激派に所属しているからといってすべての人間がテロを起こす訳ないもんな。さて、芳樹たちのところへ戻るとするか。)


そう心に抱きトイレを去るのだった。






「お待たせー。」


「あっ、和彦。今、ちょうど津守さんたちと和彦について話していたところだったんだ。」


「俺について?何の話題だ?」


「生まれはどこだとか家族構成やその職業とかについて聞かれてさ。あっ、もちろん和彦のことは一切話してないよ。」


「おいおい、ずいぶん詳しく聞いてくるな。まるで警・察・の・事・情・聴・取・みたいだ。」


「そう?普段会話をしない友達のことをもっと知りたいと思うのは普通のことだと思うのだけど?」


「どちらかというと俺に関することというより俺の出自について知りたがっているように見えるけどな。」


「あら?知られて何か困ることでもあるのかしら?」


「……」


「……」


和彦と若菜、両者との間に妙な緊張感が漂いだす。


「まぁまぁ、それくらいにしてよ津守さん。和彦は昔からあまり自分のことを話したくないんだよ。和彦も。津守さんだって悪気があった訳じゃないんだし。」


「…それもそうか。悪いな、ついムキになっちまった。」


「こちらこそ疑われるような言動をしちゃってごめんなさいね。」


「さて、緊張も解けたしもう一度この中を見て回ろうよ。」


「賛成だ。」


「私も。」


「同じく。」


芳樹の提案に若菜、和彦、瑠衣は賛同する。


「じゃあ行こうか。」


芳樹の掛け声と共に一同が歩みを進めようとした矢先、和彦があることに気付く。


先ほどトイレから出てきた男がスマホで電話をしているのだ。それだけならまだいい。しかし、過激派が人気のないデパートの隅っこでしかも周囲を気にしながら電話をしているのだ。明らかに怪しさ爆発である。


(本当はあまり使いたくないんだけどな。)


和彦は一度目を閉じると再び目を開く。


彼が使ったのは時空間魔法の一つ、未来予知。文字通り未来を予知することができる能力バトルでお馴染みのアレである。


この能力の特徴は自身の魔力が続く限り好きなだけ未来を予知することができる。ただし、予知する未来が先であればあるほど予知はしづらくなる。


スマホの明るさ調節機能で例えるとそう遠くない未来に起こる出来事ならば明るく見えて逆に100年後といった遠い未来になると予知が暗くなって見えづらくなるということだ。


(…おいおい、嘘だろ…)


和彦は予知した未来に驚愕する。そこに写っていたのはテロリストたちがこのデパートで人質をとって立て込もり、警察に包囲されているとんでもない光景だったからだ。


(予知の鮮明さからして間違いない、この出来事は今日ここで起こる。いやむしろいつ起こってもおかしくない。)


そうと決まればさっさとこの場から退散しなければ。


「悪い、芳樹。俺そろそろ帰らないといけないんだよ。ほら、トイレでお袋から電話かかってきてさ。今すぐ帰ってこいって。」


「そうなんだ。残念だけど、急用なら仕方ないよね。」


「理解が早くて助かる。じゃあな。あと他の二人も。」


和彦は一目散ににげだした!






「ただいまー。」


「お帰り、早かったのね。」


「ああ、ちょっとな。」


和彦は早足で自室にこもる。


(ふぅ、これでテロに巻き込まれる心配はなくなった。芳樹たちを置き去りにしたのは悪いがこれも平穏のためだ。)


もしテロが起こるのを芳樹たちに伝えたら予知したことがばれる恐れがある。だから教えないで自分だけで帰ってきた。


おいおい、友を見捨てた薄情者なんて言わないでくれよ。世の中には仕方のない事だってあるのだ。


「そろそろ時間だな。」


そう呟き和彦はテレビをつける。


テレビにはアナウンサーが立てこもりの現場を生中継している真っ最中だった。


「現場の斎藤です。現在このデパートはシャッターが閉じられてしまい、過激派組織赤蜥蜴あかとかげの団員が館内に取り残された人質とともに立てこもり、駆けつけた警察との緊縛した状況が続いています。また、団員たちは身代金20億円と収監された仲間の釈放を要求しており、1時間以内に要求に応じなければ1それ以降1分ごとに人質を一人ずつ殺すということです。人質の中には幼い子供や身体の負担が大きい妊婦やお年寄りなどがとられており、この卑劣な犯行に日本政府がどのような対応をとるのか世間の注目を集めています。」


やっぱり予知した通りだったか。何が自慢の警備システムだ。いくら最新鋭の技術を駆使してもその中核を担うコンピューターがハッキングされたらもともこもないではないか。いや、警備員の中にやつらの仲間がいてそいつが内部からハッキングしたのだろうか。


いずれにせよ人々を守るはずの技術が悪用されて今度は人の自由を奪うために使われているというのはなんとも皮肉な話である。


まぁ、俺にできることと言えば人質の中にどこぞのFランク抜刀者か眼に蛇の力を宿した、パーカーを着こんだ集団がいることを祈ろう。そいつらならテロリストくらい何とかしてくれるはずだ。


…流石にこれはないな。となると俺が何とかするしかないか。面倒だな。まぁ、ここまで来れば疑われる心配もない。あとは実行するだけだ。


俺が家へ戻ったのは厄介事から逃れるためと先程述べたが実はそれだけではない。というのもテロリストを無力化することは俺にとって割り箸を割るくらい簡単なことだ。


だがあのデパートでそれを行うと奴ら若菜と瑠衣に怪しまれる恐れがあった。だからこそ現場から離れて疑いの目を反らそうと俺は考えた。


そして自宅に戻り、今こうして魔法を怪しまれずに発動しテロリストを無力化し芳樹たち人質は無事解放、俺は俺で正体を隠せるというみんなが笑えるハッピーエンドが出来上がるというわけだ。


さて、ご託が長くなったが始めるとするか。2代目魔導王ことこの俺広川和彦がこれから見せる一・億・年・の・集・大・成・、世界停止ワールドストップを。…次の次の話で。

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